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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第11話「マシニング・ラクシャス」
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10 冗談じゃねえ

 荒野。

 東から西に壁をぶち抜いた光の奔流も、その名残の大気の帯電も、既に消えていた。


『介錯しろよ』


「心臓」側の〈ヴァーミリオン・レイン〉との会話を終えた時、今まで沈黙していたマクラギ・ダイキューがそう言った。

 

 〈スティールタイガー〉胴体部のコクピットハッチはトリモチによって封鎖済みである。電脳をも失った今、こうなってはさしものマクラギも何も出来まい。

 

 少し間を置いて、ヤギュウ・ハクアが答えた。

 

『貴方に聞きたいことはいくらでもあります。生き恥を晒しなさい』

「だとさ」


 カタナを鞘に収めながらサスガ・ナガレが言う前にマクラギからの通信が途絶える。オフラインで舌打ちでもしているのかも知れない。

 

「で、ハクア=サン。これからどうする?」

『部隊へ戻ります。ストーマーズの抵抗は、この首があれば収まるやも』


 ハクアの〈テンペストⅢ〉が左腕で、転がっている〈スティールタイガー〉の頭部を抱え上げた。その動きは不器用だ。左手の指は、貫手でイクサ・フレームの首を刎ね飛ばすという荒業によってグシャグシャだ。右腕も失っている。戦闘継続は困難だろう。


 ハクア騎が元来た道を戻ってゆく。それを見送るナガレに、マクラギが声を掛けてきた。


『ナガレ、老婆心(ババア・ハート)ながらいいことを教えてやるよ。タツタ・テンリューのことだぜ』

「聞く耳貸すな、ナガレ=サン」


 オフラインでコチョウが言う。


「テンリューが?」


 つい、ナガレは返す。


『お前とあいつはツルんでるようだが――正直やめておけ。あいつがイノノベに列車(・・)襲撃(・・)事件を(・・・)進言(・・)した(・・)んだぞ』


 ナガレには、その言葉の意味が一瞬わからない。あらゆるものが少しの間、ナガレの主観から消え去った。

 

「……何を、言っている?」 


 ナガレは喉の乾きを覚えた。悪寒を覚えた。目眩と吐き気が同時に襲ってきた。

 

『奴がリベレイターに於けるイノノベの窓口役だったのは知ってるな? 列車襲撃からジキセン城までの大まかな絵図面を引いたのはテンリューらしいぞ』

「嘘だ」

『イノノベの爺さんがポロッとこぼしたのを聞いただけさ。だがそれが本当なら――傑作だな! 学友と師匠を殺した相手とツルんでたって訳だ!』

「出鱈目を言えばいいと思ってるのか!? 殺すぞ!」

『なら殺れよ。だがそんなにテンリューを信じたいか? なら奴に直接訊けばいい。叩けば埃が出る身だろうがな』


 マクラギを打ち捨てて、〈グランドエイジア〉が東側の壁の大穴へ向かって歩き出していた。


 コチョウが咎めるように言った。「危うい足取りだな……どこに行くつもりだ」

「テンリューに話を聞く」

「あの話が真実だとて、正直に言うと思うか?」

「訊かなきゃわからないだろ」

「まずは『脳』を止めてからだ」


 ナガレは騎体の足を止め、コチョウの顔は見ずに訊いた。

 

「……知ってたのか、テンリューのことを」

『ああ』


 苦虫を噛み潰した声でコチョウが応えた。

 

「何で言ってくれなかった?」

『余計なことで悩ませたくはなかった。まさかマクラギも知っているとは』

「……ッ!!」


 突き上げる衝動を押さえつけた。獣めいて暴れ狂う衝動を、押さえつけるのには努力が必要だった。


『――黙っていてすまなかった』

「いや……この件でコチョウ=サンの落ち度はない。俺だって同じ立場なら黙ってるだろうな」


 〈グランドエイジア〉の進路を変え、北へ向かった。そこにはサーバルームに通じる扉がある。人間サイズの電子扉だ。

 

莫逆之友(バクギャク・フレンズ)と言ったけど――十年も経てば人が変わるのには十分なんだろうな。ましてや子供の頃の記憶だ」

「まだそうは決まった訳ではあるまいが」


 〈ヴァーミリオン・レイン〉との信号(シグナル)を確認する。双方向でオンライン。


 コチョウの操作で電子ロックが開く。〈グランドエイジア〉が待機姿勢でコクピットハッチを開放する。そのマニピュレータでコチョウを降ろそうとする寸前、

 

「ナガレ=サン、早まった真似はするなよ」

「しないよ、今更」 

 

 苦笑で応じた。少女筐体の小ぶりな顎が引かれる。扉の向こうに小柄な影が消えた。

 

 ややあって、コチョウからの通信。

 

