5 サスガ・ナガレの過去
光が強ければ強いほどその影は暗さを増す。都市もまた変わらない。
ユカイ・アイランドの日の当たらぬ場所――通称裏街道。
ダウナー系ドラッグのオーバードースで痙攣するように笑うジャンキー、迷い込んだ観光客を狙って客を引く厚化粧の夜鷹、夜鷹を真似る陰間、強烈な二日酔い不可避の合成酒に現実逃避する敗残のイクサ・デュエリスト――ここに屯するのは最早本土に帰る望みのない人々だけだった。
彼らを避けながらナガレとコチョウの二人は地下闘技場へ向かう。
「オイチョットそこの御二人、俺にカネを貸して」
途中でハングレ・パンクスらしき男が絡んで来る場合もある。その場合、
「彌ァーッ!」
「ギャーッ!」
……何度かこれを繰り返し、到着。格納庫。
「これが、俺の今乗ってる〈ブロンゾ〉だ」
「稼働状態にあるものは初めて見たぞ」
コチョウは騎影を見上げながら首を捻った。
「……何だか直系の子孫に相当する〈アイアンⅠ〉と比べても如何にも頼りない感じがする喃」
ナガレはコチョウの印象を肯定した。〈アイアンⅠ〉がそれなりに場数を経た侍大将なら、〈ブロンゾ〉は野卑な野伏がいいところだ。
「だろうな。装甲は豆腐、居住性はドヤ街の安宿、安全性は深夜の無灯火運転、膂力とAIは小学生――そんなもんでも乗りたがる奴はワンサといた」
口元に笑いを刻みながら言った。笑いながらでなければ語れない、陰惨な過去がそこにあった。
「戦国当時の足軽どもがこぞって乗りたがった。こんなのでも騎乗すれば紛いなりにもイクサ・ドライバーを名乗れるからな」
ブロンゾの騎乗に必要なカルマ受容値は最低――サムライと見なされれば誰でも騎乗が許されるレヴェルである。既存のイクサ・フレームからすれば唾棄に値するような代物であったとしても、イクサ・ドライバーの呼称の重みのほうが勝ったということか。
銀河戦国時代とはそういう時代だった。名誉と生命を通貨として明日を贖う時代。いや、明日すら通貨となることは日常茶飯事だった。
「下手すりゃ歩兵用火器でも正面装甲をブチ抜かれる。可搬式砲台なら中身ごと死ぬ。もちろんイクサ・フレーム同士の叩き合いでも中身から先に死ぬ。図面を引いた奴はラリってたとしか思えん」
「これに子供たちが乗せられては」
「死ぬよ、無論」
当然だと言わんばかりに、ナガレが言った。
現に、あの〈ギサルム〉の胸部装甲には刃の潰されたカタナの一撃がくっきりと刻まれていた。ドライバーがどうなったか、ナガレは知らない。
「……いっそここらを爆弾でふっ飛ばしてしまいたくなるな」
「無駄さ。別の場所で同じようなことが始まるだけだ」
却ってコチョウの方が冷静さを欠いているようだった。
「わかっておる。下手人の首根っこを押さえる、これしかない」
そう言って彼女は手品めいた動作でメモリを取り出した。
「OSアップデート用パッチ。〈ブロンゾ〉でも使えるはずだ」
「アリガト」
受け取って、ナガレはそそくさと懐に仕舞い込んだ。地下闘技場ではペナルティー罰金が発生するアウト行為である。
「さて、わたしは鯖室を探すとしようかの……」
コチョウが言い終わる前に、無遠慮な足音が廊下を渡って来た。ナガレが足音の方を見、ついでコチョウの方を見ると彼女の姿はもうない。
「ヤマダ=サン、誰かと会話してなかったか?」
タナカであった。ナガレはわざとらしく携帯通信端末を見せた。
「お袋と電話中だったんだ」
「フムン、お袋様は大切にな。あ、外部への連絡は程々にしておけよ。ペナルティー発生するからさ」
「わかってるよ。ところでタナカ=サン、なんか用があって来たんじゃないのか?
「そうだそうだ、ヤマダ=サン、いいところがあるんだが」
「いいところ?」
「別の闘技場さ」
おいでなすった。
× × ×
ユカイ・アイランドは地下闘技場より更なる地下――VIP専用潜水艦ドック。
老人斑の浮いた禿頭、左目は機械義眼――イノノベ・インゾーは多機能車椅子でゆったりと現れ、エントランスに居並ぶ側近たちの方を流し見た。
側近たちは直立不動の姿勢で十分以上もの間待機を強いられている。その顔に浮かぶのは一様に、緊張と困惑、そして懐疑だ。
これから迎える客の素性を思えば無理からぬことではあった。
エントランスに客人たちが足を踏み入れた。
まず目立つのは長身の若い男。次には地味ながら仕立ての良い最新モードのキモノ・ドレスをまとった少女。ヤマティック・メイド服の侍女三人は影のように侍り、ニンジャめいて存在感を示さない。あるいは本当にニンジャか。そうであっても、この場の誰も驚きはしないだろう。
「ドーモ、オツカレサマ、イノノベ・インゾー=サン」
最初に挨拶を仕掛けたのは、長身の男だ。白の士官服にカタナを吊った、端正な顔立ちの若い男。
「タツタ・テンリュー少佐です」
「ドーモ、イノノベ・インゾーです」
イノノベは不快感を表さぬようにした。初対面ではないが、このタツタという男は気に食わぬ。しかし、少女の前で諍いは出来ぬし、あってはならぬ。なかんずく、タツタ・テンリューは彼女の護衛隊長。かのカシウラ・バクデンの直弟子、カシマ・スタイル免許皆伝の恐るべき手練である。
「イノノベ・インゾー=サン、はじめまして」
少女が柔らかく微笑した。菩薩めいた人をとろかすような笑みに、側近たちは動揺を見せた。カリスマは、彼女の血族が有する資質であった。やはり、実在したのか。
遺伝子鑑定は既に済み、彼女の大叔父が認めてしまっている以上、それが事実には違いない。それでもここに至るまで、イノノベは疑いを捨てていなかった。
「トヨミ・ミサヲです。皆さん、お身体を楽にしてください」
プリンセス・トヨミ・ミサヲ。失われたはずのトヨミ家直系の血を引く唯一の人物。




