13 サムライの器
「コチョウ=サン、ストップ! ストーップ!」
ナガレが声を張り上げるまでもなく、〈フェニックス〉からリミッタープログラムが送信された。甲高い竜の絶叫が重い鼓動めいたストロークへと戻る。
タイマーは残り2秒で停止。実際危ういところであった。危険域突入を無言で叫び続けていたインジケータたちが沈静化する。
同時に天井のスプリンクラーが電子干渉により作動、格納庫全体に人工の雨が降る。極限まで熱された〈グランドエイジア〉の装甲に雨水が接触する都度に蒸発してゆき、蒸気のヴェールが濛々と立ちこめた。
カタナに灯っていた翠の炎はいつの間にか消えていた。
空調がすっかり機能不全に陥ったコクピットのハッチが開放された。温暖差によって外気が一気になだれ込んでくる。ナガレの操作ではない。
「敵戦力が残っている可能性はあるぞ」
『性能が通常の六割にまで低下しておる。関節も焼け付いている。これでは襲ってくるのが〈ブロンゾ〉だとて苦戦は免れぬぞ』
だからコチョウは一休みしろ、と言っているのだ。
一理はあった。ナガレは首元をくつろげながら、ドリンクパックのチューブを吸う。確かにこれではドライバーの方も熱射病になる恐れがあったのだ。熱された蒸気をスプリンクラーの雨が洗い流してゆく、その温度差が快い。濃い蒸気煙を見ながら、呟いた。
「……騎体が全然冷えねえな」
『元々リミッター解除など実装されていないから喃。システムの裏を掻いた文字通りの裏技よ』
「公式でサポートしてない不具合かよ」
『だから本来はユーザーサポートは受けられん。ま、株主であるから融通を効かせてもらうがな』
降り注ぐスプリンクラーの雨と蒸気の雲煙をぼんやりとナガレは眺めた。
〈グランドエイジア〉の、「何の」リミッターを解除したのか、気にはなった。
それによって〈グランドエイジア〉は通常より大きくスペック向上した。向上はしたが、そのパワーは時間経過と共に衰えていった。90秒も経てば殆ど通常時と変わらぬ程度になり、残り30秒で下回る。仕様通りのシロモノだとすれば余りに酷い出来である。恐らくコチョウも把握していなかったのだろうが、それにしても……。
四天王との交戦は、運良く命を拾ったようなものだ。出掛かりで上手くいったと思っていた〈アラシ・ブリンガー〉も、〈ペルーダ白〉を介錯する段には失敗していた。全く、あんなものは嵐とは呼べぬ。
ナガレはドリンクを飲み干した。
いつ敵が流れ込んできてもおかしくない状況だったが、その様子はなかった。工作が上手く行ったのだろうか。拉致された人々はどうなっている? そして、コージローは?
蒸気が、少し晴れてきた。騎体の温度が元に戻ってきたということだ。KEPは少しは戻っている。カルマ・エンジン出力は、戻っていない。むしろ動いているのが不思議なのかもしれない。
拡声モードで警告が聞こえた。
『動くな! 銃口がそちらを向いてるからな! ハッチも閉めるな!』
女ドライバーの声だ。ナガレは舌打ちした。空気を入れ替え次第ハッチを閉鎖していれば……いや、電脳機能も大きくダウンしていたのだろう。バンジ・キュース!
やや白んだ視界の向こう側、イクサ・フレームの騎影が見える。機種は〈エイマスMk-Ⅱ〉。宣告通り、アサルトタネガシマを〈グランドエイジア〉へ向けている。
『ナガレ=サン!? ナガレ=サンじゃないか!』
「コージロー=サン!?」
蒸気の霧が晴れ、スプリンクラーの雨も止まった。〈エイマスMk-Ⅱ〉は〈グランドエイジア〉と正対する位置に移動し、そのコクピットを開いた。中にいたのは果たしてユタ・コージローと、クジカタ・ヨモギである。ナガレの驚くまいことか!
