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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第6話「ダークサイド・オブ・ユカイ・アイランド」
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4 サスガ・ナガレの懊悩

 ナガレはIDカードを使って外に出た。闘技場の選手――通称イクサ・デュエリスト――には入手あるいは購入出来る物資に制限がかかる。購入制のこのIDもその一つだ。

 

 日も落ちて、街には色彩の洪水と呼ぶべき光景が広がっていた。色とりどりのネオン看板。しっとりとした光を放つサイバー仏花の花弁を咲かせる街路樹の並木。街灯には鈴なりにLED雪洞(ボンボリ)提灯チョーチンが飾られている。

 

 吹き上げるLED噴水をバックに大道芸人がハシゴを使った芸を魅せ、客たちを大いに沸かせる。

 最新モードのLED和服(キモノ)を重ね着し、金銀珊瑚にダイヤモンドがきらめく(カンザシ)花魁(オイラン)が何人もの幇間(タイコモチ)禿(カムロ・ガール)を引き連れてストリートを練り歩く。

 

 ただでさえ賑やかな有様なのに、AR視界で確認すれば看板や提灯や雪洞の全てに協賛企業や店舗のメタ情報が添付されているのがわかる。中には極度デフォルメされたバニーガールを捕獲すること(クリア時に画面が妖しいピンクのカラーに染まって暗転)で店舗ポイントをGET、といった安い作りのゲームをプレイ出来たりもする。

 ヤマトの首都エド・ポリスの繁華街も騒々しいほどに華やかだが、この都市の眩さはそれを凌いでいると言わざるを得ない。


 ユカイ・アイランド。華美な外観で如何にもそれらしく装っているが、その実は現代ヤマトに出現した退廃都市ソドムあるいはゴモラにも等しい。

 

 IDは、購入金額によって行動可能な区域(エリア)が制限されている。ただどの区域にもカジノは存在する。実際借金苦で喘いでいたデュエリストがカジノで見事大当たり、というような例もなくはないらしい。その確率は当然稀も稀、一攫千金の微々たる可能性を鼻面にぶら下げる搾取構造だ。

 ナガレが持つIDはエリア及び購入物品無制限、これの入手にユイ・コチョウが噛んでいることは言うまでもないだろう。

 

 ユカイ・アイランドに来たのは三日前。その間に概ねの区域は見回った。そこには最早見るべきものはない。個人的に気になるものは有りすぎるくらいだが(特にユカイ装甲騎博物館! 二五六騎のイクサ・フレームが真造騎(シンウチ)量産騎(カズウチ)を問わず所狭しと展示されている、フレーム・フリーク垂涎の場所だ。何度行っても飽きそうにない)、ナガレはここに来た目的を忘れてはいない。

 

 ボォーーッ! 遠く汽笛が聞こえた。豪華客船〈シラナミ〉号が港に入ったらしい。

 

 歩くことしばし、ナガレは港に程近いスシ店「モチスケ」に入る。どちらかへと庶民向けの内装に見えて、比較的入りやすい感じがあった。暖簾(ノレン)を潜ると「ラッシャイ!」「ラッシャイ!」「ラッシャッセー!」と、カウンターのスシ職人たちが粋なアイサツを客に投げてくる。客足はそこそこ。この付近はスシ店含め料理屋の激戦区なのだ。

 空いているカウンターに座って、品書きを手に取る。メニュー名と共に表記された金額は庶民が閉口するほどに高い。IDカードにはそうそう使い切れぬ額の電子マネーがチャージされているが、他人のカネで好きに飯を食う、という行為にはまだナガレは慣れない。仕方なしに一番安いセットを頼んだ。

 そう長い間待たされずに注文の品が来た。味は、高いだけに悪くない。醤油も具も全てオーガニックでオーソドックスなレトロ・エド・スタイル。しかしサーキット・スシ・チェーン店とコストパフォーマンス面で比較すると、何とも言い難い。

 マグロ・スシを口に運び値段以上に咀嚼していると、隣の席にサイバーサングラスを掛けたダッフルコートの美女が座った。 

 

「ドーモ、ヤマダ・セイヤ=サン」


 ナガレは口中のものを飲み下し、緑茶(オチャ)を一口啜った。それで女性の正体を口にした。


「エート……コチョウ=サン?」

「なんだ、つまらぬの」 

 

 美女は唇を曲げ、栗色の髪を掻き上げた。

 そう……ナガレが察した通りこの美女はユイ・コチョウである。単独行動の際、彼女は状況に応じてゲイシャ・ドール筐体を変更する。今の筐体は身長も高く胸も豊満な「淑女(L)」タイプだ。

 この姿で、コチョウは〈シラナミ〉号に乗ってユカイ・アイランドに来たのだ。

 

 コチョウは一切の躊躇なく一番高いセットを頼んだ。それから声を低め、


「ナガレ=サン、『闇語』(ヤミガタリ)を使え」

「アイアイマム」 

 

 二人の声は指向性めいて、二人にしか聞こえなくなる。

 どこで誰が聞き耳を立てているかわからない場合に使用する盗聴防止会話法である。コチョウの場合はテックによる再現、ナガレの場合は師父ハチエモンから叩き込まれた技術の一つ。元を正せばそのルーツは地球時代のニンジャの遠い祖先たちが用いていたというように、非常にアナログかつそれ故にデジタル社会に於いても有効なスキルだ。


「首尾は?」

「『上』の方は一通り見たけど、成果はなし」

「『下』の方は?」

「これからってところだな」

「試合は?」

「三連勝」

「なかなかではないか」

「凄くねえよ。新人だから高いレートのマッチメイクは組んでもらえないし、手応えがない」


 もう少し勝ち続ければいいのだろうが、そこまで長居はしたいしするつもりもない。


「賭けたりはしないのか、自分にも?」 

「正直誰が勝つか負けるかには、地下闘技場だと興味を持てない。それに、デュエリストは自分が参加するデュエルへ賭けることは禁止されているんだ」


 馴染みになれば知り合いに頼むという裏技が可能だしそれは禁じられていないが、そこまで親しい相手はいまのところいない。

 

「タナカのおっさんも、十分信用した訳じゃないしな」

「タナカ? 現地協力者?」

「馴れ馴れしいおっさんさ」

 

 コチョウはそれ以上の追求はしなかった。


「船にな、ヤギュウの娘が居ったぞ。名前は確か――」

「ハクア?」

「そう、そんな名前だ。オヌシの同級生だったかな?」

「そうだけど」


 ヤギュウの職能には密偵(ニンジャ)が含まれているのは公然の秘密というヤツだから、別に驚くには当たらない。

 だがコチョウは、ナガレの反応に戸惑いを見て取ったようだ。


「オヌシ、逢いたくないのか」

「そういう訳じゃないが」

「逢えば訊かれるだろうからな。あの者の父人(ちちびと)の生死を」

「…………」


 図星を突かれた。

 

「何故言えぬ。お前の父にして(おの)が師父ジュウベエ=ハチエモンは首を落とされて死んだ、と」

「……言えりゃいいんだけどな」

「それはオヌシの役目だぞ。気が進む、進まぬの話ではない。弟子にしてその最期の姿を見た、オヌシの責務だ」


 コチョウの言葉はいつになく厳しかった。彼女は自分が興奮していたことに気づくと、バツ悪そうにして取り繕った。


「と、まあ、これは父を早くに亡くした娘の言い分ではある。だから――」


 ナガレは空になった皿を見つめて、呟いた。


「言えりゃ、いいんだけどな……」

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