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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第12話「クロガネ・アドレッセンス」
146/147

10 凄春

 ウルマキ港湾。倉庫の並ぶ埠頭。

 

 夕暮れのトーウェイ・オーシャンを見ながら、ナガレはまだ十分に馴染まない奥歯を舌で探った。そこは今、合金製の義歯になっている。テンリューとのイクサの際、噛み締めすぎて割れていたのだ。

 

 珍しく一日中晴れた冬の日曜だった。オレンジの空と、黒々とした海に沈みゆくヤマトの太陽。果てしなく寄せては返す静かな波の音。シャツとジーンズのラフな服装にイルカレザーのジャケットを羽織り、気がつけば四時間は海を見ていた。

 

 足音が聞こえた。少女筐体姿のユイ・コチョウが長い髪をなびかせてこちらへやってきた。何やら手提げ袋を右手に持っている。

 

「ナガレ=サン、オヌシ、調子はどうだ?」

「海を見てたら落ち着いてきた気がする」

 

 ナガレの言葉にコチョウが頷いた。

 

 気絶したナガレは、眼が覚めた後コチョウが独りきりにしてくれたことを感謝しながら、独りで泣いた。

 その後、海へ行きたいと何故か思ったのだ。反対の声はなかった。

 

「ヨイショ……っと」

 

 コチョウが脚元に座り込み、手提げ袋の中からウィスキーの小瓶と樹脂製カップを取り出した。封を切りながら彼女が言った。

 

「呑め、ナガレ=サン」

「……いいのかよ」

「オヌシが未成年だとて今更誰が構うのだ? いいからわたしに付き合え」

 

 言われるままに座り、カップに注がれた琥珀色の液体に口をつける。校則違反ではあるが、友人などの付き合い上呑めない口ではない。()のままのウィスキーには甘ったるいところが全然なく、しかも容赦なく喉が灼けるのでチビチビ呑むのが習いになっていた。

 灼けるような喉を持たないサイボーグ電子海賊は、カップの半分近くを一気に呷った。海を見ながら、言った。

 

人類の故郷(マンホーム)たる地球は水の星であり、海の星だった。惑星ヤマトには最初から凍てついた海があったという。大量のH2Oとナトリウムだぞ? それを入植者たちは融かし、大量のバイオ生物を放ち、長い年月をかけて人の棲める星にしたのだ」


 ヤマト太陽系に棲まうという生物、竜。彼らが彷徨(さまよ)える播種船〈エイジア〉号をこの惑星に招いたという。無論神話である。

 

「しかし地球の末裔が、地球に酷似した惑星ヤマトを見出し、そこへ辿り着いたのは、果たしてただの偶然なのだろうかな」


 偶然。それは出来すぎれば運命と言い換えられてしまう。運命と偶然の判別など、人間には出来はしない。出来ることなど、精々何らかの作為を疑うくらいだろう。


 コチョウがためらいがちに言った。

 

「――タツタ・テンリュー=サンのことだがの」

「終わっちゃいねえよ。まだ何も終わっちゃいねえ」


 決然と口にした。 


 ナガレとテンリューとミサヲ。どこまでが偶然で、どこまでが作為を伴った必然なのか、ナガレにはわからない。

 わかるのは、それがただの偶然ではないことくらいだった。三人の物語は、どこまでも密接に折り重なっているのだ。あの施設で出会った時から。

 

 否、黄金のオーロラを見た時から。

 

「テンリューと闘ってて、俺は愉しかったんだ。間違いなく愉しかった」

「凄春、だ(のう)

「青春、かなぁ」


 ナガレが首を傾げるのへ、コチョウがウィスキーで指を濡らし、コンクリートに字を書いた。

「青春」ならざる「凄春」。

 

「青春は、甘かったり酸っぱかったりするだけではあるまい。オヌシの場合は血と鉄の味がする凄春よな」


 確かにそちらの方がナガレにはずっと似つかわしい。半年間、ずっと闘い続けた。ずっと血と鉄を噛み締めてきた気がする。

 それによってわかったことがある。明確に決めたこともある。


「コチョウ=サン、俺は、俺のために闘うよ」

「ほう?」


 興味深げなコチョウに、ナガレは視線を海に向けたまま言った。


「正確には、自分と自分の護りたいもののために闘う。俺は、この先ずっと闘い続けなければならないんだと理解した。ならば俺の闘いを、俺の護りたいもののために闘う」


 そして、闘い抜き、生き抜く。さすればテンリューと遠からぬ日にまた逢えるだろう。逢って、その真意を聞き出したかった。なんとなれば、テンリューもまたナガレの護りたいものなのだから。

 

 騒音がした。波止場が揺れた。戦闘震と戦闘輻輳音(イクサ・コーラス)。ナガレとコチョウの意識がそちらへ向く。倉庫の屋根をブチ破って出現した巨大なヒトガタの影。イクサ・フレームである!

 

 BRATATATATATATAT! イクサ・フレームの頭部が機銃を掃射した。サムライであろうが生身の生物がこれに耐える術はない。

 

 ナガレとコチョウの前を光の壁が出現して覆った。それによって機銃が弾かれ、阻まれた。ホロ・マントだ!

 

 直ぐ傍らの海面が小山めいて盛り上がる。

 

 そこに現れたのはオレンジの光を燃やすハニカム複眼による擬似ツインアイ。戦意を噛み締めた抽象乱杭歯の面頬(マスク)。額から、海中では潜めていたビームクワガタを生成させた。

 

 イクサ・フレーム〈グランドエイジア〉! その蓮華座めいて差し出した掌にナガレとコチョウが飛び移った。

 

「酒盛り途中にオデマシかよ!」

「構わん! 撃破(ヤッチ・マイナー)!」 

 

 ナガレもコチョウも樹脂カップを一気に呷り、ウィスキーを呑み干した。液体が胸を灼く感覚に顔をしかめながら、オートマティックで誘導されたイクサ・フレームのコクピットへ乗り込む。T-GRIPを握り、〈グランドエイジア〉を海面から港湾へ躍り上がらせる。コンクリートが百トンの重みに耐えかねて罅割れた。

 

 ウルマキ港湾へ来たのも、ミッションの一環である。ある倉庫に搬入された荷物が怪しい、という情報を得た〈フェニックス〉は、ずっとそこを監視していたのだ。

 

「チィーッ! 〈ペルーダ〉か。思ったより厄介な!」

「それは後だ! 索敵頼む!」


 ナガレは敵騎の反応を見据える。カーキ色の〈ペルーダ〉は倉庫の壁面を脚で踏み破り、障害を排除。その手にはロングカタナが握られている。その距離はおよそ十戦歩。


 先手必勝、ナガレは〈グランドエイジア〉を踏み出させた。

 

「……(イヤ)ァーッ!!」


 迅雷の速度で〈グランドエイジア〉が疾走した。間合はすぐに埋まる。


 居合抜きのロングカタナが、〈ペルーダ〉のロングカタナとぶつかり合う。抜き打ちにそのまま頭部を斬り裂くつもりだったが、敵ドライバーはそれなりにはやるらしい。噛み合ったカタナとカタナが凄絶に火花を散らした。


 × × × × × × ×


 イクサの日々は、当分終わりそうにない。サスガ・ナガレの闘いは、まだ始まったばかりなのだから。


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「サムライ・エイジア」第一部「クロガネ・アドレッセンス」編〈了〉

第一部完結記念に活動報告書きました。ネタバレもちょっと含まれているので、最初から最後まで読んでから覗いて下さい。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1150559/blogkey/2401972/

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