「ナンデ!? ヨモギ=サン!? コージロー=サン!?」
『僕はヨモギ=サンに助けられたのさ』
『アタシもコージロー=サンのおかげで〈エイマスMk-Ⅱ〉をゲットした』
通信機能ONのまま二人が答えた。
それにしても何たる偶然か、イヤハヤ! しかしナガレは感傷に浸ってばかりもいなかった。
「やっぱり、そっちに別の格納庫が?」
『こっちよりは大分小さいけどね』
『金ピカの騎体が突っかかってきたけど、ノしといたぞ』
「何!? 金ピカ!?」
『……いきなり素頓狂な声を出すンじゃねーよ! で何?』
「ミズタ・ヒタニの騎体だ」
『あれが〈ガリンペイロ〉か!』
『……だから何? お二人=サン、アタシにもわかるように話してくんねーか?』
『――ミズタ・ヒタニは僕らの友人の仇だ』
二騎共にハッチを閉鎖した。〈エイマスMk-Ⅱ〉が先導し、別の格納庫まで辿り着く。
『ホラ』
ヨモギが指し示したところに、頭部と四肢を奪われ、コクピットをトリモチによって塞がれた胴体だけの〈ガリンペイロ〉があった。
『コイツ、なかなか強かったぜ』
ヨモギが自慢げに言った。床には彼女と〈エイマスMk-Ⅱ〉が切断したのであろう四肢が散らばっている。〈ガリンペイロ〉の首も、また。コチョウが〈ガリンペイロ〉のコクピットに干渉し、通信出来るようにした。
「エート、ミズタ=サン? 聞こえるか? サスガ・ナガレです」
かすれ声が聞こえた。
『残念だったな……ヒタニは貴様なぞにやらせはせぬ……』
『……彼はミズタ・ヒタニじゃない!』
コージローが断じた。
『通信なんかしなかったから、気にも留めなかった……』
「ということは……誰?」
コチョウが割り込んだ。
『恐らく、父親のミズタ・タニヘイぞ。ミズタ違いよな』
バシィッ! ナガレは右拳を左掌に叩きつけ、悔しさを表明した。
「チィーッ! 奴はどこにいる!? ミズタ・タニヘイ=サン!」
動いたのは〈エイマスMk-Ⅱ〉の方だ。アサルトタネガシマが胴体のみのイクサ・フレームに突きつけられた。
『フフフ……豚児とは言え、我が倅である。親が子を庇うは当然であろう』
ナガレは激しかけたがすんでで自制した。〈グランドエイジア〉が好調であれば蹴りをくれていたかも知れない。
『サスガ・ナガレ=サン、か……オヌシには礼を言わねばならぬな……』
ミズタ・タニヘイの思わぬ言葉だった。
「……何を言っている」
『サムライには器がある。器を越えて強くなるには……恥辱が必要だ。ヒタニは恵まれすぎたために、それに欠けていた……ワシにはどうしても与えることが出来なんだものだ……あれに足らなんだ恥辱を、オヌシが預けてくれたのだよ……ククク……礼を言いたくもなろうて……』
「また出てきたとしたら、アンタのセガレもそこまでだ」
ナガレが辟易したように答えた。ミズタ親子の人生に興味はなかった。興味があるのは、ミズタ・ヒタニの死体だけだった。
やがて続いていた忍び笑いが止んだ。コチョウが通信を打ち切ったのだ。
『ナガレ=サン、彼を生かさなきゃならない。事件の究明に必要だし、人質に使える』
コージローが言った。ナガレがミズタ・タニヘイをどう遇するか考えあぐねているのを見透かしたのかも知れない。
ナガレは疲れたような吐息を吐き、〈ガリンペイロ〉の胴体を担ぎ上げた。
その時――KRA-KRA-KRA-TTTOOOOOOOOOMMM!!




