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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第10話「イクサ・フレイム・ウィズイン」
123/147

9 雷の如く、嵐の如く

 〈バルトアンデルス〉の巨体が、左脚を軸にして回転した。右回し蹴りからの大振りなフックパンチ二連。

 

 〈クロガネ〉はステップで尋常ならざる速度の連撃が鼻先を掠めるのを回避。

 〈シロガネ〉は身を低く屈めて打撃をすり抜け、〈バルトアンデルス〉の左脚部装甲を薙ぐ。

 

 巨大騎からやや距離を置き、床を蹴ってターンを決める二騎。〈バルトアンデルス〉は〈シロガネ〉へ向けてビーム発射。前進する〈シロガネ〉の背後にビームが突き刺さるが、臆する様子はない。


 地を払うような〈バルトアンデルス〉の打撃。それを飛び越し〈シロガネ〉の剣が鬼面を襲う。腕を払った勢いそのままに胸部装甲をカタナの切先が掠める。浅い。

 

 背面後方跳躍する〈シロガネ〉への追撃の手が緩んだ。〈クロガネ〉の斬撃が左膝を狙ってきているからだ。

 左脚が跳ね上がって〈クロガネ〉を襲うが、ナガレは前に出ることで爪先ヒートマサカリを回避。ついでと言わんばかりに脚部装甲を斬りつけてゆく。


 〈クロガネ〉と〈シロガネ〉は止まらない。飽くまで〈バルトアンデルス〉への挟撃という陣形を崩さず、果敢に攻め立ててゆく。

 黒い嵐の如く、円弧機動を交えた斬撃で執拗に斬撃を与えてゆくナガレ。

 白い雷の如く、真っ直ぐに、迅速に、確実な斬撃を加えてゆくテンリュー。

 

 そう言った意味でも、対照を為す二騎であると言えた。見る者が見ればその姿は、古代ヤマト神話時代に暴虐の限りを尽くす鉄の巨人へ二人だけで挑んだという双子のサムライ・プリンスにも(たと)えたやも知れぬ。

 

 暴虐の鉄の巨人――〈バルトアンデルス〉もまた決して無抵抗ではない。両手両足を振り回し、機銃やビームを織り交ぜて〈シロガネ〉や〈クロガネ〉に痛撃を加えんとする。

 しかしその挙動の精彩は、確実に欠き始めていた。圧倒的な優位性を誇っていたのが、いつの間にか追い詰められている――ドライバーの心理状況が露骨に出ていたと言えよう。

 

 テンリューの騎体が加速し、ジグザグ・マニューバを描く。シントー・スタイルでいう〈カミナリ・スラローム〉である。

 

(イヤ)ァーッ!』

 

 その速度のまま、〈バルトアンデルス〉の足の間を斬り抜けてゆく。

 十五度の斬撃があった。十六度目のテンリューの一撃が、ついに〈バルトアンデルス〉の左脚部装甲を引き裂いていた。アーク放電ほとばしる亀裂の周囲には(おびただ)しい数の斬撃痕がある。ナガレも知らないことだが、その最初の一撃はヤギュウ・ハクアのものだ。まさに蟻の一穴が城壁を穿ったのである。

 とは言え、装甲を食い破っただけで内部フレームには傷もついていない。しかしそれがミズタ・ヒタニの逆鱗に触れた。


『おのれェーッ! この俺に傷をつけおって! 賤民がッ!』


 〈シロガネ〉へ振り下ろされる右腕部クロー。テンリューはそれを躱しざま、左手で抜いたワキザシ・ショートカタナを〈バルトアンデルス〉の右腕の亀裂に深々と突き刺した。

 

『グワァーッ!』

 

 爆炎を上げて弾け飛ぶ右腕。のけぞる〈バルトアンデルス〉。絶叫するミズタ・ヒタニ!


 テンリューは自騎を更に踏み込ませた。ロングカタナが左脚部の亀裂を更に斬り裂く。これによりフレーム破壊。〈バルトアンデルス〉が膝をつく。

 

「テンリュー! 肩を貸せ!」

『応!』 

 

 何故、などとは訊かなかった。〈シロガネ〉の肩を踏んで、背後から疾走してきた〈クロガネ〉が跳躍する。狙うは一つ、膝をついてもなお高い位置にある〈バルトアンデルス〉の首!

 

征彌(セイヤ)ァーッ!!」

 

 鬼面の口腔が〈クロガネ〉の方を向き、騎体を撃ち落とすべく開く。

 ビームが放たれる寸前、ナガレは予備のワキザシ・ショートカタナを叩き込んでいる。短い方が取り回しがいい。取り分けこのような場合には。

 

 本来は装甲の継ぎ目を狙うヤギュウ・スタイルの突き技〈アナジ・ピアース〉――その冷たい隙間風めいた一撃が、ショックビームジェネレーターを正確に刺し貫いていた。

 ワキザシを手放し、〈クロガネ〉は〈バルトアンデルス〉の背後に着地してピボット翻転、カラテめいた残心(ザンシン)を決める。

 

『な……なんだとォ~~~~~~ッ!?』

 

