8 鋼の猛虎、牙を剥く
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……イクサ・フレームには二つの潮流が存在する。
量産騎と真造騎。
真造騎とはイクサ・フレームが今より遥かに貴重だった時代、鍛冶師と工房、有力武将が威信を掛けて青天井のコストをぶち込み、技術的・性能的限界を目指した騎体である。イクサ・フレームの発祥から鑑みればこちらこそが本道であると言える。
それに騎乗することが許されたのは、当然各陣営で選り抜きのドライバーのみであった。特定のドライバー以外の騎乗は考慮されておらず、そのことはむしろ後世に於いて問題視された。
時代を遡るほどに真造騎は、制御に高い必要カルマ受容値を要求されたり、単純に操作性が悪かったり、あまりにピーキーだったりするものが増えてゆく。少なくとも扱い易いとされる真打騎などないに等しい。
整備面の問題もある。煩雑であったり、マニュアルが存在しないだけならばまだしも良い。困るのは内部機構の一部が秘匿されたまま開発者が逝去した騎体である。ドライバーか騎体のいずれかが不調に陥って有利だった戦況が一変した――そんな事例も史書に数多く残されている。
そのような真造騎の欠点はかねてより指摘されており、それを補うため量産騎が誕生したのは必然だったのだろう。例え発想が真造騎の粗悪な贋作からであったとしても。
今の時代、膨大なコストを注ぎ込んで新たに真造騎を造ろうとする者はいない。国防戦略の都合上、そのコストは量産騎の性能底上げに注がれていた。
結果として近年のイクサ・フレーム量産騎の発展には目覚ましいものがあり、その性能は真造騎に迫りつつある。しかし両方に騎乗経験のあるドライバーから言えば、それでもなお埋まり難い差は厳然とあるという。
長き戦乱により亡失したイクサ・フレームは多い。同時に多くの秘伝の技術も失われた。現存する古い真造騎にも復元不可能な解析不能点が存在する。その謎が解明されない限り、二種の差が埋まることはないのかも知れない。あるいはブラックボックスの鍵はとうに手元にあり、ただ見過ごされているだけなのかも知れない。……
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ナガレは何度も確かめる。『検索結果:1件 IFN-030S スティールタイガー』
「嘘だろオイ……!?」
思わず声が上擦る。
スティールタイガーのゴーグルに覆われたカメラアイがナガレ騎を向く。
伝説的イクサ・フレーム〈スティールタイガー〉。ハニャマタ平原での初陣、エルシド市に於けるよもやの敗戦での殿軍働き、オミノエの合戦での鮮やかなる抜駆――そしてかのクスノキ・マサヤが駆る〈ドラゴネット・ザ・カゲミツ〉とニッタ・ヨシオが駆る〈スティールタイガー〉の一騎討はヤマト史上に名高く、題材にしたカブキ・ムービーは数多い。
本来どこかの大名家に秘蔵されるか、大工房や研究機関で厳重に保管されて然るべき国宝級の騎体である。少なくともこんな場末でお目にかかるものではない。その牙が自分に向けられている!
