2 鳴動
要塞内部。イクサ・フレームの装甲をも穿つ重金属弾が飛び交う。
『この〈ペルーダ〉、もうダメっス。置いて行って下さい、ホネカワ副長』
その〈ペルーダ〉は、右側から僚騎に支えられていた。右膝関節部から細かい漏電を起こしていたからだ。浅くない損傷を銃撃によって受けたのである。
「弱音を吐くな、テデノ=サン。マクラギ隊長なら即座に斬って捨てていたところだぞ」
ホネカワ・タダシが叱咤する。テデノは自嘲気味に嗤った。
『ヘヘッ……斬ってくれていいんですぜ……』
「残念ながら私は隊長ほど親切ではないのだ。よってその提案を却下する」
『そう言うと思いましたよ……』
会話しながら、ホネカワは物陰から敵の様子を伺った。横殴りの銃撃が来る。小隊規模の〈ロンパイア〉。〈サナダ・フラグス〉だろう。アサルトタネガシマの銃口だけを敵に向けながら、威嚇発砲する。
弾幕が途切れる。ホネカワの〈ペルーダ〉は再び身を隠す。
『……隊長は無事なんでしょうかね、コギタ=サン』
『きっと大丈夫だろ、テデノ=サン。あの人が死ぬなんて考えられねえし。ですよね、副長?』
「――ああ」
部下たちの会話に、正直なところホネカワも同意しかねた。どんな相手でも死ぬときは死ぬ。それが戦場の真理だからだ。マクラギ・ダイキューも例外であるはずもない。
とは言え、ホネカワ自身、マクラギが死ぬところを想像出来ないのも事実だった。ヤギュウの〈テンペストⅢ〉が持ち出してきたのは〈スティールタイガー〉の頭部のみ。マクラギが斬られる場面を見た訳でもなければ、死体を確認した訳でもないのだ。
ただ、戦闘不能になったのは事実だろう。だから〈ローニン・ストーマーズ〉はその場からの撤退、ひいては要塞からの脱出を決めたのだ。マクラギに何かあれば、戦場そのものから引き上げることは以前からの決定事項だった。
撤退は、想定よりずっと上手く行っていない。ストーマーズは散り散りになり、容赦なき各個撃破の標的となっていることだろう。本来高い連携能力が特長の〈ペルーダ〉だが、こうなっては宝の持ち腐れもいいところだ。
今ホネカワと行動を共にするのはコギタとテデノの二人だけである。敵の追撃も執拗だ。今も切れ切れに銃弾が飛び交い続ける。
「言っておくが、隊長は貴様らが思うほど親切ではないぞ」
『知ってますよ。あの人が足手まといを斬るときは、本当にそうだから斬ってるんだ。俺はそれを見ましたよ』
コギタが言った。ホネカワは、コギタがストーマーズでも結構な古参になっていたことに気づいた。
「ほう、では何故ストーマーズに居続けるのだ、コギタ=サン?」
ホネカワは会話を続けた。どんな会話でも、今の状況では沈黙よりはマシなはずだ。
『あの人が強いからですよ。マクラギ・ダイキューという男の強さに、俺は憧れたんだ。わかりますか』
『それ、俺も同じですよ、コギタ=サン。あんな強いサムライ、俺は他に知りませんや』
「強いから、か。いや、わかるが」
『副長は、何のためにあの人の副長を?』
「なりゆきだな」
ホネカワとマクラギは、ストーマーズでは殆ど同期に近い。勿論最初から隊長と副長だった訳ではない。気がつけば相棒に近い立場になり、マクラギは前隊長の死の間際にストーマーズと〈スティールタイガー〉を譲り受けた。偶然その場に居合わせたホネカワが副長に任命された形だ。
マクラギは尊大かつおよそ鼻持ちならない男だが、それでも他者を惹きつける何かを持っていた。郭の芸者にもモテていたし、本人もそれが当然だという顔をしていた。
