15 黒と白の再会、そして
ユカイ・タカイ・タワーの五一二階展望台。
トヨミ・ミサヲは望遠鏡を通し市街の様子を見ている。イズモ・アヤメやその他のボディーガードたちが、人垣を築いてごった返す人波からミサヲを守っていた。
「押さないでください! 押さないでください!」
「お客様は列に並んでください!」
市街を一望出来るためいつもの親子連れやカップルが絶えないこの展望台だが、今だけは観光客で混雑の極みにあった。人波に慣れていないスタッフたちは皆テンヤ・ワンヤで対応にあたっている。彼らの目的は東側の望遠鏡が目的であり、西側を見ている者はいない。即ち東市街、通称裏街道で起きているイクサ・フレーム戦闘である。
ミサヲの判断は早かったが、展望台でその様子を見るという発想は独創的という訳ではなかった。彼女がここに来た時にはもう随分人が並んでいた。
立ち込める砂埃。陽光を反射して煌めくロングカタナ。時折に宙に飛ぶイクサ・フレームのパーツ――それらを固唾を呑んで見守るミサヲの心には、高揚はない。
やがて望遠鏡の機能がシャットアウトされた。この望遠鏡では五百ヤマト・イェン硬貨一枚で九十秒しか見られない。平常時には何度もコインを入れることで延長可能だが、今は一人一度きりという制限が課せられていた。
ロングスカートの裾を誰かが引っ張る感触に、ミサヲは望遠鏡から目を離した。未就学年齢の男の子がミサヲを見上げていた。母親らしき女性が子供を叱った。
「コラ、やめなさい、フトシ!」
「いえ、わたしもいけなかったんです。ゴメンナサイね、ボウヤ」
「ホントにスミマセン。ホラ、フトシ、お姉さんに謝りなさい」
「ゴメンナサイ。それにアリガト、お姉ちゃん」
ミサヲはその場から離れた。スタッフが出口へ誘導する。
「ご満足ですか、姫様?」
アヤメが囁いた。ミサヲは答えなかった。
「テンリュー少佐と合流します。場所はオロリヤ・ホテルロビーです」
ミサヲは頷いた。人並みとすれ違う。誰も彼女たちに気にかけているものはいない。何かあれば人並みに潜んでいるボディガードが動き出す。そういうことになっている。
「この星は、本当にどこででもイクサ・フレームが戦うのですね」
「トクガ・ショーグネイションの治世が行き渡らぬためでしょう。トヨミが勝っていたならば、こうはなりますまい」
「本当に、あなたはそう思っていますか?」
「……私は仮にもトヨミの軍人ですから、そうとしか答えかねます」
「そう……ゴメンナサイ、では質問を変えます」
ミサヲは言った。
「中尉も、イクサ・フレームに乗るのですか?」
「一朝事あらば、イクサ・ドライバーとして出陣致します」
「テンリューも乗るのでしょうね」
「ええ。あの方はドライバーとしても優れた資質をお持ちです」
「わたしは、彼のイクサ・フレームに乗った姿を知らないのです。わたしはサムライでも、ましてやドライバーでもないから」
ミサヲは、少し遅れてついてくるアヤメの顔を見た。アヤメの顔は端正だが、感情が読みにくい。これもニンジャとしての修行の成果なのだろうか。
「彼はわたしを守護ると言いました。でも、わたしも守護られてばかりいるつもりはありません。イズモ・アヤメ中尉、副官であるあなたへ頼む義理ではないかも知れませんが、戦場ではテンリューのことをお願いします」
言うと、ミサヲの心が軽くなった。前を向いたが、アヤメは内心きっと困惑していることだろうと思った。
× × × ×
「……クロエ?」
ハクアは黒い風が高速で機動するイクサ・フレームであることをすぐに理解した。そして一瞬、それがヤギュウ・クロエの〈テンペストⅡ改〉かと誤解した。
ハクア騎は鍔迫合から騎体の柔軟性を生かして翻転バックステップ、眼の前の〈アイアン・ネイル〉らと距離を置いて黒い風が降下した地点をズーム視した。
クロエ騎ではなかった。彼女の〈テンペストⅡ改〉は黒だがステルス性能を持つマットブラックの装甲、電子戦能力強化のために頭部に陣笠レドームを装備している。そして現在、クロエは地下闘技場へ部下を率いて突入中のはずだ。
――それは黒鋼のイクサ・フレームだった。巷を騒がし、悪を蹴散らして去るという謎の騎体。ハクアの目的たる父ハチエモンの行方に近づくための有力な手がかり。それが目鼻の先に!
