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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第5話「ブロウイング・イン・ア・ブリザード」
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1 雪原の狙撃手

 視界には白が溢れていた。横殴りの暴風が全高二〇メートル、重量一〇〇トンと言われるイクサ・フレームの巨体をも倒さんとするほどに吹き付ける。騎体が発する熱量がよって装甲に降り積もる側から雪が蒸発してゆく。電脳はスクリーンの明度を抑え、コクピットの視界をクリアにしてくれるが、ブリザードは完全には消えない。

 ゾロン地方、ジュスガハラ高原名物のジャミングスノー。電磁波の雑じるこの吹雪では、さしもの電子戦艦〈フェニックス〉号も手を出しかねていた。

 

 今、サスガ・ナガレと〈グランドエイジア〉は狙撃を受けている。

 

 敵は廃墟と化した城塞の壁を盾にして陣取っていた。

 地形の起伏は緩やか。周囲に建造物はなく、立ち枯れた木がまばらに生えるのみで遮蔽物にはまるで役に立たない。

 それでもかなり接近しつつあった。ここまで辿り着くまでに四度直撃弾を受けることになったが、まだ致命傷は受けていない。

 

 ――(BLAM)!!

 

 雪原に(コダマ)する、対物ライフルの重々しい銃声。

 着弾と同時に発光するホロ・マント。

 磁場に逸らされて虚空へ飛んでゆく重金属弾頭。

 今だと思った。

 ナガレがダメージ限界に達したホロ・マントをパージ。同時にスラスターを点火し、騎体を最大戦速で右前進。そしてグランドエイジアが自らに定められたFCSを欺瞞(ジャミング)する。

 ――(BLAM)!! もう一発の銃声が鳴る。銃弾はグランドエイジアが0.5秒前にいた場所を貫くのみに終わり、蛇行しながら黒鋼(クロガネ)の騎体が廃墟へ接近する。荒れ狂うブリザードの風音すら掻き消すほどに戦闘輻輳音(イクサ・コーラス)が鳴り響く。


 ある時点でナガレは推測を立てていた。狙撃手は二人いる、と。その見立てはどうやら正解らしい。

 

 一番手の狙撃手は相当な手練(テダレ)だ。グランドエイジアのジャミングすら物ともせず当ててくるような、優秀なスナイパーだ。ホロ・マントがなければ接近も困難を極めたに違いない。

 それに比べれば、二番手の技倆(ワザマエ)は随分落ちる。五発食らったが、そいつからの射撃は一度も当たっていないと断言することが出来た。

 とは言え、狙撃手が二人もいるのは看過出来ぬ事実だ。ホロ・マントを捨てた今、対物ライフルの直撃弾を受ければ危うい。着弾箇所次第では撃破すらあり得る。 


 しかし、どんな騎体とて僅かな装填時間(リロードタイム)は無防備だ。目標との距離はそう遠くはない。ここで一気に距離を詰め、斬り伏せる――そう決めて、ナガレは腰のロングカタナを鞘走らせた。

 

 ――(ゴウ)ッ!! 右旋回中のグランドエイジアの騎体が、急速に、更に右に(かし)いだ。敵の銃撃を緊急回避したのだ。自己判断で――通常の電脳には有りえぬ挙動だった。それはこの際、別にいい。それより転倒しかねぬ体勢の変化は問題だ――必死でペダルを踏んで姿勢を立て直しつつ、敵騎へ迫ってゆく。

 やがて敵騎の姿が明確に視界に入った。雪中迷彩装甲のイクサ・フレームが二騎。グランドエイジアが敵騎情報を検索完了するより早くナガレの脳内索引が一発で判別し終えていた。一騎は〈ブリッツ〉、もう一騎は〈ラスティ・アイアン〉。ブリッツが奥、ラスティ・アイアンが手前側。

 好機だ。三騎の位置関係は一直線、グランドエイジアはラスティ・アイアンの影になってブリッツは撃てぬ。


「――(イヤ)ァーーッ!!」


 シャウトと共にナガレは片手斬りを放った。ラスティ・アイアンは対物ライフルを盾にして退避。ライフルが真っ二つになって雪の中に埋もれる。

 ――(BLAM)!! グランドエイジアの追撃を銃撃が阻んだ。ブリッツの援護射撃(フォロー)。グランドエイジアは右に回避、ラスティ・アイアンは後方へバックステップ。

 

「チィーッ!」


 ナガレは鋭く舌打ち! と同時に確信を得た。やはりこのイクサの要はブリッツとそのドライバー!