マクラギの強さは、イクサに於いて人を斬り続けるためのものだ。ホネカワはそれを知っている。マクラギにとっては、それ以外は全てが――〈ローニン・ストーマーズ〉も、〈スティールタイガー〉も、カタナも、剣術も――そのための副次物か道具に過ぎないのだ。
「――皮肉なものだな」
『エ、何がッスか?』
「独り言だ」
ホネカワは言った。
皮肉なものである。マクラギの副次物でしかないストーマーズが、マクラギを見捨てようとしている。マクラギはその事実に気づいているのだろうか。生きていれば、の話だが。
通路側の異変に気づいた。ホネカワは敵の様子を伺った。イクサ・フレームが入り乱れて剣戟を為している。そのうち、一騎の肩部大袖装甲に「蛇蝎」の荒々しい明朝体。
『〈ダカツ・バタリオン〉だ』
テデノが呟くように言った。ホネカワが頷く。まさか支援しに来たとは思わないが、いいチャンスだ。
「離脱する。ついてこい」
ホネカワ騎が敵のいない方向へ先導する。
その時、脚元が鳴動した。
× × × × ×
ハクアの〈テンペストⅢ〉に率いられ、〈ヤギュウ・サムライ・クラン〉がゆく。交戦は三度。いずれも士気を欠き、適度にカタナを打ち交わしては適度に打ち倒され、あるいは算を乱して逃走してゆくばかりだった。
「……この鳴動、おかしいとは思いませんか?」
騎体の脚を止め、ハクアが呟く。それにコチョウもまた応じた。
「ああ、これは戦闘震ではない」
要塞全体が鳴動しているのだ。
〈グランドエイジア〉の電脳を以てすればこの鳴動の正体を瞬時に把握出来ただろうが――現在ナガレは要塞外で交戦中である。
刻々と移り変わる簡易戦闘ログを流し読みながら、これは難敵だとコチョウは思う。相手はタツタ・テンリュー、及び〈グランドエイジア・シロガネ〉であろう。
いつにも増して苛烈な〈クロガネ〉の剣を、恐るべき冷徹さで〈シロガネ〉が捌き、反撃する。その情景がありありと思い浮かぶ。
「この鳴動は……やはり?」
「マクラギ・ダイキューが言ったことは本当なのやも知れぬの」
即ち、ヤマトへのヴァン・モン落とし。この質量を落とされれば、惑星上は壊滅的な被害に見舞われる。時間稼ぎにしても派手すぎるアクションだ。鳴動は、そのためのスラスター点火が為されたというのか。
少しの間沈思黙考し、ハクアはためらいがちに後部座席のコチョウを見た。
「ミズ・アゲハ、お願いがあるのですが」
ハクアはコチョウの能力で電子能力をブーストし、要塞の外で待機している母艦〈トミヤマ〉に繋いでもらった。
「こちらヤギュウ・ハクア少尉です。……ええ、やはりそうなのですね。……わかりました」
通信終了。
「ヴァン・モン要塞の隠しスラスターが点火されました。惑星ヤマトの重力圏に向かっています」
「……脱出せんのか」
「イノノベを逮捕して、停止方法を聞き出します。ミズ・アゲハ、あなたは部下たちと」
「ハ! 見くびるでないわ、小娘ハクア=サン。戦場に立つ以上、わたしも戦場に散る覚悟はとうに出来ておるわ」
コチョウの啖呵に対してハクアは軽く頷いただけだった。
『ハクア中尉! こちらです』
しばらく進むと部下が呼びかけてきた。その〈テンペストⅢ〉の手には厚ぼったいスペーススーツの人間が拘束されていた。
『この男の証言によると、イノノベ・インゾーはこの先の隠し脱出口に入っていったそうです』
「わかりました。わたしはそちらにゆきます。あなたは先に帰投を」
事前に作っておいたテキストデータを送信しながら、ハクアの〈テンペストⅢ〉は先へ進んだ。
また、要塞全体が鳴動した。今度は更に強い震動だった。