3 ヤマダ・セイヤの闘劇
――厳!! 二騎のイクサ・フレームが同時に踏み込み、カタナが交錯する。その刃はあらかじめ潰され鈍器としての役目しか果たさない。それでも材質はヒヒイロ・メタル、全力で揮われれば十二分に恐るべき威力の凶器である。
自騎は〈ブロンゾ〉。敵騎は〈ギサルム〉。共に銀河戦国時代初期から中期のイクサ・フレームだ。〈ラスティ・アイアン〉以降のイクサ・フレームよりも小柄で軽量、安価で低出力、そして脆弱。粗末なカルマ・エンジンの粗雑な駆動音が、ホロ・バリアと柱で閉鎖された空間にどよもす。状態も良いものではなく、土埃を蹴立てて走る度に不快な夾雑音が関節部から聴こえる。コクピットブロック機能もかなり半端な代物で、耳への防護のためにイヤーマフ装着が推奨されている。参加ドライバーにはそれを拒む者もいるが、彼らの多くはその判断の過ちにすぐ気づくことになる。鼓膜を破りたくなければ、マフは装着すべきだ。
空間の円周にはホロ・バリア展開装置を兼ねた柱が並び、その間に非透過光が張り巡らされ、外の様子は伺うことが出来ない。また、〈ブロンゾ〉や〈ギサルム〉の出力では打ち破ることも不可能だ。
どこかにカメラがある。〈ブロンゾ〉や〈ギサルム〉の粗末にも程があるカメラ性能では発見出来ない場所に。それを通してこのイクサを見ているのは、二種類の人種だ。
参加する者、参加させる者。
前者の多くは人生に行き詰まりを見てしまい、何らかの手引きによってこの地下闘技場に来てしまった者たち。後者はそんな彼らの地獄めいた足掻きを娯楽とする、いずれも名の通った身分の者たちだ。金と身分を持て余した、特権階級の人々。恐らく空調が効いたVIPルームなり特別な内装の個室なりに美女や美男を侍らせ、美酒や美食を味わいながら観戦している。あるいは観戦しながらイクサの勝敗に小金――一般市民の何年分もの給料ほどの金額――を賭け、談笑を交わす。さて、あなたはどちらへ賭けておられるのですかな? 〈ブロンゾ〉の方? ほほう、私は〈ギサルム〉の方なのですよ……。
安全地帯で見る命懸けのイクサはさぞや楽しいだろうなと思う。
そしてイクサは、凄惨な方が愉しかろう。
掌を峰に当てながら、敵のカタナの威力をずらす。敵騎〈ギサルム〉に一瞬泳いだような隙が生まれる。
〈ブロンゾ〉はカタナを頭部の高さにまで上げ、刺突を放つ。狙うは〈ギサルム〉の首。
敵ドライバーも急所を剥き出しのままにはせず、カタナを揮って牽制。〈ブロンゾ〉は身を引きつつ、騎体を敵の背面へ回らそうとして――出来ない。これには驚いた。この騎体は〈ラスティ・アイアン〉にも可能な下級サムライアーツ〈ミカヅキ・ターン〉も出来ないのか!
忌々しげに舌打ちしつつ、彼は獣めいた獰猛な笑みを浮かべる。やはり贅沢だったようだ。月月火水木金金……あれ、何の標語だっけ? まあいいや。
とにかく〈ブロンゾ〉に騎乗していた頃の勘を思い出せ。たかだか九年前、忘れ去るにはまだ早いはずだ。便利な最新型イクサ・フレームに慣れた身であっても――
〈ギサルム〉が突きを仕掛けてくる。コクピット狙い。厳密なルールが定められている訳ではない。明白な戦闘不能か、敵が敗北を認めれば勝利。カタナは刃が潰されているが、切先だけは刃が残されていた。〈ギサルム〉の出力は小学五年生並だが、これで豆腐並の〈ブロンゾ〉の装甲を貫くことなど容易い。
回避も、また容易かった。
上半身の重心移動で突きを躱し、〈ブロンゾ〉がカタナを跳ね上げる。――厳!! カタナを叩き込まれた〈ギサルム〉の両腕部が跳ね上がる。
剥き出しの胴へ、薙ぎ払いの一撃。クリーンヒット。コクピットは存分に揺さぶられ、〈ギサルム〉のドライバーは気絶した。コクピット据え付けの生体反応監視装置から転送された情報により、運営側がこれ以上の戦闘不能を判断する。マフの上から耳を劈くブザーがコクピット内部で鳴り響く。
解説がいるとすれば、こんな風に高らかに告げていることだろう――『勝者! 東、〈ブロンゾ〉!』
回収用イクサ・フレームが倒れて動かぬ〈ギサルム〉を運んでゆく。〈アイアンⅡ〉二騎。非武装だが、それでも〈ブロンゾ〉などでは鼻であしらわれるような性能差である。
足軽専用とさえ揶揄される初期型量産騎をこの地下闘技場で用いるのは、別に吝嗇からでも何でもない。単にそういう見世物であるからだ、ということを、この光景が端的に象徴していた。
〈ブロンゾ〉は格納庫に戻り、ドライバーはブースへ戻る。
「オツカレチャン! いや、楽勝だったな、ヤマダ=サン!」
馴れ馴れしく、中年ドライバーが声をかけてくる。ポマードで白髪の混じる頭髪を撫で付けた、自称伊達男。彼もまた、人生に行き詰まってここに来た参加者だ。
「浮かない顔だな。便秘か?」
「そういうンじゃねえよ、タナカ=サン」
イヤーマフをむしり取りながら、ヤマダと呼ばれた若いドライバーは答えた。
ドライバーにさしたる喜びはない。勝って当たり前のイクサに勝った、それだけだ。
しかし、疑問は残る。
「……負けたドライバーはどうなるんだろうな」
「さて……借金の額にもよるだろうな」
タナカは口にシニカルな笑みを浮かべて言った。
この地下闘技場で参戦するドライバーは、運営からイクサ・フレームを借り受けている形になっている。そのレンタル費から修理・カスタマイズ・チューニングにかかる費用まで全てが自前だ。ドライバー専用に借金サービスもあるが、その全てが十日に一割という暴利を貪っていた。それでもイクサに勝てる者はいい。返済を待ってくれるからだ。しかし弱く、勝利や借金返済見込みがないと見なされた者がどうなるかは……それは各自のご想像にお任せしよう。
要するに、ここはちょっとした地獄だ。
「お前さん、その若さで何でここに?」
「死んだ親父の作った借金さ」
「そうかい。……ヤマダ=サン、明日は我が身だぜ」
タナカはポケットから煙草を取り出し、喫煙室へ立った。
スマンね、タナカ=サン。若いドライバーは心の中で謝った。その話は嘘なんだ。名前も含めて。
登録名はヤマダ・セイヤ、本名はサスガ・ナガレというそのドライバーは、さり気なさを装いながら移動を開始した。




