第8話 最強魔法と弱肉強食
『鬼神化発動成功、オートモード稼働、成功。目標補足、成功。殲滅を開始します』
魔法を発動したルークの声帯を通して、テレシアの言葉が放たれる。ルークの肉体の操作権限はすでにテレシアが握っており、
ルークの意識は眠りについていた。
魔法を発動したルークの身体は、
赤黒く染まり、髪は銀髪に変わり、爪が伸び、
頭からは二本の角が映えていた。
鬼神化、その魔法名が表す通り
ルークは人間ではなく一匹の鬼に変化していた。
魔獣バルガスは目の前に迫る異質な存在を迎え撃つべく、
全魔力を解放する。
自分の生物としての本能が、目の前の存在を危険だと
警鐘を鳴らしていた。
今すぐ逃げろ、目の前のこれとは戦うな、と。
だが、魔獣バルガスはその本能には従うことが出来なかった。
これまで自らを最強と信じ、自分以外の全ての存在を蔑み、
数多の脆弱な命を狩ってきた。
生物として度が過ぎるほどの自尊心。
それがバルガスにとって命取りになるのであった。
「グギャアアア!!」
獣のような咆哮をあげたのは、
バルガスではなくルークだった。
ルークは地面を這うようにして走り出し、
バルガスとの距離を一瞬で詰めると、
その巨大な頭部をシンプルにぶん殴った。
バルガスの巨体が小柄なルークの攻撃で吹き飛ばされる。
あまりのスピードにバルガスは避けることも出来なかった。
「ギャオオオ!」
バルガスに追撃をかけるルーク。
バルガスは体制を建て直すと、
魔力を解放し迫るルークに放った。
<雷撃>
ベヒーモスは雷を操る魔物とされている。
人間を一瞬で焼き尽くすほどの超強力な電撃が、
バルガスの頭部の4本の角から放たれる。
「グリュアア!!」
ルークはその雷撃を獣のように身を翻し、避ける。
そしてそのまま速度を殺さずに、再びバルガスに飛びかかった。
飛びかかるルークを振り払うように振るわれた腕を潜り、
ルークはバルガスの喉元の肉に掴みかかり、
そのまま握り潰した。
「ギャアアアアアア!!!!」
バルガスが悲鳴にも聞こえる雄叫びをあげる。
身を捩りルークを引き剥がした時には、
バルガスの喉元の肉は大きくえぐられていた。
ルークの強化された腕力と握力は、魔獣の肉体を
容易に引きちぎったのであった。
「グルルルルルル」
ルークから距離を取り、うなり声をあげるバルガス。
だがその目にすでに戦意は殆ど残っておらず、
ただ目の前の存在に怯えて始めていた。
魔獣バルガスは、生まれた時から絶対の捕食者として
生態系の頂点に君臨し続けていたため、
自分もただひとつのルールに縛られる獣に過ぎないのだと
言うことを忘れてしまっていたのだ。
そし、ただひとつのルールとは「弱肉強食」
「グギャアアアアアアあああああ!!!!!!!」
バルガス遺跡に鬼神と化したルークの咆哮が響く。
同時にバルガスに飛びかかるルーク。
何度かの轟音が聞こえた後、
再びバルガス遺跡は静寂に包まれる。
かつて人間を恐怖に陥れ封印された伝説の魔獣は、
自らが脆弱な命と蔑み続けてきた人間によって「補食」され
その生を終えたのであった。