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サムライ・エイジア  作者: 七陣
インターミッション2
35/147

ア・ストーリー・オブ・アンスリープ・ストリート

イクサ・フレームが出ない短編です。

 ボバタウンのドヤ・ストリートは眠ることを知らぬ。ケミカル提灯やサイバー仏花がしっとりとした光を放つ横では、けばけばしいネオン看板が「快楽」「美人」「花子&太郎」と夜の欲望を煽る。見目麗しく化粧したゲイシャ・ガールが建ち並ぶ見世(ミセ)の格子越しに手招きし、仕事帰りの勤人(サラリマン)が品定めしながら合成(ケモ)ビールを飲み歩く。ルール違反を犯した客が与太者(ヨタモノ)としてサングラスをかけた忘八(ボーハチ・バウンサー)どもにタコ殴りにされているのを遠巻きに見ながら、若い店員がマニュアル的な熱心さで客引きをしている。およそ全星の歓楽街で見られるありふれた風景だ。

 

 その一画、〈SUGOI〉は客引きを出していない。固定客を掴んでいるというのは勿論、特殊な嗜好を売りにする一見客お断りの(クルワ)だった。

 外観は他の郭同様経年劣化であちこちがほころびているが、内装はそこそこ贅沢に仕上がっている。他店と大差ない合成樹脂のドアを開けると、天然ニスの効いたオークのドアが待ち構える。真鍮のドアノブを引いて中へ入ると、上品なヴェルヴェットの絨毯が敷かれ、切子硝子のシャンデリアが艶やかにフロントを照らす。

 

 カウンター係はその客を見て訝しむ顔をした。やや背が高い、帽子を目深に被った髭の濃い男だ。入り口のカメラには人相識別機能があり、固定客や出入り禁止客のどれとも照合しない。彼は手揉みしつつ、相手の敵意を刺激せぬよう笑顔で応対した。


「お客様、あのですね……一見様お断りでして……どなたかのご紹介がおありでしょうか……?」

 

 普通の客ならば「アッ、スミマセン、間違えました」と言って退店する。強気な者ならばゴネる。ゴネて押し通ろうとする者は、控室の忘八(ボーハチ)が出て来ざるを得ない。

 中でも今控室で緑茶(オチャ)を飲んでいる忘八の一人、ヌヌダは腕利きのサムライだ。左義腕で軍を退役したが、生身での居合(イアイ)技倆(ワザマエ)は一息の間に落ちてくる水滴を三度斬ってのける。〈SUGOI〉のオーナーもヌヌダに全き信頼を置いていた。

 

「カネならある」


 男は口数少なに応え、懐からインゴットを出した。金色に輝く口元にそれは小判(コバン)だ! 東側では「ヤマト(J)イェン(Y)」、西側では「ゼニィ」が通貨として用いられるが、やはり全星信用通貨という点でどこでも小判が好まれる傾向はある。


「おっと、紹介状だ」


 続いて男は小型の巻物(マキモノ)をカウンターに置き、広げて見せた。毛筆で書かれたそれは時代錯誤に見えて、デジタル万能時代には確かな証拠となる。カウンター係は通信端末(インロー)で署名の末尾に押された花押(カオウ)をスキャンする。確かに某客のものと一致した。


「ハ、ハイ、失礼しました……ではこの書面に住所とお名前を……ア、身分証明書がありましたらご提出お願いいたします」


 男がジロリと帽子の鍔の下からカウンター係を一瞥(いちべつ)を投げた。その視線の迫力にカウンター係はやや失禁した。あるいはこの男、サムライやも知れぬ。それも、かなりの修羅場(シュラバ)を潜った……

 

 しかし男は素直に通信端末を出し、運転免許を所定位置にホロ投影、書類も記入した。カウンター係は確認する。

 

「エート、ダダマ・ノチムネ=サンですね?」

「そうだ」

「ではこちらからお選びください」 


 パンフレットを差し出す。並ぶゲイシャ写真を睨みながら、男は手袋に包まれた指を口元に持っていって何やら思案した後、

 

