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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第6話「ダークサイド・オブ・ユカイ・アイランド」
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2 ヤギュウ・ハクアの潜入

 豪華客船〈シラナミ〉号はそれ自身が一大アミューズメント施設の様相を呈していた。大型流水プール、スポーツジム、茶室、ダンスフロア、ブティック、映画館……排水量も含め、通常は世界一周に用いられるような船だ。その中にはマッサージサロンも含まれていた。

 

「マツヤマ」は全星にチェーン展開をするマッサージサロンである。リラクゼーション機能を重点した店内は明度を抑えた目に優しい照明に、アロマ御香が鼻腔を微かにくすぐる。マッサージ施術師は皆控えめで奥ゆかしいヤマト美人としての教育を施されている。テーブルやソファなどの調度だけでなく、供される茶や菓子は一口で高級と知れる品物。客層はもてなされることに慣れた富裕層が主であり、実際評価も上々だ。


「まさかマッサージサロンにヤギュウの資本が入っているとは誰も思わないよねェ……おッ、いいねェ」

「ハイ。わたしも初めて知りました……んっ」 


 ベッドにうつ伏せでねそべった二人の裸身は美しく鍛えられている。実際彼女らに課せられる試練はハードであり、若さで解消し切れない疲労が蓄積されていた。施術師が一見たおやかな手に力を入れて滑らかなその背筋を揉みほぐすと、疲労の苦痛が快楽の波に変わり、緩やかに全身へ伝播してゆく。


「な、ハクア。たまにはこういうのもいいだろ……おおッ」

「そ、そうですね、クロエ……ううんっ」


 整体されることの心地よさに、ハクアの口からつい艶めかしい声が出てしまう。マッサージを受けてから五分、隣にクロエがいなければ既に眠ってしまっていたかも知れない。

 

 ヤギュウ・クロエはハクアの従姉に当たる。早逝したもう一人の叔父シモンの娘であり、男サムライにも負けぬ長身と筋肉の持ち主だ。こう見えて潜入捜査のエキスパートであり、ニンジャとしての実績は高い。大公が今回の任務のパートナーとして彼女を選んだのは相応の理由がある。

 

「何度かやってもらったけどマツヤマのお姉さんがたの技術(ワザマエ)は確かだよ」

「お褒めに預かり光栄です」


 クロエの言葉に、彼女の施術師が慎み深く応答する。

 

「これもニンジャとしての修行ですので」


 ハクアの方の施術師が言う。施術師二人共、ヤギュウ・クランのニンジャであった。気の長い潜入捜査は、ヤギュウのお家芸と言っていい。

 

「御二人共骨格がよろしいので、非常に施術し易いです」

「……それはドーモ」


 曖昧にハクアが答える。快楽に流されてしまってもいいという思いとそれを許さない強い自制心がせめぎ合っていた。マッサージに慣れていないのだ。若さのためだが、ヤギュウ・クランのサムライとして己の身体を他者に預けることを戒めてきたためでもある。


「やはり、目標(ターゲット)はこの船にはいないね」

 

 非常にリラックスした様子でクロエが言った。ハクアの全身に緊張がみなぎる。施術師の手がそれぞれの身体から離れた。

 

 目標=イノノベ・インゾー。列車襲撃事件の主犯と目される人物。〈オーザカ戦役〉に参陣し、戦後しばらく閣僚として政治に参画していた。それが突如、何の前触れもなく出奔、〈トヨミ・リベレイター〉と合流した。イノノベは医療技術が進歩した現代に於いても百数十を超える超高齢者だが、その政治能力は疑いを容れる余地はなく、トヨミ系過激派間の調整役として辣腕を揮っているという。大物中の大物の一人と言っていい。

 出奔理由は未だ不明である。

 

「私用の船で来る――あるいは、既にアイランドに着いているのでしょうか?」

「わからん。海の中までは人工衛星(サテライト)の目も届かないからねぇ」


 惑星ヤマトを北東から南西にかけて連なるヤシマ大陸。その地形上、サムライは海を軍事的に重点しなかった。

 

「だから罠を張るのです。確実に捕らえるために」


 ハクアの眼が強く燃えた。列車襲撃事件の場には居合わせなかったが、ヤギュウ・ハイスクールの生徒たちとは決して無縁ではない。真相を知りたかった。

 一方、クロエは懐疑的なところがあった。


「上手い具合に引っかかってくれればいいのだけれどねぇ」

偽装身分(カバー)が割れた訳ではないのでしょう?」


 この任務に於いて、二人は偽装用の身分証を預けられている。


「何事も完全はないよ、ハクア。そりゃ身分が割れてない方がいいけど、割れてなお問題ない動きをするのがニンジャ仕事さ」

「貴女に言われなくても――」


 声を荒らげかけたハクアの肩甲骨付近に、施術師の手が触れた。

 

「それではオイルマッサージを始めますね」


 抗議の声を上げようとして果たせなかった。体温よりややぬるい程度に温まったオイルを絡めた手が、ハクアの背を滑るように撫でてゆく。肩甲骨から腰、首、肩、腕、と彼女の背中に満遍なくオイルが塗られてゆく。熱や感触がもたらす初めての感覚に、ハクアはあられもない声を上げてしまう。

 

「あ、あんっ」


 クロエは殆ど悠然とオイルマッサージを受け入れながら、ニヤニヤしていた。冷静の権化めいたこの従妹が取り乱す姿を見るのは、いつだって楽しいのだ。

 大体、ハクアは物事を悲観的に考えすぎる。今回はそれが顕著だ。休めるときに休むのもプロの仕事。それを心得なければ一生の仕事としてのサムライは務まらぬ――伯父に当たるヤギュウ大公ムネフエからクロエが言われていたことである。


 

 ……マッサージが終わると、ハクアはクロエに引っ張られるようにしてプールへ向かった。

 

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