12 アラシ・ブリンガー
基地の様子が慌ただしい。ZZMM……ZZZMMM……重い震動が基地全体を揺さぶっている感じだ。ヒッキリ・ナッシング! その震動は何かに似ている気がしたが、ヨモギには思い出せなかった。
「持っていくデータは必要最低限だけだ! 書類は全破棄!
「HCBは?」
「第一プラント以外は全破棄だ!」
「いや待て、〈バルトアンデルス〉関連は全部だ! 最優先だぞ!」
研究員であろう白衣を着た連中は、逆方向に走るヨモギなどに眼もくれていない。ヨモギの方も彼らが何を言っているのか半分も理解はしていなかったが、それがササメら拉致された人々に関わることだけは本能によって理解した。
白衣の一群とすれ違いざま、遅れて走る一人の首根っこを引っ掴んで女子トイレに引きずり込む。電子眼鏡をかけた童顔の若い男だった。寝不足なのか眼には隈が浮き、顔色も良くない。
「オイアンタ! 訊きたいことがある!」
「な、何!?」
ヨモギは男の肩を掴み、壁際まで追い詰めた。鼻面がくっつきそうなほどに顔を近づけ、凄む。
「アンタらのお仲間が拉致った人たちはどこだ? 言わねーとコイツが物言うぞ? あン?」
バチバチッ! 電磁木刀から小さく激しいアーク放電! 男は困惑そのものの表情で答えた。
「し、知らない! 僕は奴らの仲間なんかじゃない!」
「シラァ切ってもいいことねーぞ! あァン!?」
「いやホントに知らないんだって! 僕も拉致された人間だから!」
「は!?」
ヨモギの力が抜けた。男は軽くその手を払った。
「特殊な新型電脳のデバッグを手伝わされてたのさ。僕が電脳調律師一級免許持ちだから」
ヨモギは途方に暮れた。ハズレ! こうなれば、もう一人捕まえるか? 捕まえて、またしても情報を持っていなかったら? そもそも捕まらなかったら……? 考え込んだヨモギを見かねて、電子眼鏡の男が声をかけた。
「ねえ、君さ、拉致された人たちを助けに来た訳だろ? 僕に手伝えることはあるかな?」
僅かな逡巡の後、ヨモギはヤケクソになって話した。誘拐されたササメ。探偵サトー。そしてサスガ・ナガレ……
「ナガレ=サンだって!?」
男が突如声を上げた。素頓狂!
「ヒャア!? なんだよ突然声を張り上げて! ビックリさせンなよもう!」
「ああゴメン! ヨモギ=サン、僕の名前はユタ・コージロー。サスガ・ナガレは僕の友達だ」
何たる偶然! その時女子トイレに踏み込む足音! 白衣の男たちだ!
「いたぞ!」
「コージロー=サン! 戻れ!」
「戻らんとヒドイぞ!」
「何者だこの娘!?」
ヨモギの攻撃本能が発動した! 問答無用!
「彌ァーッ!」
ヨモギの血が熱く滾る! 切り込む! 電磁木刀が唸りを上げる! 厳 厳! 厳! 厳! すれ違う!
「グワッ!」
「ドワッ!」
「ズワオッ!」
「グワワーッ!」
背後で男たちが昏倒! ヨモギの残心! 小刻みの連続攻撃、これがタイシャ・スタイル〈サザナミ・ケン〉だ!
