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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第5話「ブロウイング・イン・ア・ブリザード」
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4 ニューロンに宿るもの

 村の名はジュスと言った。男たちは度々都市部へ出稼ぎにゆき、中には辛い村生活を嫌ってそのまま都市部へ居着き、二度と帰らぬ者もいた。元々小さかった村はオデム重工が鉱床を買収した時点で人口百人以下にまでなっていた。

 オデム重工は鉱床を安く買った。買い叩いたと表現していい値段だった。

 枯れたと思われた鉱床は新基軸の採掘法で成果を上げていった。村にもそこそこのマージンが入るはずだった。

 しかし村は豊かにはならなかった。誰もが訝しんだ。明白なる搾取!

 当然村民は抗議した。オデム重工は彼らをなだめすかした。その一方で、企業は分断工作を取っていた。流言が飛び、村民の数は更に減った。

 残った村民は武器を執り立ち上がった。

 企業はサムライを雇い、彼らを駆逐した。住民は二十人にまで減っていた。

 

「フブキ=サンは行きがかり上ジュス村を助けてくれた。実際ブッダみてえな人だよ」

 

 誰かが言った。それは村民の総意であったに違いない。

 

 折しもブリザードの合間を縫ったような晴れの日、フリーランスの傭兵であるフブキはミッションでイクサ・フレーム運搬用トレーラー――通称「ミコシ」――の故障に見舞われ、一夜の宿を求めてジュス村へ立ち寄った。モトロウも同道していた。そこで狼藉(ローゼキ)を働く雇われサムライの所業を見るに見かねて、銃を手に取ったのだ。実際ライフル一挺で並み居るサムライを片付けてのけたフブキのイクサ働きは鬼神(オニガミ)めいたものだった。

 

 超一級の銃使いにしてイクサ・フレームを駆るドライバー、マカゴ・フブキ! 彼女の支援を得て、絶望に打ちひしがれていた村民の覚悟は決まった。直訴(ジキソ)だ! 直訴しかあるまい! ショーグネイション行政府へ今のジュス村の窮状を知らせるのだ。その役目をモトロウが担うことになった。彼をサムライから奪ったラスティ・アイアンに乗せ、予備のライフルを持たせて(ニワカ)仕立てながら戦力にしたのもフブキの提案だ。

 しかしタイミング悪く、ジュスガハラ高原一帯の電磁ブリザードが吹き荒れた。しかもブリザードはこの秋にして例年よりずっと激しく降り積もり、フブキやモトロウは足止めを食った――

 

「そこにアンタが現れたという訳だ」


 モトロウのナガレへの視線は依然として非友好的だった。喧嘩を吹っかけられないだけまだマシな態度だろう。

 他の村民も口や態度にこそ出さないが、モトロウに似たり寄ったりな視線をナガレに投げかけてきた。企業の雇われサムライが余程やらかしてくれたらしい。結果、尊大で無慈悲、高圧的で暴力的という古き悪しきサムライのイメージが今なおヤマトの一般人に根差している。

 否定する要素はないが、ナガレからすれば「サムライなんて同穴之貉ムジナ・イン・ワン・ホールだ」と言われ続けているような居心地の悪さだ。


 モトロウが部屋をトイレ退出すると、フブキと二人だけになった。


「居心地が悪そうだな」

「まあ」 

「……君も気付いているだろうが、モトロウ=サンは正規の教育を受けたサムライじゃない。本来ならイクサ・フレームにすら乗せられないようなカルマ受容値だろう」

「その割にはフブキ=サンには随分……」

 

 懐いている、という表現が正しいかナガレは迷った。

 フブキは苦笑めいたものを口元に浮かべた。

 

「彼は私をサムライと思っていないのさ。〈ブリッツ〉がカタナを持っていなかったからかな」


 そう言えばフブキはカタナを帯びていないし、ブリッツも装備していなかった。ちらと見えたナイフだけが彼女と騎体の白兵戦用の得物だ。カタナ=サムライ、サムライ教育を受けていなければそう言った誤解もするだろう。


 サムライの資質を持つ者はヤマタイトめいて実際貴重だ。ショーグネイションも全星規模でカルマ検査を行ない、陽性の者を国家の名の下にサムライ教育を受けさせている。しかし都市部から遠く離れた、ショーグネイションの眼の届かぬ地域ではしばしば取りこぼしが発生した。そのようなローニン・サムライは目敏いヤクザや企業の用心棒(バウンサー)に取り込まれるなどして、近年社会問題視されていた。

 

 モトロウがショーグネイションやヤクザや企業の目端に引っかからなかったのは、この辺境に生まれたこととサムライ能力の低さのためだろう。それが幸運なのか不運なのかはわからない。 

 

「君は……」


 躊躇いがちにフブキが口を開いた。

 

「復讐は、自分のためと言ったが」

「言ったね」

「それは、どういう意味なんだ?」

「……結局、復讐なんかしたところで誰も喜ばないんだよな。皆死んでる訳だし、仲間の家族とは会ったこともない。第一死者は蘇らない」


 いや、ハチエモン=センセイの家族とは会ったことがある。

 

「……主犯への最終的な介錯(カイシャク)は、他の奴に任せても良いとすら思っているよ」


 ヤギュウ・ハクア。彼女ならば自分自身による仇討を望むはずだし、それを行なう組織のバックアップも持っている。動機も正当性も、ナガレなどよりずっとある。


「ただし、全員が地獄に堕ちるのをお膳立てした上でそれを見届けるつもりだ」

「直接的な仇討(アダウチ)にはこだわらない。ただし、不幸な死の状況を作り出し、その結末を見届けたい、と?」

「そういうことだね」


 それだけは譲るつもりはなかった。


 大ブッダ神聖教団が説くところによると、サムライは死後涅槃(ニルヴァーナ)へゆき、そのまま極楽浄土(ゴクラク・ヘヴン)で安寧を過ごすか、英霊館(ヴァルハラ)の〈ファースト・ショーグン〉タケウチ・ムラマロの元で最終大戦(ラグナロク)を待ち武芸の研鑽に務めるかのいずれかを選ぶのだそうだ。

 勿論それが死後の世界を望む民に対する宗教的方便であることを、ナガレもわかっている。死ねば無、何も残らず、ただ分子へと還る。


「ただ――俺の知っている坊様(ボンズ)に曰く、死者の記憶は生者のニューロンへ宿る。故に死者に恥じぬ生き様をせよ、とその爺様は言ったんだ」


 マスター・タクアンとの付き合いはハチエモンに次いで長い。当初はかの老僧が大ブッダ神聖教団の枢機卿に在ったことは無論知らなかった訳だが、口ぶりは偉そうながらどんな子供にも対等な立場であることを貫いた。偉いことは偉いが変な爺様であった。その印象は未だに変わっていない。

 

「皆の思い出は俺のニューロンに刻み込まれて離れそうにない。だから奴らに復讐をしない限り、俺は前に進めそうにない」

 

 これはコチョウにも語ったことだった。彼女は同意を示してくれた。

 

「ニューロンの記憶に恥じぬように、か……」

 

 フブキはそう呟いたきり、沈黙した。

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