しかしハクアは現在自分が置かれている状況を忘れるほど盲目になってはいなかった。冷静さは彼女の代名詞であり、本質であった。
――ジジッ! 〈テンペストⅢ〉のスクリーンにノイズが走った。
次の瞬間、眼の前の敵三騎は全て「黒鋼」になっていた。それも〇・五秒後に再度ノイズが発生すると、すぐ〈アイアン・ネイル〉に戻った。
無差別広域ジャミング。発信元はあの「黒鋼」に違いない。
〈アイアン・ネイル〉らも挙動がどうにもおかしい。これは〈テンペストⅢ〉との電脳性能差によるものと見て相違ないだろう
ハクアはタネガシマのトリガーを引いた。――蛮! 余所見をしていた〈アイアン・ネイル〉の頭部が砕け散った。
あの騎体に助けられる結果になったのは癪だが、好機には違いない。ハクアは機に乗じることを決めた。一刻も眼前の障害を排除し、そして「黒鋼」を!
× × × ×
〈グランドエイジア〉にはまだちゃんとした後部座席がなかった。それに淑女型筐体のコチョウには如何にも窮屈な空間だが、致し方ない。
彼女はタブレット端末を用いて〈グランドエイジア〉の電脳を間借りしていた。その電脳は速度・容量共に有り余るほどであり、裏街道の全域にジャミングを展開してなお戦闘機動にいささかの遅滞もない。
蛮! 〈アイアン・カッター〉がタネガシマのトリガーを引いた。僚騎〈アイアン・カッター〉の頭部へ。電脳を砕かれたイクサ・フレームが仰向けに倒れる。
コチョウは〈グランドエイジア〉を除く全騎のスクリーンのリアルタイム・イクサ・フレーム動画を〈グランドエイジア〉のデータに差し替え、更に三次元ジャイロ羅針盤の識別子を全部敵騎を意味する「赤」にしたのだった。
〈アイアン〉系統への効果はざっと十五秒。イクサ・フレーム戦に於いては致命的な十五秒だ。
――斬! 〈グランドエイジア〉のロングカタナがタネガシマを構えたままの騎体を刎首する。カタナが弧を描き、三騎目の〈アイアン・カッター〉へ走る。――銀! 〈アイアン・カッター〉が辛うじてカタナを上げて防いだ。
コチョウがカウントダウンする。
「ジャミング切れるぞ。五秒前だ!」
「上等!」
ナガレが吼えるように応答する。
――銀! 銀! 銀! 切り結ぶカタナ! 弾ける火花!
〈グランドエイジア〉のカタナが大きく薙ぎ払われた。〈アイアン・カッター〉が身を沈めそれを躱す。
突き込まれる〈アイアン・カッター〉の切先。狙うは胸部。ナガレは左脚を軸にして右脚を引いた。切先が空を貫く。その手首を狙って〈グランドエイジア〉が斬り上げた。切断されるマニピュレータ。更に〈グランドエイジア〉の刃が斜めに降下し、〈アイアン・カッター〉の頭部と右腕を袈裟懸けに斬り下ろす。
背後まで接近するカルマ・エンジン音をナガレはやけに明瞭に聞いた。その後に続く銃声も。――蛮!! 頭部を撃ち抜かれ、もんどり打って倒れる〈アイアン・ネイル〉。
ナガレは自騎を向け、〈アイアン・ネイル〉の残骸と、その延長線上でタネガシマを油断なく構える騎体を見た。白地に薄紅グラデーションの〈テンペストⅢ〉。あちらも自分の方の敵を全て倒したようだ。
「コチョウ=サン、あいつに挨拶がしたい」
「よかろう」
一秒で〈テンペストⅢ〉へサウンドオンリー通信介入。
「ドーモ、サスガ・ナガレです。助かったとは言わないぞ、ヤギュウ・ハクア=サン。……だよな?」
『間違っていません。ドーモ、ヤギュウ・ハクアです。サスガ・ナガレ=サン、わたしも助かったとは言いませんからご随意に。……伺ってもいいでしょうか』
「……何なりと」
『父ヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモンはどうしたのです? 知らないとは言わせません』