(イヤ)ァーッ!」

『グワーッ!』 

 

 (ガン)ッ!! グランドエイジアは容赦なくラスティ・アイアンを蹴倒す。蹴った瞬間接触回線が開き、ドライバーの悲鳴が伝わる。知ったことか。どの道得物を失ったこいつに用はない。

 敵は最初からブリッツだけだったのだ。

 スクリーンのピックアップが自動的にズーム――ブリッツは既に自銃の装填を終えている。

 敵の銃口がこちらを向くより早く、ナガレは自騎をやや左方に加速前進させる。

 スナイパースコープを通して、銃口は執念深くこちらを睨みつけてくる。そこからナガレは敵ドライバーの視線を、カルマを感じる。それはさながら、磨き抜かれたヒロカネ・メタルめいて冷たく冴え冴えとしたカルマの質感――

 グランドエイジアのスラスター炎が閃いた。 

 ナガレは短く円弧軌道を描いて肉迫。敵は――撃ってこない。

 ブリッツが前に出てきた。ナガレはその動きに虚を突かれた――前に出る狙撃手!?

 鈍色の銃床(ストック)が翻る。ナガレはそれをカタナと撃ち合わせる。――(カァン)! 乾いた金属音と共に火花が散る。ヒロカネ・メタル製の銃床! グランドエイジアのカタナは左上方へ跳ね上がり、ブリッツは銃とうずくまるような体勢を取る。


 まずい、とナガレのニューロンが囁く。

 ――(ガン)ッ!! 銃床が最短距離で突き出され、人間で言うならば水月部へのヒットを食らう。

 

「グゥーッ!」

 

 呻きが漏れる。

 ブリッツはそのまま距離を開けることを許さず、銃床を何度も振り下ろしてくる。(ガン)ガン(ガン)! しかしナガレが頭部直撃を避けているのと、グランドエイジアの分厚い装甲が巧妙に衝撃を逃しているために深刻なダメージには至らない。アマクニ社が倒産の危機に瀕しても決して手放さなかった特許技術「ヒラガー式衝撃分散装甲」の賜物だ。

 ――(ガン)! グランドエイジアの左ガントレットでようやく受けることが出来た。そのままライフルをもぎ取るために力を込める。出力ならばグランドエイジアとブリッツでは比べるに及ばぬ。ブリッツは非力なのだ。ブリッツが仰け反るように、雪に埋もれるように地に伏してゆく。

 腹部装甲にブリッツの脚底が当たる感触を知らせる。

 ぐるん、と視点が裏返る。

 柔術(ヤワラ)でいう巴投げだ。グランドエイジアが二百七十度回転し、雪原に叩きつけられた。イクサ・フレームの出力と質量では、雪のクッションもさしたる役には立たぬ。電脳がエラーを吐き出す。

 

 スクリーンの向こうでは、ブリッツの銃口が胸部に突きつけられていた。その延長線にはコクピットがある。引鉄を引けばナガレの肉体は挽肉より酷いものと化す。

 ブリッツの単眼(モノアイ)から通信レーザーが閃いた。

 

『未確認騎のドライバー、今すぐコクピットハッチを開けるんだ』


 断固たる口調――女の声音。

 言われるがままにコクピットハッチを開け、ナガレは両手を上げて己の身を晒す。適温に調整されるコクピット内から出ると、陣羽織(ジンバージャケット)戦装束(イクサ・ドレス)を着ていても雪原の冷気が刺すように感じられた。

 

「……で、どうすればいいんだ?」

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