第88話 最強魔法と起きる異変
「あれは・・・」
遥か遠くに見える光景。
赤い魔力が何を表しているのか、
俺たちにはすぐにわかった。
「アルバの魔力が・・・スタンピードか」
ここ数日、何度も見てきた光景だ。
「・・・嘘だろ」
バロンが言う。
空に立ち上るほどの魔力が、
ピラの街と同等かそれ以上のものであることが理解できた。
このままではとてつもない規模のスタンピードが起きるだろう。
それも王都のど真ん中で。
「・・・シャルル、カリュアド。お前ら何してやがる・・・」
ボルド王が呟く。
歯を噛み締めとても悔しそうな表情をする。
たしかにその通りだ。
王都にはラフィット騎士団が戻ったはず。
俺は別れ際に見た、シャルルのことを思い出す。
状況の整理も出来ぬまま、
俺たちはさらに馬を急がせた。
大門の前にはさらに多くの人がごった返していた。
門兵と思われる騎士がその場にいるものから糾弾されていた。
「どうなってるんだ!」
「早く門を開け!」
「あの赤い光を見ろ!なかに子供がいるんだぞ!」
閉ざされた門扉の前が暴動状態で、
どうすることも出来ない門兵たちはオロオロとしている。
このままではマズイ。
そう俺が思ったとき、
ボルドの王が一歩前に出て、
大きく深呼吸すると、
喧騒のなか大きな声で叫んだ。
「 静 ま れ !」
あまりの声量、
あまりの重厚な声に、
ビリビリと圧を感じる。
その一喝で、
溢れていたはずの怒号が消え
全員が驚いた表情でこちらを見ていた。
俺は素直に感心する。
王はゆっくりと歩き出す。
すると人垣が左右に別れ、
王のために道が出来る。
王の一喝に言葉を失っていた人々から
徐々に囁き声が聞こえる。
「王だ・・・」
「ボルド王」
「なんでこんな所に」
突然の王の登場に戸惑う人々。
王は気にせず進み、
さきほどまで民衆に取り囲まれていた門兵に話しかける。
「大丈夫か?」
「あ、え・・・はい。え?ボルド王、ですか?」
門兵は状況が理解できていないという様子だ。
そんな兵に王は優しい言葉で語りかける。
「落ち着け。俺たちは状況が知りたい。話してくれるな?」
その声色に門兵の気が落ち着いたのか、
徐々に説明を始めた。
「け、今朝の開門の時間に扉が開かず、こうして今も中との連絡は取れていません。」
「・・・そうか、あの赤い光は?いつから光始めた?」
ボルド王は空を指差す。
「い、一時間ほど前からです。危険だから門の前に集まる人々を退避させようとしましたがまるで届かず・・・申し訳ありません」
門兵が頭を垂れる。
ボルド王はその門兵の肩に手をかけ言った。
「いや、頑張ったな。よく逃げ出さなかった。お前の忠誠心に感謝するぜ」
「王・・・」
門兵は王の言葉に涙ぐむ。
王はこちらに振り返る。
「状況は最悪だ。王都に入れない」
「みたいですね。別のルートは?」
俺は尋ねる。
「・・・ない。王国の三方は切り立った断崖に囲まれている。このボルドの大門が唯一の入り口だ」
たしかそんな話を王都に来たときに気がする。
俺はふと思い付き、さらに質問する。
「王族だけが知る、秘密の抜け穴とか・・・」
ボルド王はため息をつく。
「・・・あればとうに話してる。蟻の穴すら開かないボルドの大門だ。死角はない」
ボルド王の視線が厳しくなる。
「・・・このままでは、大変なことになるわ」
ククルが言う。
何を言わんとしているかは、
俺にも分かった。
ボルド王も重い表情をしている。
入れない入り口は、
中にいる人間にとっては出られない出口となる。
この状態でスタンピードが起きれば、
中にいる人間は全員魔物に蹂躙される。
逃げ場もなく、助けもない。
まさに地獄だ。
それを知る俺たちの間だけに、
再び重い空気が場に満ちた。
・・・
・・
・
「ククク、どうですか。美しいでしょう」
枯木の男は空を見上げ、笑っている。
シャルルはその姿を悔しそうに見ていた。
今朝からシャルルは、
枯木の男に命じられるがまま行動していた。
ボルドの大門を閉じ、
王族や、臣官たちを拘束した。
不思議とシャルルの行動を止めるような者はおらず、
どうやらシャルルと同じように脅されているか、
もしくは既に懐柔されているのだと言うことが分かった。
街の異常事態に、すでに市民たちも騒ぎだしている。
このままでは暴動になるだろう。
一体いつから準備されていたのか。
メドック国家連合の主として名高いボルド王国が、
枯木の男の謀略により、かつてない危機を迎えていた。
「・・・貴様らの目的は、なんだ」
シャルルは枯木の男に尋ねる。
枯木の男の言葉のなかで、『我々』という単語が出てくる事があった。
つまり枯木の男は単独犯ではなく、
何かしらの集団に属しているとシャルルは読んだ。
組織には目的が必要だ。
それもボルドに手を出したからには、
それに見合うだけの凶悪な目的が。
「目的ですかぁ?ククク・・・なんでしょうね。こういうのではいかがですか?ただ人々の苦しみを見たい。憎きボルドに復讐を!ククク、それっぽいですよね。」
シャルルは険しい表情になる。
先ほどからこの調子だ。
枯木の男の言葉は、その全てが嘘臭い。
虚構に満ちた振る舞いに、
シャルルはその真意が図れずにいた。
「望みの物があるなら、全て差し出すよう手配する。その上で私はここに残ろう。どうか民だけでも解放してくれないだろうか」
シャルルは枯木の男に懇願する。
先ほどから王都全体に満ちる赤い魔力。
それがスタンピードの前兆であることは
誰の目にも明らかである。
「民を逃がすですと・・・ククク。何を言うかと思えば。言ってみれば、その民こそが我々の目的だと言うのに」
「・・・なんだと?」
これまでと違う枯木の男の言葉にシャルルが反応する。
「ククク、聞こえなかったですか?我々の目的はまさにこの王都に住む人間の矮小な命なのです。」
「どういう・・・ことだ」
「さぁてね。ククク、どうでしょうね。そんなこと、死に行くあなたにはクク関係ないですね」
その言葉にシャルルは剣を抜き、
枯木の男に切りかかった。
「!?」
だが切り裂いた場所に、
枯木の男の姿は無く。
シャルルは自らの目を疑った。
そして背中に感じる衝撃と、鋭い痛み。
「無駄ですよ・・・。矮小な存在は、クク私には勝てません」
背後から枯木の男の声がする。
それと同時に、シャルルは口から大量の血を吐いた。
「グッ・・」
倒れるシャルル。
その背中には深々と短剣が刺さっていた。
「クククク、クク。おやすみなさい、シャルル。クク。ではそろそろ始めましょうか・・・」
その言葉を最後に、シャルルは意識を失う。
落ちる意識のなかで最後に願ったのは、ボルド王の無事であった。




