3 俺のカルマが囁くんだよ
「反対だ」
そのプランをナガレが口にした時、ユイ・コチョウはそう言った。
理由はいくつもあった。ジュスガハラが地磁気由来の電磁ブリザードが一年中吹き荒れる難所であり、これでは電子戦艦〈フェニックス〉号のサポートは無効であること。ナガレには対狙撃戦の経験がない。そして、立てこもったスナイパーの信用を勝ち取れるという保証もない。
「相手が何のために立て籠もってるのかもわからんしな。おまけに、あそこは天領だぞ。オヌシはショーグネイションと事を構える気か?」
「ヤギュウ・クランでなんとかしてくれるだろ」
事もなくナガレが言う。
「依頼がなくて動けないっていうなら、スカウトマンになってもいいぞ」
「そういう問題じゃない……オヌシ、復讐で眼が曇ってはおらぬかえ?」
「そんなことはない」
「それに、今まで上手く行ってはいるが……自信過剰は身の毒だぞ」
「自分が誰よりも強いなんて幻想は抱いちゃいないさ」
それは確かだった。生き延びることに必死でやるべきことをやった、というだけの話だ。
「……オヌシはどうもかなりの行き当たりばったり体質だ喃。師匠の影響か?」
「師匠はこういう時『俺のカルマが囁くんだよ』って言ってたよ」
耳の痛い忠告に、師匠のヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモンの口調を真似て答えた。
とは言え、ナガレもハチエモン=センセイが自身の直感に完全なる信頼を措いていたかまではわからないし、信頼を措くべきかもわからない。
ただ、分岐路に立って右か左かを決める時、サムライの血を巡るカルマに従う。それは占いやらオマジナイに任せるよりはマシ、という話だ。占い師は責任を持たないが、カルマは自分の内側から発したものであるのだから。
そのあたりを説明するが、コチョウにはピンとこない話らしかった。彼女は呆れを通り越して面妖なものを見る眼をした。
「大身のサムライの伝記にもそういった記述はあるが、わたしは概して成功体験から演繹した、眉唾物の後付理由だと思っている。これはサムライではないわたしの穿ち過ぎだろうかな?」
「まあ、無理もないと思うよ」
ナガレは消極的同意を示した。彼とて、第六感と「カルマのお告げ」の区別が付いた試しはないのだ。あるいはそれは同一なのかも知れない。
コチョウが結局折れることになった。
「反対する理由はいくらでもあるが、今回は強硬だな、ナガレ=サン。わかった、何も言うまい」
「アリガト・ゴザイマス」
「だが、死ぬなよ? わたしは今まで部下を死なせたことがないのだ」
「善処するよ」
……サムライにとって死は最も近しい隣人と言える。何故ならばサムライとは戦士であり、戦士とはイクサを行なう者。イクサとは即ち、敵に死をもたらしなおかつもたらされる行為である。
ナガレは無論死ぬつもりもなかったが、「絶対に」死なないという自信までは持てなかった。
× × ×
「あ」
ナガレはフブキと共に食料と医療キットを運び込んだ。コチョウに言われて大量に積み込んだその荷解きをしながら、ナガレは懐から取り出した携帯通信端末の表示を見て固まった。フブキが尋ねてきた。
「どうした?」
「電波の届かない場所」――電磁ブリザードのためオフラインだった。完全に失念していた。症状から病名とその対処を検索しようとしたのだが……まさに、迂闊!
フブキが言う。
「あの子の症状なら、恐らくは栄養失調による風邪だ。ビタミン剤と経口補水液を摂取させるのがいいだろう」
「そうか……他には?」
「リンパ節の冷却も必要だな。そっちは家族にやらせよう」
「抗生剤は?」
「ただの風邪なら飲ませる必要はない」
少女の具合はフブキに任せ、ナガレは食料を分配した。見た目よりずっとカロリーが高く、常食すれば生活習慣病間違いなしの軍隊食だ。ただし、二十人に三食ずつだと三日しか保たない分しかない。それでもないよりは実際遙かにいいはずだ。
二十人の避難民。これなら晴れを待つのもやむを得ない選択と言える。その進路にイクサ・フレーム部隊が現れなければ、の話だが。
食料が行き渡ったタイミングでイクサ・ドライバーの三人は名乗り合った。
「ドーモ、はじめまして。サスガ・ナガレ=です」
「……アリガト・ゴザイマス、サスガ・ナガレ=サン。俺はナブ・モトロウ」
「アリガト・ゴザイマス、サスガ・ナガレ=サン。私はマカゴ・フブキと言います」
モトロウは疑念を拭いきれないようだったが、謝罪の言葉は自分から言うことにしたようだ。
「さっきはすまなかった。実際アンタが持ってきた品のお陰で助かった」
避難民は囲炉裏を中心とする車座になって糧食を食べていた。
風邪の少女を見ると、その呼吸はずいぶん安らかになっていた。今は母親らしき女性の腕で眠っている。
「二十人……男がいないな」
男性がいたとしても数人の老人と子供で、残りは皆女性である。例外はモトロウと部外者のナガレだけだ。
「男性は彼らを逃がすための盾となったそうだ」
フブキが応えた。
モトロウが語を接いだ。
「……俺は出稼ぎの帰りでね、ついこないだまでこの村の状況を全く知らなかった。恥ずかしい限りさ」
そこにいなかったお陰で難を逃れたパターンかとナガレは見当を着けた。モトロウが続けた。
「昔からここはヤマタイト採掘で潤っていたんだ。近年になって、ヤマタイトが採れなくなってきた」
ヤマタイト――ヤマト太陽系特有の鉱物である。ヤマタイトは希少で貴重だ。常温超電導性質を持ち、粘り強く、それを電磁精錬したものをヒロカネ・メタルと呼ぶ。
その鉱床を買収したのがオデム重工。タネガシマ社の系列会社である。
「またタネガシマ社かよ」
「どうした?」
「いや、こっちの話……」
フブキの問いをナガレは誤魔化した。