『こっちは準備が出来た。〈ヴァーミリオン・レイン〉に送ってくれ』

「了解。――あちらさんもOKだ」

『それでは止めるぞ』


「脳」と「心臓」が停止された。薄暗い照明が一度切れた後、予備電源に切り替わる。イクサ・フレームの内部では光源に依らぬ周辺視野があるため余り関係がない。

 

『これでオシマイ……かな』


 コチョウの呟きと殆ど同時に、騒々しいほどの戦闘輻輳音(イクサ・コーラス)が接近してくる。西側の大穴から入ってきたのは特徴的な、半透明装甲でカヴァーされた扁平な頭部。〈ワイヴァーン〉四騎。

 

 テンリュー直属、イズモ・クランの騎体だ。ナガレのニューロンがざわついた。〈グランドエイジア〉を〈ワイヴァーン〉らと向かい合わせる。

 

 〈ワイヴァーン〉隊が十二戦歩(注:戦闘歩数。この場合イクサ・フレームにして十二歩分の意)ほどの距離を置いて〈グランドエイジア〉の前に停止した。いずれも物々しいほどにフル装備。それがナガレのニューロンを更にざわつかせた。

 

『サスガ・ナガレ=サン、イズモ・アヤメ少尉です。マクラギ・ダイキューは?』

「そこに」 

 

 ナガレは十時方向に五戦歩程の位置にある、首なしの〈スティールタイガー〉を指差した。

 

『わかりました。確認しますが、「心臓」と「脳」は止めたのですね?』

「止めたよ」


 ナガレのニューロンが再び警告を発するのと、〈ワイヴァーン〉隊がアサルトタネガシマを構えるのは同時だった。


『ではナガレ=サン、そこを退いて頂きたい』


 冷ややかなアヤメの声。ナガレは、一応訊いてみた。

 

「――何故」


 (BLAM)! 単発のタネガシマが発射され、〈グランドエイジア〉頭部の数センチ横を銃弾が抉る。


『警告は一度だけだ』


 イクサの前に交わした会話を思い出す――『〈セブン・スピアーズ〉争奪戦』。『テンリューにも立場がある』。

 そういうことかよ。


「――冗談じゃねえ」

『それが貴方の返答か、ナガレ=サン』

 

 BRATATATATATAT! BRATATATATATATAT! 〈ワイヴァーン〉が携行するアサルトタネガシマが断続した銃火を吐き出す。咄嗟にナガレはホロ・マントを作動させた。

 

「ヌゥーッ!」

 

 装甲の各所が光り、エネルギー中和磁場が弾丸を受け流す。背にした壁を無数の弾痕が穿つ。飽和銃撃により、装甲発光が暗くなる。直撃が来る。揺さぶられるコクピット。

 

「……グゥーッ!」

 

 ナガレは呻く。移動は出来ない。サーバルームにはコチョウがいるからだ。装甲が削れてゆく。

 

 別方向からの戦闘輻輳音(イクサ・コーラス)が来た。〈ワイヴァーン〉ではない。〈テンペストⅢ〉部隊である。数は十。

 

 BRATATATATATAT! BRATATATATATATAT! BRATATATATATAT! BRATATATATATATAT! 二つの部隊のアサルトタネガシマもまた不協和音のコーラスを始める。〈ワイヴァーン〉は殆ど整然と、元来た西側の大穴へ戻ってゆく。〈テンペストⅢ〉はそれを追わなかった。

 

『ナガレ=サン、大丈夫ですか?』


 ヤギュウ・ハクアの声だった。その部隊は全騎モスグリーンの騎体だが、その内一騎のツインアイが自己主張するように光った。騎体を乗り換えたらしい。そのドライバーがどうなったか、という疑問は、投げ捨てることにした。


「ハクア=サン、アリガトウ。一応こっちは大丈夫だ」

『今の部隊は』

「イズモ・クランだ。どうやらメインサーバのデータを回収しに来たらしい」

『〈セブン・スピアーズ〉ですね。それにしては、あっさり退きましたが』

「ああ、数も少なかった」


 ナガレは、囮の可能性も考えた。だとすれば本命は、自ずと決まっている。


『ハクア=サン、同級生の好誼(ヨシミ)で頼まれてくれないか』

「……あなたに頼み事をされるのは、初めてですね」


 ナガレはサーバルームに通じる扉から、〈グランドエイジア〉の騎体をどけた。


「ここにミズ・アゲハがいる。アンタが匿って欲しい」

『いいのですか?』


 少し驚いたようなハクアの声。ナガレは見えないことを承知で首肯した。


「信じるよ。信じさせてくれ」


 返事は待たず、ナガレは東側の大穴へ騎体を走らせた。突入する。

 

 とにかく、テンリューと逢うことだ。テンリューと逢えばわかると信じた。ニューロンにわだかまる不安と不穏の存在には気づいていたが、どうしようもないことだった。

もうちょっと続くんじゃ

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