ナガレは語に詰まった。ここまで単刀直入に訊かれるとは思っていなかったからだ。
コチョウの視線が後頭部に突き刺さる。言おうとしていたことが全てニューロンがら消え去ってしまっていた。十秒ほどの音もない意味もない言葉を口走った挙げ句、
「――ハチエモン=センセイは死んだよ。首を切り離されて死んだ」『嘘です』
ナガレの言葉を間髪入れずハクアが否定した。全く、ヤギュウ・ハクアともあろう者が理性ではなく感情で否定していた。
『父が死ぬはずがありません。証拠を眼の前に持ってきてください』
無茶な、とナガレは口の中だけで言った。口調こそ冷静そのものだったが、それこそが冷静さを欠いている証にしかナガレには思えなかった。
「――俺が証人だ。ジキセン城の燃え上がる第三天守閣から首のない死体を敵が持ち運んでゆくのを、俺ははっきり見たんだ。この騎体のコクピットで」
『ではその首はどうしたのです? 父様の首は!? あなた、ナガレ=サン、回収しなかったとでも!?』
「……多分天守閣と一緒に燃えたんだろう」
『――回収は』
「無理だったよ……」
『何故!』
遂にハクアが激した。その手の銃口は〈グランドエイジア〉に向けられたままだ。
「仕方なかったんだ! あの弾幕! あの焔! どうやってあそこまでたどり着けば良かったんだ!?」
つられるようにナガレの口調も激しくなる。
「敵を全て切り伏せてか!? それとも砲弾を切り払って!? 出来たらやってただろうさ! 出来たら……ッ」
語尾が震えた。
「……俺が弱かったからセンセイを死なせたんだ……」
ナガレは、自分が泣いていることに気づいた。
『――懺悔はそれで終わりですか?』
ハクアは、あくまで氷めいた声音で言った。
『残りの言い訳があるなら、イクサ・フレームの外で伺います。ナガレ=サン、武装解除して騎体から降りなさい。一秒でも早く』
「エ、ちょ、待」
『待ちません』
――蛮! またも間髪なき否定形、やや遅れて銃弾が飛ぶ。ハクアの怒りの前にはナガレの涙も引っ込んでいた。
コチョウも危機感を滲ませて言う。
「今のは威嚇ではないぞ、ナガレ=サン。彼奴の照準を微妙にずらしていなければ直撃弾だったわ」
「マジでキレてンのか……」
〈テンペストⅢ〉がゆっくりと、確実に近づいてきた。〈グランドエイジア〉への銃撃を決して外さない距離まで。
『何の抵抗かは知りませんが、次は当てます』
コチョウは溜息を吐き、猛然とタブレット操作に集中し始めた。
そう、何も完全に万策が尽きた訳ではない。相当に気は進まぬが、ハクアを打ち倒して進む。今のハクアは話してどうにかなるような相手ではない。怒りという燃料をエンジンにくべられた内燃機関車両は、障害にぶつかるか、エンジンが冷えるかしない限り止まらない。ブレーキを踏むという選択肢は、今のハクアにはないようだった。
ナガレが動こうとしたその時だった。
――PPPPPPPPPP!! 三次元ジャイロ羅針盤が猛烈な反応を示しアラートをがなりたてる! 西側から新たな脅威!
カルマによって強化された直感により、〈グランドエイジア〉も〈テンペストⅢ〉もその一撃を回避した。その一撃は光そのものとしか、ナガレやハクアの眼には見えなかった。――ギュン! 遅れて発生する轟音と衝撃波! バラックの一角が巻き添えになって吹き飛ぶ!
『あれは、何者です!?』
ナガレも咄嗟に言葉もない。何故ならナガレが言いたいことはハクアが代弁していた。あらゆる感情が突如現れたそれに食われてしまったかのようだった。
コチョウが言った。苦味を含んだ語調だった。
「……あれは〈ペリュトン〉だ。トヨミ軍七大超兵器の一、〈ペリュトン〉だよ。まさか、ここにあるとはな――」




