9 最高を超えた一手
何なのだ、これは……バモセは苛立ちを込めて黒鋼のイクサ・フレームを睨みつけた。
〈ヌッペホフ・テラーズ〉は既に三騎撃破されている。由々しき事態だった。例えミッションが成功しようとも、修理代などで赤字は免れぬだろう。それを考えるだけで頭が痛い。
斬り倒されたイクサ・フレームは雪原に放置されている。今イクサ・ドライバーが迂闊に外に飛び出せば死ぬ。ブリザードはもちろん、イクサ・フレームによる圧殺もあり得る。幸いというべきか、敵ドライバーに積極的にこちらの生命を奪いに来る意図はないらしい。であるならば、そのままコクピットの中にいた方が生存率はずっと高い。
黒鋼の装甲の正体不明騎。間違いなく手強い相手だ。
ただ、カタナで斬り結ぶうちにわかったことがある。ドライバーはまだ若い――経験不足かつ詰めの甘さを感じる。そこが付け入りどころか。
バモセは接触回線でボツタに命じる。「この場で確実に仕留める」と。
ここまで来たら奴の新型騎を奪わなければ気が済まない。
× × ×
――銀!!
三本のカタナが交錯した。
グランドエイジアの左手は腰部にマウントされた脇差たるビームカタナのグリップを握っていた。
迸り伸びるビーム刀身。それは真っ直ぐにアイアン・カッターへ向かう。
驚愕したように後退する騎体。
グランドエイジアの左手が揮われる、その瞬間――弓!! 走る荷電粒子の矢。ビームカタナを握ったまま吹っ飛ぶ左手。
アイアン・ネイルが押し込んでくる。アイアン・カッターも前に出る。
ナガレはグランドエイジアの右脚を踏み込ませる。そして、フルブースト――ただし、左肩スラスターのみ。
右脚を軸にして強引に時計回りに回転する騎体――そのカタナの切先がアイアン・カッターの右大腿部を切断した。ヤギュウ・スタイルのサムライ・アーツ〈ツムジ・ザッパー〉。
このまま独楽めいた連続攻撃に移行しようとして、ナガレは果たせない。アイアン・カッターが掴みかかってきた。アイアン・カッターは片腕片足、右腕部と右脚部を失っている。それでも死に物狂いでグランドエイジアの動きを封じようと足掻いていた。
カタナの切先がアイアン・カッターを刎首するのと、グランドエイジアが背面から倒れるのはほぼ同時だった。
「角付き」アイアン・ネイルが伸し掛かる。コクピットで電脳がエラーを吐きまくる。
殆ど密着状態。己と敵のカタナが交差した状態で。
相互の刃が装甲に徐々に食い込んでゆく。コクピット付近に食い込むカタナ。
ナガレは敵の狙いに気づく。ハッチを切り裂き、グランドエイジアを奪うつもりだ。
そうはさせるか――機銃発射、クレーターめいてアイアン・ネイルの装甲に傷がつく。しかし敵はビクともしない。
ナガレはもう一つ、気づいたことがある。レーダーが作動している。ノイズ混じりではあるが、はっきりと。電磁ブリザードが弱まっている。
× × × ×
グランドエイジアが撃たれた。
損傷の度合いはそれほど激しくない。が、危うい。左肘から先がなくなっている。
フブキの視野では、三騎はもつれ合うようになっている。こうなれば狙撃は困難だ。狙撃手の位置も確認出来ない。
PPP...通信が入る。グランドエイジアから。訝しむ間もなく、フブキはそのデータを見る。周辺地形込みの敵狙撃手のリアルタイム位置データ。
これを信じるべきかフブキは迷わなかった。
敵は十分狙える位置にいる。しかし、これだけでは今窮地にあるグランドエイジアへの援護にはならない。
フブキにとって最高の狙撃――それすら超える一手が必要だった。
ブリッツの脚を止める。
フブキは息を止める。スコープを覗く。
そして引鉄を引く――緩やかに螺旋を描いて真っ直ぐに解き放たれる弾丸。
× × × ×
――蛮!! 銃声が轟いた。
グランドエイジアにかかる圧力が不意に軽くなった。アイアン・ネイルが仰け反ったのだ。
一瞬で十分――ナガレは騎体を即座に抜け出させる。
その頭部を破壊するのも、一瞬でいい。振りかぶったカタナが、アイアン・ネイルの電脳を打ち砕いた。
残心しつつ、ナガレは敵騎を見た。胸部装甲、人間でいう脇腹のあたりに大きい窪みが出来ている。仰け反ったのはこれが原因か。フブキの援護射撃。
うん? とナガレは思う。先程送ったデータは敵狙撃手の位置だ。一発しか銃声は聞いていない。どういうことだ?
フブキの元へゆかなくてはなるまい。探知能は今までよりずっとクリアだ。すぐに居場所はわかる。
ナガレは騎体を一箇所に集め、手指部のトリモチ・ランチャーでコクピットを封鎖する。敵がどうなろうが興味はないが、証人は必要だろう。
ただ一人、ノキヤマ・ツムラを除いて。奴の屍体は確認しなければ気が済まない。
グランドエイジアをブリッツと合流させ、接触回線ケーブルを飛ばした。ブリッツは左腕を失っているが、他は無事らしい。
「狙撃手は?」
『倒した。ほら』
フブキ=ブリッツが指差した方向に、電脳を撃ち抜かれた雪中迷彩装甲のイクサ・フレームが横たわっていた。ズームカメラでそれを確認。
「……〈ブラス〉!?」
『珍しいのかな?』
「珍しい、なんてもんじゃない。ラスティ・アイアンの試作みたいなもんだ」
〈ラスティ・アイアン〉即ち〈アイアンⅠ〉は第三世代量産型イクサ・フレームの嚆矢たる騎体である。無論そこまでの性能に至るまでに多くの試作騎が生まれ、消えて行った。〈ブラス〉もその一つである。
「機動性能だけはよかったらしいが――ああ、そうか。狙撃手の乗騎なら問題ないやな。それにしても趣味的な――しかしフブキ=サン、どうやって俺の援護まで?」
二騎はブラスへ近づいてゆく。
『そこに岩があるだろう』
確かに雪に埋もれた大岩があった。
『ブラスと、あれに跳弾させた。君のデータのおかげだ』
信じられない思いでナガレはブリッツを見た。
ブリッツはブラスと「角付き」アイアン・ネイルを同時に狙える位置にいた。しかし一発ずつ撃っていてはナガレが危険と見たフブキは、まずブラスの頭部を撃った。そこから貫通した弾丸は岩に当たり、弧を描くような跳弾で「角付き」の胴体をしたたかに殴りつけたのだ。
ブリッツから「角付き」への架空の射線を直線とし、ブラスを経由した跳弾軌道を曲線とした「D」の字をナガレは思い浮かべた。
この周辺の岩はヤマタイトを含み硬質である。他にも様々な条件にも恵まれた。しかし、運が絡んでなおこの射撃はまさしく神業としか言うべきだろう――
「アンタを敵に回さなくてよかった、フブキ=サン。あ、これは褒め言葉だ」
『ありがとうと言っておくよ……不味いな』
ブラスのコクピットが開いていた。中には誰もいない。ナガレもそれを確認した。フブキの声に焦りが混じった。
『――この距離ではジュス村が近い。奴はそちらへ向かったんだ』
もうちょっとだけ続くんじゃ




