1 ヴァン・モン突入
イクサ・フレーム4騎が抱えるほどのサイズの電磁式破城槌が、ヴァン・モンの「口」の非常用シャッターを打ち破るには五度の打撃を要した。
破砕した複合金属シャッターが内側にめくり上がり、穿たれた大きな穴から覗く「口」の奥には黒々とした闇がわだかまっている。まるでこれから待ち構えている悪意が具現化したようであった。
不安を押し殺しながら、イクサ・フレーム突入部隊は要塞の中を進んだ。要塞の中は微弱だが重力が働いている。途中のカメラは逐一破壊した。
やがて、分岐路に出くわした。左が「心臓」、右が「脳」に通じるルートである。構造は把握済み、それぞれの勢力はイクサ・フレーム部隊を分割して投入することになる。しかし、要塞内部の通信撹乱措置により外部への通信手段はない。
「お前は左か、テンリュー」
いち早く左へ踏み出す〈グランドエイジア・シロガネ〉に、ナガレは意外そうに言った。
テンリューは何も言わず、ただそっと〈チェスト・プラトゥーン〉を親指で指し示した。成程、サトゥーマ・ボッケモンと呼ばれる狂戦士団を御するには、テンリューが出張りでもしなければ無理なのだろう。
『ドーモ、サスガ・ナガレ=サンであいもすな! 美事な荒武者ぶりでごわした! 俺はアラザキ・レンド大尉にゴワス!』
ナガレの元に、唐突にレーザー通信による挨拶がきた。声が無駄に大きい。体育会系の匂いがする。正直苦手な相手という気がした。
「ド、ドーモ」
『〈バルトアンデルス〉ち言うたか? アレをば斬ってくれち礼ば言いもす。アヤツがために、我が同胞ば失いもしたから喃』
アラザキ大尉は声のトーンを落とし、しかしすぐに怒りに奮い立った。
『然れども、聞かばアヤツは生きとるち聞いちょりもす! 今度こそアヤツの首ば獲り、同胞の墓前に捧げるでゴワス!』
『良か! 良か覚悟にごつ!』
『若! どこまでもついていきもす!』
ギラつく抜身の剛刀めいた連中を、ナガレはもう見ないことにした。
ハクアも右へ向かうようだ。彼女の〈テンペストⅢ〉は、本体は傷だらけなのに右腕部だけが真新しい。戦闘で失った右腕を付け替えたのだろう。
『……何ですか?』
視線を感じたのか、ハクアがこちらを向いた。なんでもないと言いかけ、別のことをナガレは思い出した。
「マクラギ・ダイキューが、アンタによろしくと言っていたよ」
ハクアはすぐには何も言わなかった。ただ、怒りに満ちた呼気の音をナガレは聞いた。
『……ヤギュウの裏切り者は、ヤギュウの手によって討ちます』
ハクアの顔は見えなかったが、多分美しく、悽愴に青褪めていることだろう。
彼女のみならず、分割されたヤギュウの二部隊は静かに戦意に押し隠すようである。まるで鞘から抜き放たれる前のカタナめいたアトモスフィアだった。
ナガレとハクアの二人共口には出さなかったものの、マクラギは「脳」の方にいるという確信があった。「脳」ルートを選んだのは、ハクアたっての希望に違いない。
ハクアには、マクラギに父を殺された恨みがある。ナガレには、師父を殺された恨みがある。任務に私事を持ち込まないのはヤマトのサムライの嗜だが、任務が私事に食い込むことくらいは許されるはずだ。
『それじゃあ、はりきって征きましょー!』
『応ォォーーーッ!』
甲高い女声は、左の「心臓」ルートへゆく〈ヴァーミリオン・レイン〉のドライバー、サトミ・ヨシノだろう。従うのは〈サナダ・フラグス〉の〈ロンパイア〉部隊。その士気は旺盛であり、高く突き上げられた槍を思わせる。
カスタマイズを施した〈ロンパイア〉が近づいてきて、〈グランドエイジア〉の方へ敬礼ポーズを取った。
『ドーモ、サスガ・ナガレ=サン。〈サナダ・フラグス〉のオズミ・アズマ少佐です。我らの部隊は右へ向かうことになりました。よろしくお願いします』
「ドーモ、オズミ少佐」
短く挨拶を交わす。〈ヴァーミリオン・レイン〉率いる別働隊とは対照的に、オズミ少佐の部隊は至って沈着だ。あるいは引き絞られた弓矢めいた静けさであり、敵に向けてその威力を解き放つ時を待っているとも言える。
テンリューが本来率いるべき部隊もまた、静謐そのものだった。副官イズモ・アヤメ少尉以下、皆右へ向かうことになっている。オズミ部隊が弓矢ならば、こちらは闇に潜んで抜かれるのを待つ闇の短刀めいた印象を感じる。
まさに多種多様のイクサ・フレーム部隊が居並び、出陣の時を今か今かと待ち望んでいた。
そして、今。
『ゆくとしよう』
「じゃあ、後でな、テンリュー少佐」
右と左に別れ、それぞれ進んで行った。
ザッピングで左右交互の視点で描いていくつもりです