8 雪のヴェールの向こう側
拳から石。
石からナイフ。
ナイフから槍。
槍から銃。
銃からミサイル。
古来より兵器は、如何にして己のリスクを極力少なくして敵にダメージを与えるかという観点に基づき進歩してきた。そのような意味では狙撃は、戦場に於ける攻撃手段の最終解答と言える。
ジュスガハラ高原の最北端にジュス村がある。そこからおよそ東側は三十度近い傾斜になっている。そこをマカゴ・フブキの〈ブリッツ〉が移動する。
絶え間ない電磁ブリザードのヴェールはレーダーを使用不可能にし、イクサ・フレームの有機複眼すら目視困難なものにする。その白ばかりの視界に、フブキは敵騎の姿を認めた。騎体のカメラでも米粒ほどにしか見えない黒い点。
ブリッツは手にしたムラタ社製狙撃銃MM-155のスコープを覗き――光を見た。フブキは騎体を雪原に投げ出しながら射撃した。――蛮!!
――弓!! 荷電粒子ビームが雪に線条の痕跡を刻みつける。
躱した。そして外した。ブリッツをすぐに立ち上がらせリロード、フブキは移動を再開する。
心拍数は微塵も上下していない。冷静さと観察眼は狙撃手の欠くべからざる資質だ。敵の動きを冷静に見定め、辛抱強く攻撃を凌ぎ、浮足立ったところへ弾丸を撃ち込む。それこそが対狙撃手戦の要諦である。
立ち枯れたまま点在する木々の合間をブリッツが進む。進みながら銃を掲げ、スコープを覗く。点でしかないが、イクサ・フレームが撃剣しているとわかる。敵の騎体の詳細はわからないが恐らくは〈アイアン〉系統、几帳面にも装甲色は皆雪中迷彩で統一されている。一方の〈グランドエイジア〉はガンメタルブラック。識別は容易だった。
移動しながら、トリガーを引く。――蛮!! 敵騎に命中。ただし致命傷には至っていないようだ。
介錯の一撃を放つべくリロードする。
――弓!! 意識の外からやってくる荷電粒子ビーム。
ブリッツに命中――奪われた左腕部が傾斜を数十メートル転がってゆく。
いささかの動揺もなくフブキはライフルをおおよその位置へ向け牽制射を放つ。――蛮!!
当然ミス。
フブキは自騎の移動をやめない。
地形上では自分が傾斜の上で敵が下。基本的に射撃では見下ろした方が有利だ。なるほど、敵は恐るべき狙撃手である。
しかし敵がフブキとそう技倆が変わるとも思えなかった。
幸い失ったのは左腕。狙撃には差し支えない。
それに――風が弱まりつつあった。弾道を僅かでも狂わせる風が。
フブキは冷徹な心で雪のヴェールの向こうを見据えた。
× × × × ×
――蛮!! アイアン・カッターがカタナを振り上げた時、銃声と共に右腕部が舞った。「角なし」アイアン・ネイルが割って入る。
ナガレは雪のために挙動がもどかしく思う。
「角なし」の向こう側、アイアン・カッターが取り落としたカタナを左手に握った。ドライバーの頭に血が上っているらしい。
ナガレはグランドエイジアを踏み込ませた。
「彌ァーッ!」
シャウトと共に大振りの斬撃。
アイアン・ネイルは右半身を引いて回避し、突きを放つ。
グランドエイジアのカタナが下から上に急角度のV字を描く。
突きがグランドエイジアに届くよりもなお疾く、その刃が両腕部を斬り飛ばし、勢いを減じずそのまま電脳を刎ね飛ばす。――ヤギュウ・スタイルのサムライ・アーツ〈ギャクフー・カウンター〉である。
雪原に前のめりに倒れる「角なし」アイアン・ネイル。これで敵前衛は残り二騎。
――蛮!! ブリッツの銃声が鳴り響く。
あちらの様子も気になる。だが介入は出来るはずもない。少なくとも銃撃は出来る状態――それだけがわかれば十分だ。
「角あり」アイアン・ネイルがアイアン・カッターに身を寄せる。接触回線通信でもしているのだろう。ナガレはカタナを青眼に取り、出方を伺った。
すぐに敵騎が動いた。アイアン・カッターが左、アイアン・ネイルが右。
全騎、踏み込んだのは同時である。
『彌ァーーッ!!』
三人のイクサ・ドライバーはシャウトしていたに違いない。




