10 断末魔の声も聴こえない
敵騎ジャマブクセスは再びタネガシマを撃とうとしている。余程弾を逸らされたのが信じられなかったのか。もう一度試そうとしているのか。
「ナガレ=サン!」
少女が叫んだ。
ナガレは試そうとは思わなかったし、試させる気もなかった。
主観時間が泥めいて遅滞する。イクサ・アドレナリンの過剰分泌状態。
まずこの距離で銃撃を選んだのがミスだ。敵ドライバーは即座にタネガシマを捨て、こちらへ斬りかかってくるべきだった。
ナガレはグランドエイジアを踏み込ませる。陥没するセラミックスの足元。コクピットに襲いかかる加重。
同時にグランドエイジアの左手が腰の鞘の鯉口を切る。右手がカタナのグリップを掴む。
……蛮!! タネガシマが火を噴く。
銃撃は点から線。
重金属弾が螺旋を描く余地もない距離、グランドエイジアは僅かな体捌きのみでそれを回避してのける。
距離は十分。そして剣撃は線から面。
ヒロカネ・メタルの刀身が鞘走り弧を描く。居合斬。――閃!! 斜め下から掬い上げるように斬撃が跳ね上がり、ジャマブクセスの両腕をまとめて切断した。
両腕を失ったジャマブクセスがバランスを崩す。
グランドエイジアは更に踏み込む。
そして、左脚部がやや引いているのを見計らい、そこに足払いを仕掛けた。柔術で言うところの「小足を刈った」のだ。
ジャマブクセスは背中から転倒。――コクピット内では電脳がエラーを吐きまくっているところだろう。
主観の泥が拭われる。スローモーションから通常速度の世界へ一気に引き戻される。
起き上がろうとするその胸部コクピットを脚底で押さえつけ、グランドエイジアが、ナガレがカタナを突き刺す。切先が豆腐ほどの感触も残さず埋まってゆく。刀身の半ばまで、コクピットハッチの奥深くまで潜ってゆく。ドライバーの命までも刈り取ってゆく。
断末魔の声は聴こえない。
ドライバーの生命の完結と共にジャマブクセスの機能も停止した。ナガレはカタナを抜く。血は着いていない。
須臾に等しい時間のことだった。
「危うし危うし。冷や冷やさせてくれるわ」
「……コイツさっき何した?」
「さっき? ああ、どうやらタネガシマの弾丸を逸らしたようだ喃」
「喃じゃないが」
後ろの少女は端末でイクサ・フレームの行動ログを観ているようだった。電子戦艦はまたも姿を消してしまっていた。サブモニタに表示されているのは、手にしたエンジュ工房製ロングカタナ〈チカラマル〉のメタデータである。確かに定寸より長めで肉厚なナガレ好みのカタナだが……ナガレはグランドエイジアに刀身鍛造の主任社員までを表示しろとは命じていない。スワイプして消す。
この期に及んで驚くことなどもうないと思っていたが、それが間違いだと思い知らされた。イクサ・フレームが勝手に動き(それだけならかつてあったことらしいが真偽不明)、あまつさえ銃弾を迎撃して弾道を逸らすなどとは! イクサ・フレームに関する映画やアニメ、カトゥーン、小説などを主食として育ったようなナガレだが、そんな話は聞いたこともない。
PPP...レーダーが敵の接近を告げる。――打打打打ッ!! 横殴りの弾丸をステップ回避。
接近してきたのは〈アイアン・カッター〉二騎。〈アイアンⅡ〉の高機動パック装備型。アイアン・シリーズは東西どちらの陣営でも普及している。同時にアサルトライフルを投げ捨て、得物を手にした。一騎はノダチ・ブレイドと呼ばれる大振りのカタナ、一騎はイクサ・フレームの全長程度の槍。夜間迷彩は変わらぬが得物が異なる。
『トメイ=サンのヴァイタルを消したのは、貴様か』
『ウヌの仔細はマクラギ=サンから聞いておるよ、サスガ・ナガレ=サン』
ノダチを持つ方が右に、槍の方が左に動いた。
『ドーモ、ナカタニー・ザフロです!』ノダチを担ぐように構える。
『ドーモ、ナカタニー・ウジマです!』長槍の穂先をこちらに据える。
少女が警告する。
「気をつけよ。先程のジャマブクセスなどより余程難物だぞ」
ナガレは黙って首肯し、油断なく青眼を構えた。
サブロとウジマは声を揃えて張り上げた。
『『さあ、御相手願おうか!』』
槍とノダチがグランドエイジアに襲いかかる!
