3 探偵の名はサトー
それから5日。
ヨモギのササメ捜索について、成果だけを記すとしよう。ほぼ皆無であった。
彼女の弁護をしておくとすれば、彼女は彼女なりにやるべきことをやったのである。しかし哀哉! 所詮素人では出来ることなど少ない。なけなしの小遣いで買った指紋採取キットはクソの役にも立たず、そもそも誰の指紋を探せばいいのか取っ掛かりさえない。その上、元々カウヴェ出身でもなければランルー・エリアの住人でもないヨモギに対し住民は冷淡だった。これでは聞き込みなどおぼつかない。
夕方、子供たちと稽古を欠かさずに行なっているものの、皆剣の素振りもどこか気もそぞろであった。
「……ササメ、どっかに転がってたりしねーかなー……」
イルカボーンセラミック製土管に腰掛けたヨモギが呟くと、子供たちの刺すような視線に気づいた。
「ア、スマン……」
子供たちは一斉にため息を吐くと、再び素振りに戻ってゆく。
溜息を吐きたいのはヨモギも同じだった。警察は役立たずだが、実際ヨモギも大差ない役立たずだ。その場の勢いで安請け合いしてしまったものの、為す術もなく稽古を見ているのが関の山。情けなくて涙が出そうだった。
稽古も終わり、集団で帰宅する子供たち見送るとヨモギは独りだけになる。冬に近く、菫色グラデーションの空には星が出ていた。すぐに帰宅する気にもなれず、土管に座ってヨモギはぼーっと星を見ている。別に星に詳しいわけでもないので、星座などはわからない。
やがてそれにも飽きて、彼女は尻を叩いて立ち上がる。
ササメがピックアップトラックで誘拐されたという現場は、帰宅路とそれほど離れてはいない。だからついでという感じで寄っていく。そこに何か手がかりでも残っていないか確かめるためだが、勿論残っているはずもない。携帯通信端末のライトで周囲を照らしながら、あまりの徒労感にヨモギはついに溜息を吐いた。
「何かお探しかね、お嬢さん?」
背後から不意に声をかけられ、ヨモギは振り向いた。中年男がいた。
「エ、あの、友達を」
「ほう、友達を」
「そうなンスよ……」
それから、ヨモギはササメが誘拐されたあらましを男に聞かせてみせた。見知らぬ人間に辛さを吐き出している、と思ったが、どうにも止まらなかった。
「ヨモギ=サン、僕はサトーという探偵だ。今現在、連続誘拐事件を追っている」
「連続誘拐事件……?」
ヨモギは訝しんだ。サトーは頷いた。
「そうだ。実はここ一ヶ月のうちにランルー・エリアだけでなく、オウチ・タウンやコソドモ・エリア、カウヴェ・ベイ・エリアなどでも誘拐事件が発生してるんだ。そして、今も誰一人戻っていない」
「結構広い地域なんスね……」
「ヨモギ=サン、キミ、さてはニュースや瓦版を観ていないな? まあいい。ともかく、誘拐されたのは老若男女を問わない人々だ。その中には70代の旗本の元当主もいてな、僕は彼の家族から依頼を受けたのだよ」
「ササメもその一人ッてことッスか?」
サトーはゆっくり首を振った。
「まだ確証はない。関連性のある同じ事件なのかも知れないし、違うかも知れない。単なる家出や別の事件に巻き込まれた可能性だってある。まあそっちは今回措くとするが」
「あの、サトー=サン」
「何だね?」
「アタシ、サトー=サンを手伝わせてくれるかな?」
「アルバイト代は出せないが?」
「構わない。どうぞアタシを顎でコキ使ってくれ」
……翌日は土曜、休みであり、二人は終日聞き込みを行なった。
探偵だけあってサトーの聞き込みは実際手際の良いものであり、コミュニケーション能力にも優れていた。
「奥さん、何か困っていることはないかね? 洗剤を切らしている? お安い御用だ。ヨモギ=サン、ちょっとスーパーまで行って買ってきたまえ!」
遠回りだが効果的なやり方だ。親切心を押し売りしつつ、サトーは住民との信頼関係を構築中だった。見習うべき点は多かった。
