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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第12話「クロガネ・アドレッセンス」
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1 鋒燧

鋒燧は「ほうすい」と読みます。切先から飛び散る火花。

 惑星ヤマトの輝きを眼下に、二騎のイクサ・フレームが対峙している。

 

 一騎はガンメタルブラック。あらゆる物を貫く鋭い刃を具現したような黒鋼の装甲だった。

 一騎はシルヴァーグレイ。何物の接触をも阻む堅き盾を具現したような銀灰の装甲だった。


 黒鋼の騎体〈グランドエイジア・クロガネ〉を駆るイクサ・ドライバーはサスガ・ナガレ。

 銀灰の騎体〈グランドエイジア・シロガネ〉を駆るイクサ・ドライバーはタツタ・テンリュー。

 

 共に同じ研究施設で育った孤児であり、同じ地獄を見、同じ奇蹟を見た子供であった。

 

 生き別れた二人は十年後に出会い、絆を確かめあった。

 

 そして、絆は(こわ)れた。それは、毀れるべくして毀れたのかも知れない。


 惑星ヤマトは物も言わず、二人の相克を見ていた。

 

 × × × × ×

 

 ナガレは奥歯をきつく噛んだ。


 脱出艇は一般的に、決して戦闘用のものではない。火器がついていたとしても、デブリ焼灼用のものだ。ましてや人類の叡智の精髄たる殺戮破壊兵器イクサ・フレームと抗することなど、決して出来はしない。


 だから、余程の場合でもない限りサムライは脱出艇を破壊しようなどとは考えない。無抵抗に近い者を殺すのは恥であるという風潮は、やはりサムライの間では根強い。

 

 タツタ・テンリューは、躊躇なくタネガシマライフルで脱出艇八台を破壊した。だからナガレは確信に至ったのだ。テンリューこそが列車襲撃事件の主犯だと。

 

 脱出艇八台を躊躇なく破壊出来る男ならば、目的のためにどんな犠牲をも支払えるのだ、と。


 絆でも。友情でも。


「何故だ……何故なんだ! テンリュー!」

『ミサヲのためだ』

 

 血を吐くようなナガレの怒りに、テンリューは冷徹さで応じた。


「ミサヲのため……?」


 ナガレとテンリューの幼馴染。トヨミの失われしプリンセスの名前。


『いずれミサヲはトヨミの女王となる。その時まで、彼女が治めるべき世界を僅かでも綺麗にすること――それが俺の望みだ』


 ミサヲを言い訳に使うな――その言葉が喉まで出かかった。


「一般人を殺しても、か?」

『無辜の民を殺し尽くしても、だ。ミサヲのためになら、俺は悪鬼羅刹(ラクシャス)となろう』

「ミサヲがそれを望むとでも?」

『望まないだろうな』


 あっさりとテンリューは認めた。


『このヤマトには、過去から現在に渡って血で綴られた歴史がある。サムライ、非サムライを問わずしてな。いや、ヤマトだけじゃない。人類発祥の地球時代からそうだった。アベルとカインの例を引くまでもないだろう? 人は二人いれば、兄弟同士だって殺し合う』

「何言ってるんだよ、テンリュー」

『要するに、人々はイクサをやめられない』


 不意に、マクラギ・ダイキューのことを思い出した。イクサをするためにイクサをしているような男。


『王になるということは、それを直視しなければならなくなるということだ。汚穢(おわい)に手を突っ込むようなこともしなければならない。お前だって覚えているだろう、あの死体の山を。無慈悲で無意味な暴力の痕跡を』


 折り重なる炭化死体。息絶えた赤子を抱き続ける死んだ眼をした母親。村中に漂う腐った肉の臭い。群為す鴉。暴力的なまでに渦巻く蠅の大群。


『あいつが手を汚す必要はない。あいつの眼に触れる必要もないことだ。出来るだけ世界を清め、それをミサヲが手にする。そのために、イノノベ・インゾーには死んで貰った』


 ナガレは言葉を失った。耐え難い沈黙に襲われる前に、ナガレはようやく言葉を紡ぎ出した。


「……正気か、テンリュー」

『この上なく正気だよ。正気でなければ、やってられん』

 

 毒でも吐くかのようなテンリューの言葉だった。

 

 テンリューの言っていることは、決して理解出来ないことではない。同調こそが出来なかった。何物かのためという言葉は、あらゆる罪の意識に対する万能の特効薬と成り得る。テンリューにはそんな言葉を使ってほしくなかった。

 

 テンリューに、自分はミサヲのために人を殺したし、これからも殺し続けるだろう、などとは言って欲しくなかった。

 

 どうしようもないほどに深く息を吐いた後、ナガレは訊かねばならないことを口にした。

 

「じゃあ――ヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモンも、お前が清めるべき汚れだったという訳か」

『そういうことになる』

「……テンリューッ!」


 抜刀しつつスラスター最大点火。青白い炎を棚引かせながら、最大戦速で〈クロガネ〉が〈シロガネ〉に肉薄する。


 〈シロガネ〉がカタナを掲げ、〈クロガネ〉の一撃を受け止めた。鍔迫合の鋒燧(ヒバナ)越しに、オレンジとアイスブルーのツインアイが睨み合った。それは怒りのカルマの散らした火だった。


『残念だよ、ナガレ。それがお前の返答か』

「何が残念だテメエッ! 俺の友達と師匠(センセイ)を殺した絵図面を引いておいて、どの口で俺を引き込もうとしてやがった!?」


 剣威と剣威がぶつかり合って、二騎は等距離をノックバックする。

 

『全てはミサヲを守護(まも)るためだ……! 理解(わか)れ! ナガレ!』

「……理解(わか)るかァーーッ!!」


 再度〈クロガネ〉はロングカタナを手に〈シロガネ〉に迫った。哀しみと憤怒が、腹の底からナガレを突き上げるようだった。

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