「……誰でもいい」


 そう言った。

 ならば話は簡単だ。今夜の〈SUGOI〉の客入りは少ない。一番高いゲイシャをあてがう。

 

「コースはどうなさいますか?」

「Aで」


 一番安く一番短く一番シンプルなコース。さっさと用を済ませてさっさとオサラバしたいということか。カウンター係は内心の穿鑿をオクビにも出すことなく、にこやかに応答を続けた。

 

「それではこちらがお部屋の鍵になります。何か御用がおありでしたら据え付けの受話器からお電話ください」


 男が部屋に案内された。そこは布団の敷かれた畳部屋だ。薄ぼんやりとした提灯の灯りが、三つ指を突いて平伏するゲイシャの背中を照らしていた。

 薄い更紗(サラサ)一枚をまとっただけのゲイシャが平伏したまま告げた。

 

「この度お相手します、アキと申します……」

「顔を上げてくれ」


 男が告げる。ゲイシャが平伏を解き、正座になる。

 

「わたくしが何か粗相をしましたでしょうか……?」


 男はゲイシャを見た。端正な顔、薄い胸、そして……男は胡座(アグラ)をかき、アキに向き直った。

 

「……君はここで何年になる?」

「もう一年になります」

「大変だな」

「同情はやめてください」


 いつもの戯れである。〈SUGOI〉の客たちは行為に至る前、こういう遊びを好む。ただ、アキは男に異様なものを感じた。いや、感じなかった。情欲の臭いを感じなかったのである。

 

 男がアキの手を握った。見ると小判がそこにあった。


「アキ=サン、君に頼みたいことがある」


 ××××


「オヤ、時間は余っておりますが?」


 カウンター係はフロントへ戻ってきたダダマに声を掛けた。Aコースは二〇分、十分以上も残している。


「ああ。もういい」


 ダダマは小判を探った。

 

 ワーンワーンワーン! 警報が鳴った。パターン丙、店員の過失だ。

 ダダマは口の中だけで呟く。口蓋に貼り付けられた骨伝導マイクへ囁くように。

 

「〈クロガネ〉から〈バタフライ〉へ、支援頼む……ッたく、最初からこうすりゃいいんだ」


 突然、切子シャンデリアが明滅し、消灯した。

 

「ダダマ=サン! 何を!?」

 

 カウンター係が異変を感じ、カウンター裏の警報スイッチを押す。ウーンウーンウーン! パターン乙、客の豹変。

 ダダマは懐から電磁木刀を取り出し、カウンター係の(うなじ)に当てて気絶させた。

 

 遅かった。ダダマが後悔するのとほぼ同時に控室から忘八たちが出てくる。

 

「何してくれッかオラーッ!」

「デイリか!? ガサイレか!?」

「ブッ殺したるわーッ!」 


 ダダマは一息にカウンターを飛び越えた。


「勢勢勢ッ!」


 跳躍の速度もそのままに、威勢よく出てきた正面三人の首、首、鳩尾に電磁木刀を叩き込み気絶させるダダマ。肩越しに覗き込んだもう一人の眉間にも刺突をくれる。

 

「グエーッ!」


 殆ど悠然と四人目を踏み越えながら控室に入る。四人、いた。非常灯のみがついた薄暗い部屋の壁には「没義道」の掛軸(カケジク)。大型の卓袱台(チャブダイ)を囲んでいた四人は、全員ギョッとした表情で戸口を潜ってきたダダマを向き、立ち上がった。

 いや、一人だけは違う。残りの男は座ったまま、緑茶を啜っていた。

 

「テメエ、サムライか」

「見てわからんのか」

 

 ダダマは短く応える。男たちは一人を除いて、怯む様子もなく各々の武器を構える。


「死ねよやァッ!」

 

 (BLAM)! ハンドガンを構えたスキンヘッドがぶっ放す。ダダマはそれを滑るような移動で回避、まずはそいつを潰すべきと判断した。

 そこをターレット式サイバネアイをインプラントした男がインターセプトする。得物は銀のスタンロッド。

 