日曜日の昼、例の空き地。
「……ササメ=サンも含めてランルーで拉致されたのは四人か」
「人質にして身代金をもらう……なんて言うンだっけ……エーリユーカイ? それはないッスね」
「そう。営利誘拐の線はないな」
ここの住民は概して低所得層で、ササメを始め被害者と目される人々の家庭は貧しい。
「まあ、人間というだけでいくらでも使い道はあるからな……」
「……厭な想像させないでくれよ」
「スマン。だが最悪の可能性は考えておいた方がいいぞ」
ヨモギはあまり考えたくなかった。
サトーは携帯通信端末の地図アプリを展開した。カウヴェ・シティの地図だ。事前にマーカーがついているのは、判明している分の被害者の拉致された場所だ。
「バラバラッスね……」
「そうだな。見事にバラバラで取っ掛かりにもならん」
サトーが機能を切り替え、ピックアップトラックの画像を出す。
「誘拐に使われたピックアップトラックもナンバーやメーカーもバラバラだ。恐らく複数の車両を使っているとみえる。一般に普及しているタイプでカウヴェでもそう珍しいクルマじゃない」
「結局手がかりなしってわけか……」
「いや、そうとも言えん」
諦めた声を出したヨモギに、サトーが言った。
「交通管理センターの監視網が存在することは知ってるかね?」
「聞いたことはある、かな……」
ヨモギは聞き覚えがある気がした。
「実は昨日、僕はそこへ行って、データを見せてもらった。あるサイズのピックアップトラックに限定した交通量をね」
「お、おう……」
「苦労はしたが、収穫はあった。一ヶ月前から一定量のピックアップトラック車両がある地点に向けて走っていた」
サトーが指差したのは、
「あのタワーだ、ヨモギ=サン」
ということで、サトーの運転するクルマでタワーに向かった。どこからか入手していたIDカードが物を言い、進入はスムーズだった。
問題はここからだ。
「ササメたちの居場所がわからねーとな……」
「虱潰しに当たるしかあるまいな」
二人が話し合っていると、工事中の作業服の男の姿が見えたので口を閉ざした。彼は「ドーモ」と軽く黄色のヘルメット頭を下げて会釈し、そのまま通り過ぎていった。それを確認し、話を再開する。
「幸い、こちらには地図がある。キミの携帯通信端末にも転送しておこう」
どこでそんなものを、とは思ったがヨモギは口にしなかった。
データ転送が終わる頃、作業服の男が戻ってきた。数歩分の距離を置いて、こちらを見ている。その視線に何だか剣呑な気配をヨモギは感じた。
作業服の男が口を開いた。
「――そこのアンタ、タナカ=サンだよな? ユカイ・アイランドの地下ではお世話になりましたがよ」
ヨモギは作業服の男を見、次にサトーを見た。中年探偵は一切感情のこもっていない声で答えた。
「いや、僕はサトーという男だし、第一キミのことなど知らんな」
作業服の男はサトーの言葉を無視した。
「タナカ=サン、アンタ俺の本名を知ってるよな? 知ってて俺を置き去りにしたよな?」
作業服の男は太腿に括り付けた棒状のものを手に執った。それをヨモギは知っている。電磁木刀!
「言い訳以外に訊きたいことがある。その前に、一発殴らせろ――彌ァーッ!」
無言で作業服の男が疾走する。振りかぶられる木刀! ヨモギが迎撃、寒ッ! 電磁木刀を電磁木刀で受け止める!
「サトー=サン! 逃げろ! ここはアタシが相手する!」
脱兎! サトーはその場から離脱する。
ヨモギもサトーから訊きたいことはあった。しかしここは作業服の男から中年探偵を守らねばならないと思った。身体がそう勝手に判断したのだ。それはクジカタ・ヨモギをクジカタ・ヨモギたらしめるものであったかも知れない。
要するに、彼女は自分の本能に従ったのだった。