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女子房近くまで来たところで、ハクア隊は阻まれた。男子研修生たちが人質に取られていたからだ。
「ここまでだよお嬢さん。得物を捨てろ」
鼻が極度に低くのっぺりとした、奇妙にトカゲを思わせる男だった。彼の部下が拘束した男子研修生たちに銃を突きつけていた。
「テロリストと交渉するつもりはありません」
ハクアは断固たる口調で言った。とは言え、死人が出るのを許容出来るほどハクアも冷徹ではない。
また、人質の中には有力旗本の子息の顔があった。恥辱の余り悶死しそうな顔のモキヤ・タキチ。彼の両親はショーグネイション中枢でもそれなりの地位にある。頭の痛い話だった。
トカゲ男が続けた。
「ではこうしよう、お嬢さん。我らがここを出てゆくまで手出ししないで欲しい。我らも君らには一切手を出さない。人質も全て解放しよう。どうかな?」
ハクアは敵の動きを観察しながら応える。
「その言葉を信じろと? 虫が良すぎますね。女子研修生はどうしました? もうどこかへ移したのですか?」
相手と会話している中、ハクアは妙な感覚を覚えた。――この相手は時間を稼いでいる? 人質交渉も時間稼ぎだというのか? では――何故?
撃剣の響きが、刀槍の打ち交わす音が遠くから聴こえる。その合間を縫ってハクアの通信端末に通達が入った。相手はベニマル。相手から目を離さぬまま、出る。
『……私だ、ハクア』
「どうしましたか、ベニマル?」
従兄の声が切迫していた。
『人工湖から巨大質量が出現した。備えろ!』
――轟轟轟轟轟!! あらゆる戦闘音響を圧倒する五連の砲撃!
「撤退だ!」
トカゲ男が待ちかねていたと言わんばかりに部下に命じる。部下が研修生たちを引っ立て後退しながら、アサルトライフルの牽制射撃を行なう。こちらも遮蔽物に身を隠しながら応射するしかない。
彪――轟ッ! 再度砲撃が行われる。風切り音の長さは射程距離の長さだ。艦砲射撃?
――ズン、ズン、ズン……大質量の物体がゆっくりと地を踏みしめながら歩いてくる――そうとしか思えない音が近づいてきた。ゆっくりと、確実に。戦闘の最中そんな空想に襲われ、ハクアは困惑した。歩行する艦艇などという馬鹿げた妄想を頭の中から振り払おうとしたが、こびりついて離れなかった。
××××××××××××
「ようやくか……」
〈ワイヴァーン〉のコクピットでホネカワ・タダシは「迎え」が来たことに安堵する。コンテナは五十分も前に準備されていた。あとは人質にもなる研修生たちくらいか。
遠隔カメラで覗いたそれは、まさしく歩行する艦艇と呼ぶべきものだった。水陸両用の四脚歩行艦艇。全長は一二〇メートル、それが山塊の木々を、難所を、その巨大な四脚で強引に踏破する。
「大したものだな……」
驚愕という点ではマクラギも文句はつけないだろう。スポンサーも勿体ぶる理由がよく理解できた。あれを見て度肝を抜かれぬ者はまずあるまい。
これこそ世に恐れられたトヨミ軍七大超兵器〈セブン・スピアーズ〉の一つ、〈レヴェラー〉であった。