「くたばれッコラーッ!」

 

 横手から匕首(アイクチ)を持って突っ込んでくるツインモヒカン男。

 ダダマは回避する素振りすら見せず、タイミングよく爪先のカウンターで迎撃した。ぐしゃりと鼻骨の潰れる音がする。存外大きく響いたその音にサイバネアイ男が注意を削がれる。その隙を逃さずダダマは左の拳でサイバネアイ男の鳩尾を殴打、痛みと衝撃に「く」の字に折れたその顔に右膝をぶち込む。

 二人が遮蔽物になってスキンヘッドはハンドガンを撃てぬ。ダダマはサイバネアイ男からスタンロッドを奪い、それを投擲(とうてき)。慌てて躱すスキンヘッド。その目の前には電磁木刀を揮うダダマ。胴を薙ぎ払われ、スキンヘッド男は独楽(コマ)めいて宙を旋回し壁に叩きつけられる。

 

 余勢を以てダダマは袈裟懸けに残る男へ斬りかかる。

 男は座ったまま茶碗(チャワン)で電磁木刀を受け止める。何たる技倆(ワザマエ)か!

 一拍置いて茶碗に罅が入り、真っ二つに割れる。

 

 男が手元の白鞘のカタナを引き寄せ、立ち上がる。キナガシと呼ばれる薄手の着物(キモノ)月代(サカヤキ)を剃らぬ丁髷(チョンマゲ)――古式ゆかしいサムライ用心棒(ヨージンボー)スタイルだ。左手は義手で、そちらにカタナを握っている。

 

 サムライだ。それも手練(テダレ)の。

 男が名乗る。

 

「ドーモ、ヌヌダ・ヨシモトです」

 

 ダダマは名乗り返さなかった。元よりこれは尋常の立合いではない。しかしヌヌダはそれを侮辱と取った。

 

挨拶(アイサツ)されたら名乗れィッ!!」

 

 ヌヌダの鞘から銀色の光が迸り出る――抜く手も見せぬ高速の居合(イアイ)術。それをダダマが防ぎ得たのは挨拶すらせず、ヌヌダの動きを観察していたからだ。

 

 ――(カン)! 初撃。ヌヌダの斬撃軌道は正面からの拝み撃ち。それをダダマは木刀を横にして防ぐ。

 

 ――(カン)! 二連撃。振り下ろされたカタナが急角度の逆袈裟斬りでダダマの胴を狙う。ダダマは辛うじて払いのける。

 

 ――(カン)! 三連撃。翻ったカタナが弧を描き、刺突になってダダマの胸を抉る。ダダマはそれを流しつつ踏み込み接近、相手の顔面を殴りにかかる。スウェー回避するヌヌダ。

 

 ダダマが追いすがり、袈裟懸けに木刀を揮う。それをカタナが払いのける。更にダダマが踏み込もうとしたとき、サムライの第六感が働いた。仰け反るようにバックステップすると、白鞘が側頭を狙って飛んできた。

 

 ダダマは木刀を下段に構え直す。

 ヌヌダが告げる。

 

「若い剣だとは思ったが、その顔はやはりフェイクか」

 

 ダダマは鞘が頬のあたりを掠めていたことに気づく。出血はないが、人工の皮膚が長く引き裂かれていた。

 ヌヌダがカタナを白鞘に納め、居合(イアイ)のスタンスを取った。

 

「無言を貫くか。まあよい、後で面を引っ剥がすからな――(イヤ)ァーッ!」


 シャウトと共にカタナが抜き放つ瞬間、ダダマの爪先が足元の卓袱台を引っ掛けていた。それを蹴り上げる。――(ザン)! 卓袱台が横に真っ二つになって落ちる。


 

(イヤ)ァーッ!」


 木刀が突き込まれる。卓袱台の半分ごと!

 

「ヌガァーッ!」


 卓袱台で殴られる形になったヌヌダが悲鳴を上げる。

 ダダマが更に畳み掛けた。胴薙ぎ、鳩尾! またもや悲鳴!