「しかもあの太刀筋…」
自己流の崩があるが紛れもなくヤギュウ・スタイル、その上級サムライ・アーツ〈ハヤテ・スラッシュ〉。堅牢なイクサ・フレームの装甲を一刀の元に叩き斬る荒業である。その術理は単純にして明快、速く鋭く重い一撃を正確な角度で打ち込む技倆が必要だ。この緩んだ足場で、鋭い一撃を正確に、動き回るイクサ・フレームの胴へ叩き込む技倆が――
『――何を突っ立っていやがる』
レーザー通信で敵に叱咤された。普通の戦場ならば死んでいるところだ。
普通の戦場ならば――そう。ここは如何にも尋常ではない。
それに、六騎のジャマブクセスに動く気配は感じられない。スティールタイガーが隊長格だとすれば、彼に手出し無用と言い含められているのだろうか。
『拾えよ』
スティールタイガーがカタナの切先でカタナを指した。切先を下にして地に刀身の半ばまでめり込んだ、ハンギバ教官のアイアンⅡが腕ごと落とした二本のカタナ。
『ビームカタナじゃ撃剣が不安なんだろ? 手にする時間くらいは待ってやる』
敵の言葉には嘲弄と挑発が入り混じっていた。腹立たしいことに、それは全くの事実であった。
ナガレのラスティ・ネイルはカタナを土から抜いた。
直後、スティールタイガーの打ち込み。――銀!! 甲高くカタナとカタナが啼く。
辛うじて受けることが出来た。息もろくにつけぬままに鍔迫合が始まる。ラスティ・ネイルのカタナが小刻みに震える。スティールタイガーのカタナは微動だにしない。出力差がありすぎるのだ。
強制的に接触通信回線が開かれた。
『ヤギュウ・スタイル――やはりそっちの方か、サスガ・ナガレ=サン。始めましてと言っておくぜ』
俺の名前を知っている――ナガレの背筋に戦慄が走った。だが応じる余裕すらない。
『しかしエイマスじゃなかったのか。まァ、いいや。ドーモ、俺はマクラギ・ダイキューです』
マクラギがカタナを一旦外すと見せながら体当たりめいて押し込んできた。厳!! ラスティ・ネイルが20メートルほどノックバックした。ナガレは転倒をこらえた。迂闊に姿勢を崩せば付け込まれ、さすれば逆転の余地なく撃破されるのは目に見えていた。カタナを青眼に構え直し、ナガレは敵の隙を探した。スティールタイガーはカタナごと両手をだらりと垂らし無造作そのもの、しかし僅かな破綻も見いだせない。
ハクアとの戦いを思い出す。あの時は騎体スペックも、恐らくは技倆も互角だった。しかし今度はこちらが騎体スペックも、技倆も大きく不利である。首尾よく――あるいは運よく――マクラギ・ダイキューという男を倒し得たとしても、六騎のジャマブクセスが無傷で残っている。そして味方は己のみ。教官や研修生は避難しているのだろうか? いや、そんなことは今はどうでもいい。
ナガレの闘志は萎えぬ。降参の望みは最初から捨てていた。降参するには人が死に過ぎていた。何より友を殺した相手に降るなど、それこそ冗談ではない……!
「彌ァァァーッ!!」
ナガレはラスティ・ネイルを疾走させた。スティールタイガーを攻撃有効範囲に捕捉し、カタナを真っ向から斬り落とす。
ナガレをして会心の一撃。しかしマクラギは右から左への重心移動――体を開くことで紙一重で回避、逆にラスティ・ネイルへ斬撃を送る。
ナガレもそれを読んでいる。スラスターフルブースト、ただし左だけ――独楽めいてラスティ・ネイルの騎体が時計回りに回転、高速に走る剣がスティールタイガーの剣を受け流す。――これぞヤギュウ・スタイル上級サムライ・アーツ〈ツムジ・ザッパー〉!
「――勢彌ァァァーーーッ!!」
旋風めいて円弧を描く剣が伝説のイクサ・フレームの胴を薙ぎ払う! ――そう確信した瞬間、ナガレは己のカタナが空を裂いたのみに留まったことを知った。
スティールタイガーの騎体が身を沈めていた。その左スラスターのみが眩く炎を噴き出す。騎体が回転する。――まさか!
そのまさかであった。
『――征彌ァァァーーーッ!!』
マクラギが吼えた。
スティールタイガーは独楽めいて、一陣の旋風と化して回転した。鉄色の旋風は瞬きの間に二回転し、ラスティ・ネイルの両脚部は二度薙ぎ払われた。
スティールタイガーの回転が止まり残心すると同時、ラスティ・ネイルの腰から上が重力に逆らい切れず崩れ落ちた。
「……グワーッ!?」
信じられぬ思いでナガレは絶叫した。〈ツムジ・ザッパー〉返し!




