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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第12話「クロガネ・アドレッセンス」
141/147

5 黒白

 黒鋼と銀灰が、翠と蒼の炎を撒き散らして入り乱れている。

 

 百合、二百合と斬り結んでなお、テンリューの心が見えなかった。

 

『ナガレ=サン! 早く離脱せんか! 早く!』


 コチョウの声が耳を素通りして聞こえる。切迫していることはわかるのだが、その意味が理解出来ない。理解出来ないから、声が素通りする。戦闘による極度の集中のため、言語が意味を成さないのだ。

 

 ナガレは歯をきつく噛む。きつく噛みながら、攻め、守り、斬り、受け、払い、流し、薙ぎ、突き、巻き、落とす。目まぐるしく動くカタナとカタナ。最早考えながら反応する段階ではない。

 

 ミサヲを守護(まも)る――テンリューのその言葉には一切の嘘はあるまい。しかし、本当にそれだけなのか。

 

 本当にお前は、ミサヲを守護(まも)ることだけなのか。それしか頭にないのか。それだけで、多くの無辜の民を殺す覚悟が出来るものなのか。カタナに込めた思いは、しかし心に鎧った甲冑で弾き返されるようだった。

 

 今のナガレは、その甲冑をこじ開け、本心を覗くために攻撃を仕掛け続けているようなものだ。

 

 カタナであらゆることを語った。どんな人生を送ったか。どんな人間と知り合ったか。どんなイクサを繰り広げてきたか。

 対するテンリューの返答は、ナガレが知っていたようなことだった。他人の視点で語られるような人生であり、そこにテンリューの内面は不在だった。

 

 更に強く歯を噛む。

 

 理解(わか)ってくれ、ナガレ――テンリューの声がニューロンでリフレイン再生された。その言葉は間違いなく真摯で、だからそれが甲冑の隙間なのだろう。

 

 確かに今、言葉は無意味で無粋だ。

 

「だからと言って――」


 目に涙が滲むのに、ナガレは気づいた。

 

「――言ってくれなきゃ理解らねえだろうがッ!!」


 また、思いを乗せたカタナを揮った。

 聞かせろ、兄弟。お前が何を考えて人を殺すのかを。

 

  × × × × × × × × × × 

 

 ナガレの攻撃は苛烈で、なおかつしぶとい。基本はパワーファイターだが、テクニックを併せ持っている。とは言えそこまでは割とどこにでもいるタツジン程度だ。

 

 ナガレの卓抜さは、その意志である。何が何でも闘い抜き、かつ生き抜くというこの上ない矛盾を高純度で両立させている。片方だけならば、それこそどこにでもいる。ひたすら生きるためにひたすら闘う覚悟を決めた者は、滅多にいない。それだけで戦士(サムライ)として稀有の才能だ。

 

 剣戟(チャンバラ)によって伝わる感情が怒りであれ、悲しみであれ、ナガレと闘うことはテンリューにとって決して不快ではない。

 

 ナガレの太刀筋は、怒りによって曇りも鈍りも狂いもしない。むしろ際限なく研ぎ澄まされるようだった。剣豪シンメニオン・ミヤモトゥス・ムサシウスは、イクサ・フレーム戦闘の際、敵騎を斬ることでカタナを研ぐことが出来たという逸話がある。

 そういう風にナガレは鍛え上げられたのだ。ヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモンによって、あるいは、実際に戦場に立つことで研ぎ上げられた一本のカタナ。そういう男になったと言える。

 

 ここまでの男とは、テンリューも思っていなかった。全く、予想外の男だ。

 

 電磁居合は使えなかった。密着状態での剣戟(チャンバラ)、納刀出来るような隙がない。〈ナルカミ・ブレイカー〉など以ての外、チャージの時間など与えてくれようはずもないのだ。


 二騎共に装甲の至る箇所に斬撃を負っているが、致命的な損傷はまだなかった。発熱も許容範囲内。強いて言えばKEPが心許無いが、互いに決め手を欠くままに一騎打(デュエル)は続いている。しかしカタナに宿るカルマの火勢は、双方なお盛んだ。


 かの電子海賊の通告は、〈シロガネ〉のコクピットにも当然届いていた。自爆をヤマトへの落下と言い換えるならば、間違いのない事実なのだろう。

 

 〈クロガネ〉にも届いているに違いないのだが、ナガレに退く様子は見られない。そうである以上、テンリューも彼に付き合う他はない。

 

 やや間合が開いた時、〈クロガネ〉による大振りの斬撃が縦に奔った。横にしたカタナで斬撃を流しつつ、薙ぎ払った。バックステップで、ナガレはそれを躱している。


 即座に〈シロガネ〉の構えを変えた。(タイ)を右に開き、カタナを下段に下げる。切先がヴァン・モンに食い込むほど下に。


 〈クロガネ〉は間断入れず前に出た。

 〈シロガネ〉も同時に応じた。


 間合が零になる瞬時、〈シロガネ〉の脚元に突き立った刀身が弧を描いて跳ね上がる。蒼い炎が深々と〈クロガネ〉の左脇下に潜り込み、その腕を断ち落とした。

 左腕を斬られながら、〈クロガネ〉のカタナもまた揮われている。翠の炎によって二の腕から断たれた〈シロガネ〉の右腕がカタナを握ったまま宙を舞う。

 

「グゥーッ……!」

 

 呻きながらも、斬撃を浴びた時の余勢でテンリューは7時半方向へ一度下がった。右腕ごと取り落とした自分のカタナが落ちている。それを脚で浮かせて左手で握る。

 

 〈クロガネ〉からの追撃はない。そのカタナは半ばで折れていた。カルマの炎も消えてしまっている。尤も、〈シロガネ〉のカタナもかなりの切れ(・・)が入っていた。

 

 今まで感じなかった疲労が、ここに来て肩にのしかかってくるようだった。今の一撃で千載一遇の好機を逃した気にすらなった。多分、決着をつける最後の機会だったのだろう。ナガレの方はどう思っているかわからないが、条件はまたしても五分五分(イーヴン)だ。

 

『――御両人、そのあたりでよろしかろう』


 〈クロガネ〉と〈シロガネ〉の見上げる虚空に、二隻の艦艇の姿が見えた。〈フェニックス〉と〈99マイルズベイ〉。二隻から蜘蛛の糸――牽引索(トラクターワイヤー)が垂れ下がっていた。

 

 × × × × ×

 

 ナガレは掠れた声で喚き、コンソールに力の入らない拳を叩きつけた。

 

「まだだ……まだ何も終わっちゃいねえ!」

『言っとる場合か! ヴァン・モンがヤマトの重力圏に入りつつあると言っておろうに! 早よ帰って来んか!』

「……ッ!」


 母艦から投じられた牽引索(トラクターワイヤー)を掴む〈シロガネ〉を見て、レーダー通信を投げた。

 

「逃げるのか、テンリュー」

『俺は、こんなところで死ぬ訳には行かない。お前も死ぬな』


 テンリューの声には悪びれるとか、罪悪感などの感情はなかった。ただ真摯でさえあった。ナガレが何かを言う前に、索が引かれ〈シロガネ〉は艦に収容されていった。

 

『ナガレ=サン』


 コチョウが促した。ナガレは、低く呟いた。


「……言われるまでもない」


 〈クロガネ〉の手が牽引索を掴む。騎体の引き戻されるGを感じる。

 苦いものを噛み締めながら、ナガレは肉体の重さを自覚した。

 

「……何故だ、テンリュー」


 そして、コクピットの中で意識が途絶えた。

 

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