「グエーッ!」

 

「――(イヤ)ァーッ!」

 

 そしてとどめの袈裟斬りが首筋に食い込む! ヌヌダは崩れ落ち、痙攣したまま気絶した。

 

「フゥーッ……」

 

 ……ダダマは顎のあたりから己の顔に貼り付けたシリコン製のフェイススキンを剥ぎ取った。その顔は若い――果たしてそれは、そう、サスガ・ナガレだった!

 シリコンスキンを丸めてポケットに押し込む。

 

 フロントへ引き返し、カウンター係のポケットを探る。鍵を発見。カウンターの下に金庫も見つけた。幸いに電子キー型だったため、通信端末のハッキングアプリで干渉する。二秒とかからず解錠された。中身は顧客名簿と紙袋。紙袋の中身は写真やネガも含んだ記憶媒体だ。一枚だけ見て、すぐに戻す。恐らくその全てが正視に耐える内容ではないことが予想できた。

 

「……じゃあ、仕上げと行こう」


×××××× 


 アキたちは引きずられるようにワゴン車に載せられた。十五人を乗せるには狭く、スシヅメ状態だ。

 ダダマという男に言われるまま他の子たちを避難誘導させようとしたら、案の定すぐに失敗した。自分の人生はそんなことばっかりだ。ゲイシャたちの間から啜り泣きが聴こえる。アキは泣かなかった。というより、泣けなかった。諦念が強すぎた。


 どうせ〈SUGOI〉と同じような店に連れてゆかれ、同じような男たちに身体をまさぐられる日々が再開するだけ。ゲイシャたちとはつらい日々を共有し、慰め合った。しかし離れ離れにされてしまうのだろう。


 トラックに窓はない。どこにゆくかは当然知らされていない。運転席のドアが開く音。

 殴打音。殴打音。殴打音。悲鳴。窓ガラスが割れる音。ワゴンの車体が凹む音。再度殴打音。

 静寂。また殴打音。

 

 ワゴンの後部ドアが開かれる。逆光で顔は見えないが、ダダマだとわかった。彼が差し伸べた手を恐る恐る、アキは手に取った。


×××××× 


 遠くサイレンの音が聞こえる。「御用」の提灯を掲げた重武装パトカー群がドヤ・ストリートに流れ込んでゆく。

 ボバタウンの一般家庭向けホテルの一室に、ナガレとユイ・コチョウはいた。

〈SUGOI〉の忘八は八人だけではなかったが、コチョウの電子攻撃により照明やカメラは落とされていた状態だ。言うなれば敵が盲目な状態でなおかつこちらは視える状態だったので、無駄な戦闘も回避し、無事脱出出来たのである。


 ナガレが脱出後に警察を匿名で呼んだのだ。打ち倒した連中は結束バンドで拘束済み。よもや死人が出たとしてもナガレの関知するところではない――子供をダシにして私腹を肥やす連中を叩きのめして痛むような良心は、ナガレにもコチョウにもない。


「嫌なものも見ちまった」


 帽子を脱いだナガレは鼻面に皺を寄せながら厚みのある紙袋を卓袱台の上に投げ出した。〈SUGOI〉で行われた行為を撮影したデータがアナログデジタルを問わず入っていた。その中にはナガレのニューロンを汚染するものも少なからず含まれている。

 

「後で証拠物品として警察に匿名提出しよう」

 

 電子海賊〈フェニックス〉一党は誘拐された研修生たちの行方を追っていた。その一部が人身売買の結果(クルワ)に落ちていることは十分考えられたからである。ナガレが先程のように悪所へ潜入したのも、用心棒相手に電磁木刀を揮う事態になったのも一再ではない。


 研修生たちについては無為に終わったが、収穫はあった。どうやらショーグネイション法の行き届かぬ地方で未成年失踪事件が相次いでおり、研修生拉致とも関連しているようなのである。

 