「ここじゃ危険だ、出るぞ、コージロー=サン!」
「その前に、ちょっと待って!」
コージローが男の電子眼鏡を奪った。自前の物とポケットに納めながら彼は言い訳した。
「僕のは機能凍結されちまってね、解除パスもわからないから拝借するよ。不眠不休暗黒環境労働の給金にしては安すぎるけど」
コージローは隈の浮いた顔で笑った。電子眼鏡の弦の部分をいじり、情報を引き出す。そして眼鏡のレンズから基地のマップを壁に投影した。
「僕が足を踏み入れるのが許されなかった場所で、怪しい場所がいくつかある。どうする?」
ヨモギは言った。
「片っ端から当たる!」
ZZMM……ZZZMMM……震動は止まない。
これがイクサ・フレームの戦闘震動だと、ようやくヨモギは気づいた。
× × × × ×
四天王が接触通信を用いて会話する。
『何の虚仮威やらと思ったが、奴め、騎体に振り回されておるぞ』
『見よ、サーモなしでも陽炎が立っておるぞ』
『装甲でバーベキューが出来そうにゴワス!!』
『関節が焼け付き、いずれ奴は動かなくなろう。その時ぞ』
その時こそ〈グランドエイジア〉の最期。四天王は守りに向いた青眼にカタナを構える。こちらは穴熊めいて待ちの一手。相手の自滅を待てばいい。
クビ・ミンブは敵を見た。対峙したまま〈グランドエイジア〉は動かぬ。動けぬのか。ダイヤモンドよりなお貴重な一秒が失われていくというのに。それはそれで好都合だが――
異変を見た。ミンブは呟く。
『何……?』
〈グランドエイジア〉のロングカタナに灯る翠の炎。四天王は瞠目する。
『カルマ・エフェクト……カルマの炎!』
『初めて生で見たわい』
『ゴワス……』
『それこそ虚仮威よ。恐るるに足らず』
言いながら、クビ・ミンブは軽い嫉妬を覚えた。カルマの炎など、ミンブが知る中で灯し得た者は一人もいない。師であるカナユギ・ダイレン=センセイは不世出を謳われたサムライであったが、若い頃のイクサで何度か灯したきりだという。無論そのときにミンブは生まれてすらいない。
その炎に、憧れないサムライなどいないと言っていい。だからミンブは嫉妬した。このような小僧などに……!
揺らめく翠の炎を灯しながら、〈グランドエイジア〉のカタナが上段に構えられる。何らかの予備動作。
『来るぞ』
短く、ミンブが告げる。まあいい。守りに入ればこちらのもの――
そして、黒鋼の風が奔った。
× × × × × ×
コクピットに重力中和装置ですら中和しきれぬGがかかる。ナガレは歯骨を噛んでそれに耐えた。
タイマーが遅くなっているのを見て、主観時間がやや遅いのに気づいた。アドレナリンの過剰分泌。それなのに、ナガレの頭はいつになく冴え渡っていた。
〈ペルーダ〉の並びは左から白、黒、紫、赤。油断なき青眼を構えた、待ちの一手。こちらの異常発熱を確認した上での戦術に相違ない。
それは正しい。実際ナガレが同様の戦況ならば同じ手段を選んだだろう。
しかし、その相手が今のサスガ・ナガレと〈グランドエイジア〉であるならば、間違いというしかない。
「〈グランドエイジア〉!」
ナガレは自騎へ呼びかけた。最早別れがたい、半身とも呼べる騎体へ。
「ヤギュウ・スタイル奥義〈アラシ・ブリンガー〉――ゆくぞッ!!」
ナガレは〈ペルーダ黒〉へ、真っ直ぐ突っ込む。振り下ろされるカタナ。〈黒〉がカタナを掲げる。擦過するヒロカネ・メタルとヒロカネ・メタル。激しく火花が散る。
……火花の散るその垣間に、ナガレは勝機を見た。
アドレナリンが大量に分泌され、主観時間が泥めいて鈍化する。火花が、いつまでも消えない。主観時間の更なる鈍化。心臓の鼓動すら遅い。
〈グランドエイジア〉がステップ後退。そして右へ弧を描くような軌道で疾走――〈ミカヅキ・ターン〉。〈赤〉の前で再び〈ミカヅキ・ターン〉、ただし今度は左の弧。
〈紫〉と〈赤〉の間を抜け、〈紫〉の背面へ立つ。
カタナを握る右手を伸ばし、腰を可動域ギリギリに回す。爪先から趾、踝、膝、股関節、腰骨、背骨、肩、肘、手首――それらの連動を意識する。
「威は骨より発しカルマは血より発す」――シンメニオン・ミヤモトゥス・ムサシウスの兵法書「クイントゥス」に記された極意を裏付けるように、骨が軋み血が熱を持つ。翠色のカルマの炎がヒロカネ・メタル製のカタナを燃やす……!
