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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第7話「ボーン・トゥ・イクサ・ドライヴ」
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6 笑う獣

 付け入る隙がなかった。


 強襲母艦〈シナーノ〉、教練室。床に描かれた正方形のラインの中、ウレタン袋竹刀を持ったナガレとカーレンが正対している。距離は(タタミ)3枚分。ラインの外には〈サナダ・フラグス〉のサムライたちが正座して、微動だにせず稽古の成り行きを見守っていた。

 コチョウはいない。


「まあ、楽に、楽に」


 カーレンはにっこり笑ってナガレの緊張をほぐそうとする。ナガレは、青眼のまま切先をカーレンに向けて据え、微動だにしない。出来ない。


 何しろ、どうやって攻め込めばいいのかわからないのだ。

 

 相対するカーレンの身長はナガレよりいくらか低いほどである。ゆったりとした裾の長い朱色の軍服は明らかに儀礼用で、稽古用には相応しくない。立ち姿は悠然として無造作であり、それでいて付け入る隙を全く見いだせないのだ。それはヤギュウ・スタイルの無形の位(ムギョー・スタンス)にも似ている。

 

 ナガレは師父(センセイ)であるハチエモンを思い出した。

 ちょうど一分後、カーレンはにっこりしたまま言った。

 

「来ないなら、行くよ」

 

 カーレンの姿が一瞬掻き消えた。ウレタン袋竹刀はナガレの左から横殴りに来て、それを防ぎ得たのは殆ど偶然に近い。

 ナガレがバックステップで後退する。カーレンの追撃。3度。捌きつつ、ナガレは打ち返す。カーレンのウレタン袋竹刀が防ぎ、巻き上げるような動きをした。やや遅れて、左の掌底がナガレの鳩尾(みぞおち)を狙ってくる。躱せない。体軸をずらし、掌底をウレタン袋竹刀を添えた左肩で受けることになった。それだけでナガレは畳二枚分後退を強いられた。

 

「グゥーッ!」

 

 ナガレは呻いた。恐るべき威力だ。打点をずらして威力は殺したはずだが、鈍器で殴られたような痛みと痺れが肩に残っている。ナガレはウレタン袋竹刀の切先を向けながら、痛みを拭うようにその部分を撫でた。これではウレタン袋竹刀を使っている意味はないではないか。

 

「いいねェ、お姉さん嬉しいよ。サナダ・クランでは新顔に必ずあたしが稽古をつけることになってるんだが、ここにいる連中は皆五手凌げなかった。十手以上となるとヨシノ=チャンだけ」


 実に嬉しそうに熟女が笑う。天性のサムライの笑いだった。ヨシノって誰だ、と思いながら、ナガレには返答する余裕もない。

 

「じゃあ、次の五手続けて行ってみようか」

 

 次の攻め手もまたカーレンだ。上段からの片手拝み打ち。今度は反応できた。ナガレが右に躱しざま、ニューロンに警告のパルスが走る。軽く跳躍すると、カーレンの鋭い足払いが通過してゆく。空気に焦げ目の付きそうなほどの速度の蹴りだ。ナガレは身体をねじり、カーレンの胴に向けて横薙ぎにウレタン袋竹刀を揮う。カーレンは鮮やかに右脚を軸にしたピボット回避をすると、軸足を変えながら裏拳をナガレの側頭に飛ばした。ナガレは蜻蛉を切るようにバック転回避。着地点を狙ってカーレンが突きを入れる。予測していたナガレはウレタン袋竹刀を立ててガード。

 そこへカーレンが踏み込み、ナガレの重心となっていた左足を刈る。その踏み込みに反応できず、姿勢が崩れた。

 

「十手だ、惜しいね」

 

 ナガレの喉元に、カーレンの伸ばした左の指先が突きつけられていた。

 

「参りました」


 ナガレは素直に敗北を認めた。イクサ・フレーム戦からの疲労を差し引いても、全くの完敗である。悔しさもまるで湧いてこなかった。

 首筋に手刀を打ち込まれた。重く鋭い、ナタめいた一撃だった。ナガレはうつ伏せに倒れ、動けなくなる。気絶したナガレに、カーレンが活を入れた。息を吹き返す。

 

「イクサがアレで終わったと思ったかい?」


 首筋に手を当てながら、ナガレは立ち上がる。頭が割れそうなほどに痛い。カーレンはまだ笑みを浮かべていた。

 

