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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第12話「クロガネ・アドレッセンス」
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9 遺灰

 エド・ポリスには雪が降りしきっていた。折しも師走(シワス)、年の瀬ももう近い。

 

 ヤギュウ大公公邸執務室。真っ白に染まった窓の外を見ながら、ヤギュウ大公ムネフエは異母弟であるアオヒコよりヴァン・モン攻略の報告を聞いた。室内の温度は摂氏二十度前後に保たれているが、それでも見るだに寒くなる光景である。

 

「……報告は以上になります」

「アオヒコ」 

「何ですか、兄上?」 

 

 アオヒコは軍人としてはやや長い髪を指ですかしながら聞いた。

 大公ムネフエは弟の方を向き、声を低めるように言った。

 

「本当に、あの老人は死んだのだろうな?」

「十中八九」

「それでは駄目だ。死んだなら死んだで確証(エヴィデンス)が欲しいのだよ」

「ヴァン・モンに調査員を派遣しているので、その結果を待って下さいよ」


 アオヒコは断熱湯呑(ユノミ)で出された熱い玉露(ギョクロ)を啜った。

 結果が出るとしても最短で一月。それまでにヤキ・モキさせられるだろう。もっと伸びる可能性もある。


「……イノノベには訊きたいことはネオ・フジサンほどもあったが」

「死人に口無しですな。抵抗の故やむなく、とタツタ・テンリュー少佐は弁明していましたが」

戦場(イクサバ)では何とでも言えような」


 タツタ・テンリューの弁明を裏付ける、あるいは反証となる物証も、今のところ発見されていない。今後の調査で発見される可能性も望み薄であろう。


 大公自身、イノノベの死を聞かされたとき安堵を覚えたことは否定出来ない。多くの陣営の秘密を、かの老人は一人で抱え過ぎていた。それら全てが流出すれば、ショーグネイションの屋台骨(ヤタイ・ボーン)が揺らぎかねない。

 ヤギュウも例外ではない恐れはあった。


 死なせたことによるメリットとデメリット、どちらが上回るかは、今は何とも言えなかった。


「して、マクラギ・ダイキューは?」

「何も重要なことは。長々と話をまくしたてたり、唐突に真実らしきことを語りだしたり、かと思えば証言を翻したり――」

「自白剤は?」

「拮抗ナノマシンを長期に渡って服用しているため効果がありません。ナノマシンの無効化措置を施していますが、時間がかかります」

「ヤギュウの修行が却って仇となったか……」


 本当に、忌々しい男だった。なんとなれば、マクラギもヤギュウのことについて知りすぎているのだ。処断した方が得策やも知れぬ。


「それらは措くとして、クランの若い衆が死んだのが痛いな」

「そう仰ると思って、名簿をスクールから見繕っておきました」


 アオヒコがデータチップを大公に手渡す。その手際の良さに鼻白みそうになりながら、大公は言った。


「……サスガ・ナガレを逃したのは痛かったな」

「退学届が来ていたのでしたね?」

「私のところで保留にしてあるが」


 それはナガレに、ハイスクールに戻る意志がないということだ。ハイスクールに戻らないということは、サムライの社会に構成されずに生きてゆくという意思表示でもある。

 

 実際ナガレに対しては、ヤギュウ・ハイスクールには取材の申し込みが絶えなかった。それのみならず、企業や大名など組織を問わずにスカウトの打診もひっきりなしに来ていたのである。

  

「彼がヤギュウに出頭してきたら、あらゆる罪状や法度の違反を免責して、すぐにでもクランにそこそこのポストを用意してやってもよかったのだがな」

「気前のよろしいことですな」


 アオヒコは端正な顔に、慇懃無礼な笑みを浮かべた。道化的な役割を、この末弟は敢えて担っている節がある。それを大公は気づかぬふりをし続けていた。


「しかし、来ないでしょう。ああいう若造は近代化された軍には向きますまい」

「だからヤギュウ・クランに欲しかったのだ」


 ナガレはヤギュウ・ハイスクールでも、地位を鼻にかけた上級生と悶着を起こしたことは一再ならずともあったという。その癖所属していたファクトリー〈チーム・フェレット〉ではメンバーの絶対的に近い信頼を勝ち得てもいた。チームの実質的なリーダーはナガレであったとさえ言えるほどだ。


腕節(ウデップシ)と我の強く、反骨精神(スピリット)豊かで、しかもある種のカリスマを持った若いサムライ。無能な上官ならば嫉妬しかねませんな」

「ウム……」


 銀河戦国期ならばともかく、官僚化の進んだ今の軍隊では生きづらかろう。余程の器を持つ大名でもなければ、ナガレは御しきれまい。ヤギュウに強引に入れても、ナガレがスペックを全う出来るかは疑問が残る。

 