 コチョウはタブレット端末で行方不明者捜索サイトを立ち上げる。検索ワードは「未成年」「十五歳以下」。その中には一人の少年の顔があった。ノニカワ・アキヒロ=〈SUGOI〉ではアキという源氏名(ゲンジネーム)で働かされていた少年だ。未成年売春、しかも少年専門の郭だったのだ。

 そういう意味でもナガレが手に入れた帳簿は値千金の価値があった。コチョウは政財界に影響がある何人かが〈SUGOI〉に出入りしていたという情報を既に掴んでいる。

 

「同じような子供たちが何人いるのやら――世も末だ(のう)


 コチョウの言葉にナガレも同意せざるを得ない。アキヒロが(こうむ)った理不尽や不幸に関して、腹の底から怒りが込み上げてくる。その中には義憤とも異なる、名状しがたいどす黒い感情も雑じっていた。

 世の中にはどうして悪党が多い。

 

「危ういところだったの。忘八(ボーハチ)の中に出てきたサムライにもう少し手こずっておったら逃げられていたぞ」 

「そこについては異論がある。最初から俺が鉄砲玉をやればよかったんだよ、コチョウ=サン。……俺もアキ=サンに頼んだのはミスだったが」


 ナガレは溜息を吐いた。その判断ミスはコチョウだけを責められない。

 コチョウは顧客名簿をスキャニングに掛けながら、ナガレを意味深な目つきで見た。

 

「ナガレ=サン、オヌシの気持ちもわからんではない。オヌシもまだ若いものな」

「……ウン?」

「あのような如何わしい岡場所(オカバショ)で雰囲気に飲まれて妙な気分になるのもわかる」

「ウン?」

「個人的な性癖を否定はせぬ。あのアキヒロという少年はなかなかの美形だったものな?」

「オイオイオイ」

「フムン、思春期故の同性愛への忌避か。わたしもLGBTにはなるたけ理解を示したい方だぞ」

「俺が美少年の色香に惑って判断ミスをやらかしたと!?」


 とんでもない疑惑にナガレの声が上擦る。コチョウはやめない。


「フン、オヌシの携帯端末(インロー)の中の桃色図書館ぶりはとうに知っておるわ。二次元三次元を問わず豊満好みであったな。この黄桃少年(チェリーボーイ)め!」

「何で俺の携帯端末(インロー)の中身を知ってるんだ!?」

「カンラカラカラ! 違法サイトのスパイウェアを焼いておいたぞ!」


 コチョウは笑って誤魔化した。この電子海賊の手にかかれば一般仕様の通信端末への侵入など児戯(ベイビーゲーム)に等しい。


「で、費用は?」


 話題が変わる。今度はナガレがやり返す番だ。


「ア? 全部あの子らに渡しちまったよ」


 正確には、店の売上ごと駅のロッカーに押し込んで来た。ほとぼりが冷めたら取りに来るように、とアキにロッカーキーを渡したのだ。

 人生の一部を台無しにされた賠償金としては安いかも知れない。

 

 アキヒロには両親が健在で、事情聴取が終われば帰宅する家もある。が、帰る家のない子供はストリートへ消えていった。


 ナガレはしょうがないのでロッカーの中に「シアワセ福祉会」のチラシも入れてきた。コチョウの知人が経営する系列福祉施設である。


「……オヌシな、そういうことはわたしに一言相談せよ」

「ゴメンナサイ」


 コチョウが嘆息しながらスキャニングデータに目を落とす。PPP…カーソルが止まった。

 

「イノノベ・インゾー……また難物が出てきたな」

「誰?」

「この爺様だよ。正式に〈オーザカ戦役〉に出陣していたから、もう一二〇は超えているはずだ。それが定期的に子供を買って連れて行ってるのだよ。いやはやなんとも……」


 検索結果で写真をピックアップ。紫の染みが禿頭に浮き出た、サイバネ義眼の老人。ナガレの目が、吸い寄せられる。

 

「……どうした?」


 ナガレは老人に目を据えながら言った。


「このジジイ、見覚えがある――ミナクサ市、地下コロシアム。そうだ、そこでこいつを見た」

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