「若手にしてはいい筋をしているが、まだまだだね。特に自分より上の相手との手合わせが足りてない」


 ナガレが顔をしかめた。それは痛みのせいだけではなかった。

 カーレンは不意に笑うのをやめた。

 ナガレは嫌な予感がした。


「それじゃ、またやろうか」


 襟を掴まれ、抵抗すら出来ず床に投げられた。大外刈(オーソトガリ)。受け身は取れたが半分も衝撃を減衰出来ない。強引に立たされ、次は背負投だ。また床に叩きつけられる。三度目の投げを食らうのを嫌い、ナガレは襟の掴みを強引に外して距離を置く。

 ナガレはウレタン袋竹刀を捨てた。カーレンはとっくにウレタン袋竹刀を持っていないし、最早この稽古ではウレタン袋竹刀は邪魔なだけだった。

 

 ――結局、ナガレは数え切れぬほどに投げられた。ナガレが〈フェニックス〉へ帰還出来たのは5時間後だった。


 シャワーを浴び終え、コチョウの待つ茶室へ顔を出す。


「ナガレ=サン、カーレンとの稽古はどうだったね」

「ヤマトで一番怖い女だった」


 ナガレは真顔で答える。コチョウは笑いもせず、告げた。

 

「ノーマルニュースとバッドニュースがある。ノーマルニュースから行くとしよう」


 ナガレが座るのを見計らって、コチョウはタブレット端末で動画を再生する。

 そこに映っていたのは、パイプ椅子が置かれただけのどことも知れぬ無味乾燥な個室だ。定点カメラが作動しておよそ5秒後、一人の男が姿を現し、パイプ椅子に座った。その名前をナガレは知っていた。

 

「マクラギ・ダイキュー……!」


 根深い憎悪の熱が腹の底に湧き上がるのをナガレは感じた。


『ドーモ、サスガ・ナガレ=サン。マクラギ・ダイキューです。今更自己紹介もクソもないだろうしお前ももう知っているだろうが、俺はお前の兄弟子に当たる。つまり、俺はヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモンの弟子なんだよ』

 

 マクラギは非常にゆったりとした態度でカメラに、否、今この画像を見ているサスガ・ナガレに語りかけてきた。画質は荒く、その眼からは感情は読み取りづらい。

 

『我が弟弟子(おとうとでし)サスガ・ナガレ=サン、今のお前の首には馬鹿げた額の賞金がついている。わかるか? 多くの賞金稼ぎが、お前の首を狙うだけでなく足を引っ張ってくるんだ』

 

 マクラギはその指でゆっくりと上を差した。そして、笑みを浮かべた。

 

『今俺は宇宙にいることだろう。イノノベ・インゾーにつき従って』

 

 ナガレの瞳孔が少し広がった。

 

『俺が(宇宙)でお前が(地上)だ。地の利すら得ていないお前は、俺に殺される資格すらない。わかったら、障害を除いて這いつくばってでも来い。その後に、俺が直々に殺してやる。――以上だ、弟弟子。お前の姉弟子にも、よろしく言っておいてくれ。じゃあな』


 マクラギがカメラに手を伸ばし、停止させる。動画が終了する。


「ナガレ=サン」

「ああ、わかってるさ。挑発だ。今更奴らに突撃したりしねえさ」


 ナガレの声は、自分でも驚くほど平静だった。


「マクラギが『斬る』じゃなくて『殺す』と直接的な表現を使ったのは、挑発が目的だろうな。……今更だよ、兄弟子。俺はアンタを殺すと決めたんだから」


 口元に獰猛極まる笑みを浮かべながら言う。ナガレとマクラギは、挑発も何も要らぬ間柄だと言えた。これを古諺(コトワザ)に曰く、「不倶戴天の敵」と呼ぶ。


「何せ、センセイの仇を討つに10年待ったって遅くないって言うもんな? それを数ヶ月で済ませようっていうのが土台甘い考えだったんだ」


 怒りの感情は腹の底に沈んでいる。ただ、動かし難く消えもしないものとして、確かに存在していた。


「で、バッドニュースは」


 コチョウがナガレの表情を見た。タブレットを操作し、履歴からあるニュースを呼び出す。

 

 見出しは――『士立ヤギュウ・ハイスクールで白昼の凶行』。

 

「『学生14名が何者かによって殺害、1名が行方不明』……?」

「ヨエノ・ヨンジ、マセニ・ハイカ、アギ・アタロウ……ナガレ=サン、知っているか」


 知っているも何も。


「犠牲になったのはイクサ・フレーム・ファクトリー〈チーム・フェレット〉――全員、オヌシが在籍していたチームのメンバーだ。わかるか? この意味が?」

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