「こうやって羅列すると、やはり似ていますな」

「ほう、誰に?」

「わかっているでしょう、兄上」


 そう。わかっている。ヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモン、彼らの亡き長兄だ。


「そう言えばマクラギが持っていたという遺灰だが――」

「大部分は炭化していましたが、僅かに残った部分で鑑定出来ました。九割九分九厘、ハチエモン兄のものであると」


 兄が死に場所を求めていたことは、ムネフエ自身気づいていた。だからジキセン城から帰還しなかった際はやはりと思ったし、その死が明確にされても驚きはなかった。ただ、大きな喪失感があっただけである。

 

「先代大公は――親父殿は、ハチエモン兄のスペックを十全に発揮させることが出来ていたのだろうかな?」

「さて。私が知る限りのハチエモン兄上は、恐るべき技倆(ワザマエ)のサムライでしたが」


 弟として、ハチエモンにあのような死に方をさせたことについて、後悔は残っていた。ジキセン城へ行かせたことも、兄の望みであるなら、と自分を強引に納得させたのだ。

 

 その判断が正しかったのか、今更にして思い悩んでいた。結局のところ、ハチエモンのことは何も知らなかったという思いさえある。


「お前は、兄上が好きだったか?」

「好き、というよりは尊敬に近い思いを抱いていましたよ。歳も随分離れていますからね」

「私は、かつてはあの人を好きではなかった。そう思っていた」

「死なれてから、好きだと気づかれましたか」

「実際勝手な男だったからな。あれほど勝手な男は見たことがない」


 腕節(ウデップシ)と我の強く、反骨精神(スピリット)豊かで、しかもある種のカリスマを持ったサムライだった。ハチエモンが嫡男であっても宗家を継げなかったのは、そういう一面が邪魔をしただけでなく、単に一門の重責を担いたくなかったからでもあろう。

 ムネフエは、昔から兄のそういうところが嫌いだった。そしてそういうところに憧れてもいたのだ。


「ところでハクアは?」

「納骨ですよ」


 葬儀も上げなくてはならないか、と大公は思った。雪は、数日降り続けることだろう。


× × × × × ×


 ナブラ・シティ郊外、ホウトク・テンプル附属墓地。


 ホウトク・テンプルはヤギュウの菩提寺(ボダイ・テンプル)である。一般市民が集合霊園や電子墓所で永遠の眠りに就くのが当然とされる中、固有の墓地を持つのは名を成したサムライの特権だった。

 

 曇天の下を、喪服の一家が歩いてゆく。ナブラ・シティはエド・ポリスよりかなり南に位置し、従って雪雲はまだ訪れていない。

 

 掌大の骨壷を大事に抱えているのは、ヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモンの妻であるオユキである。その後に娘であるシラユキとハクアの美しい姉妹が続く。右脚を引きずってはいるものの、背筋が伸びた老サムライはオユキの父で姉妹の祖父のキムラ・カカシロウ。シラユキの夫セキグチ・シンイチはまだ幼い娘のマユリを抱いていた。


 ヤギュウ家の墓所にたどり着く。ハクアが幼い頃には何基かあった墓石はずっと以前に整理され、今は天然黒ヤマト大理石の一基と何枚かの卒塔婆(ソトバ・ボード)だけになっていた。

 

 翡翠色の士官服を身に着けたハクアとシンイチとで墓石を動かし、小さな骨壷を納めた。

 シラユキに抱かれているマユリがむずがった。幼子の声が、家長を亡くした一家に束の間の慰めを与えてくれた。


 遺灰の量は明らかに少なかった。マクラギが持ち運びが出来る程度の小瓶に入っていたのだ。残りの遺灰については、まだマクラギは何も話していない。


 軍務で遺骨や遺灰が戻ってくるのは運がいい例であることは間違いない。それでもハクアは残る遺灰を探し出し、墓所に納める所存だった。


「ハクア、これを父様に」


 オユキが風呂敷(フロシキ)に包まれたものの中身を出して、ハクアに手渡した。ハチエモンの好きだった清酒(サケ)大吟醸(ダイギンジョー)「男海」の一升瓶。納骨前に折よく送られてきたものだ。


 名義はヤマダ・セイヤ。誰の偽名かはわかっていた。


 ハクアは(ゴースト)の存在について、信じているともいないとも思っていない。見たことがないからだ。葬儀も霊魂も、生者のための慰めに過ぎない――そう言い切るには、自分はまだ若すぎるとハクアは思う。


 少なくとも、父はサムライ・ヴァルハラで自分のイクサを見ている。そう思いたかった。

 

 一升瓶の中身を墓石にかけてゆく。

 

 一家が言葉少なに線香を墓前に捧げる中、ハクアは酒に濡れた指を舐めてみた。美味だとは思えなかった。

 

 空を見た。重く雲が垂れ込めている。もう今年も終わろうとしていることに、ハクアはようやく気づいた。

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