「彌ァーッ!」
――斬! 左腋下から右肩口への切り上げを翠の炎が彩った。〈ハヤテ・スラッシュ〉。コクピット部位ごと斜めに切断され、〈ペルーダ紫〉の騎体が傾ぐ。
その様子を見た〈赤〉が振り向きざまにカタナを揮った。
『良くもトンゼン=サンを! 彌ァーッ!』
怒りのこもった一撃。ナガレは騎体をその場で翻転させ、カタナを回避した。
翻転、そして旋回からの斬撃――即ち、〈ツムジ・ザッパー〉。
「彌ァーッ!」
――斬!〈ペルーダ赤〉の左肩口から右脇下へ、翠に燃える旋風が吹き抜けてゆく。
爆発四散する二騎を置き去りにして、〈グランドエイジア〉は地を蹴った。
〈黒〉をかばうように〈白〉がその前に出る。
『やらせはせぬわッ! サスガ・ナガレ=サン!』
〈グランドエイジア〉が真っ向からカタナを揮う。〈白〉のカタナと噛み合う。銀! その勢いを〈ペルーダ白〉のオヌミセ・タイタムは逆用した。カタナが巻くように動く。〈グランドエイジア〉のカタナの峰を下にして押さえつける腹積もりだった。
しかしカウンターはヤギュウ・スタイルの御家芸。ナガレは巻くような動きを更に増幅させ、その勢いを更に借りた。結果――〈ペルーダ白〉のカタナが高く上がり、そのガラ空きになった胴を〈グランドエイジア〉が斬り伏せる。これぞ〈ギャクフー・カウンター〉。
〈白〉の爆発四散よりなお早く、〈ペルーダ黒〉と〈グランドエイジア〉は撃ち合った。銀! 銀! 銀! カタナを撃ち交わす都度火花が爆ぜる。
『全く、我らは貴様を見くびっておった……!』
憎悪に満ちた〈黒〉のドライバーの呟きを聞き流しながらナガレはタイマーを見た。残り時間は30秒を切っている。
『死ね! ここで死ね、サスガ・ナガレ=サン! 彌ァーッ!』
〈ペルーダ黒〉の斬撃に、ナガレは小刻みの連続攻撃で応じた。右、左、右、左、右下、左上、左下、右上――ヤギュウ・スタイルの〈コガラシ・ストローク〉だ。出力を上回る〈グランドエイジア〉の猛攻に、〈黒〉はたちまち防戦に回る。〈グランドエイジア〉の刺突が〈黒〉の左腕を奪った。
しかし〈ペルーダ黒〉は粘った。粘って、攻撃を捌き続けた。時間切れまで保てさえすればいいのだ。そうすれば〈グランドエイジア〉は動かなくなるのは自明の理、あとは煮るなり焼くなり好きに料理出来る。
カタナとカタナが噛み合った。鍔迫合の姿勢。両騎の脚が完全に止まる。膠着するカタナとカタナ。
……〈ペルーダ黒〉への圧力が、不意に弱まった。〈黒〉が更に押し込む。
自分の有利にのみ眼が行っていたクビ・ミンブは、自騎の胴に充てがわれたビームカタナ・グリップの存在に気づかなかった。
ナガレはビームカタナを発振した。荷電粒子の刃がコクピットを貫き通し、ドライバーを完全に消し炭に変えた。こうして最後の〈ペルーダ〉のカメラアイから光が消え失せた。