 抱え込んだエネルギーが暴発し、右腕の爆散よりずっと派手に、鬼面の頭部が弾け飛んだ。

 

 〈バルトアンデルス〉は、ナガレの期待通りには倒れなかった。膝立ちの状態でなお機能停止には至っていない。〈クロガネ〉と〈シロガネ〉で挟撃の構えに置きながら、テンリューがレーザー通信で言う。

 

『首を刎ねても倒れんな、こいつは』

「予想通りだとすれば、頭部の主電脳が破壊されても、ヒト電脳が補助の役割を果たすんだろう。――だが多分、大幅に戦闘力は落ちている」


 左腕機銃が火を吹いた。〈クロガネ〉を狙った射撃だが、単純な機動でも容易に回避できる。火器(F)管制(C)機構(S)すらロクに機能していないのだ。


往生際(オージョーギワ)悪いぜ、ミズタ=サン!」


 〈クロガネ〉が円弧機動で背面に回る。

 予備カタナを抜き放つナガレの脳裏に、鮮明なヴィジョンが描き出される。〈バルトアンデルス〉を蹴り倒す。カウヴェ・シティで仕損じた介錯(カイシャク)を行なう。

 

 しかし、それは実行されない。

 

『新手だぞ、ナガレ!』

 

 PPPP!! 電脳からの警告音。ヴァン・モンの「口」から来る、複数発のタネガシマライフルによる援護射撃。

 

 そして、単眼(モノアイ)に剣呑そのものの光を灯し走り来たる〈スティールタイガー〉。それを先頭にして四騎のイクサ・フレームが追従する。マクラギ率いる傭兵部隊〈ローニン・ストーマーズ〉だ。


 灰色の騎体と黒鋼の騎体がすれ違う。カタナは撃ち交わさなかった。

 

「――マクラギ・ダイキュー!」

『「サン」はつけろよ弟弟子!』

 

 非礼を咎めるマクラギの声は怒りにも似ていた。喜びにも似ていた。


「余計なことしやがって! こいつをブッ殺してからいくらでも相手してやるッてンだよ!」

 

 ナガレの腹の底から憤怒が突き上げた。ミズタ・ヒタニの命にもう少しで手が届くところで、またしても邪魔が入った。胃の腑が煮えそうになった。

 

『こっちも事情があるんだよ小僧!』


 銃撃が二騎の間を遮るように放たれた。ストーマーズの援護射撃。ナガレは更に後退しつつ、攻撃のための距離を測る。


(イヤ)ァーッ!』


 〈シロガネ〉が〈スティールタイガー〉へ斬りかかる。マクラギはバックステップ回避。〈シロガネ〉と〈クロガネ〉が並び立ち、〈スティールタイガー〉と対峙する。


 気づけば、ストーマーズが〈バルトアンデルス〉を護る位置に立っている。


『オットット! ……今のはシントー・スタイルか。しかし何の冗談だ? 色違いだと?』

『下ろし立てさ』

『アンタかテンリュー少佐。一度()り合ってみたいと思っていたが』

『褒めて貰っていると考えていいのかな、マクラギ=サン?』


 冗談めかしてテンリューが応じる。ただし、その構えには一切の油断はない。


「手を出すなテンリュー! そいつは俺の獲物だ!」


 ナガレが吼えた。


 〈バルトアンデルス〉の四肢が切り離された。恐らく外部の操作だろう。残った胴体を、ストーマーズのイクサ・フレームが四騎がかりで担ぎ上げた。


『強欲だな、ナガレ=サンよ? 〈バルトアンデルス〉を食って、その上この場で俺も斬ろうっていうのか?』

「介錯くらいは譲ったっていい。だが、アンタを地獄の釜の淵に追い込むのは俺の役目だ」

『そのために、何人殺した? 何人死んだ?』

「…………」

『応えられねえかよ。まぁいいさ』


 〈スティールタイガー〉が手にしたカタナで合図すると、ストーマーズの四騎がヴァン・モンの開いた「口」へ運んでゆく。


「逃げるのか」

『退く、と言ってくれよ。お前らのためにも時間をくれてやるんだぜ』

「時間稼ぎか」

『まあな。俺もお前と()りたいのはヤマヤマだが、もう二人だけのイクサじゃねえのさ。周囲を見てみろよ』


 周囲を見渡すまでもない。イクサ・フレームの残骸がそこかしこに散らばり、折角排除したデブリの仲間と化しつつある。その中には、ただちに緊急搬送を要するドライバーがあってもおかしくあるまい。

 

 そして〈グランドエイジア〉のカルマ(K)エネルギー(E)プール(P)も底を尽きつつある。

 

 テンリューが言った。

 

『一度退くぞ、ナガレ』

「……ああ」

 

 ナガレは短く応えた。無念は押し殺した。手に届く場所に、イノノベもマクラギもいるのだ。


 マクラギが言った。


『いいことを教えてやるよ。イノノベの爺さんはな、最終手段としてこのヴァン・モンをヤマトへ墜とす用意があるそうだ』

「何!?」


 思わずナガレは驚愕の声を口走る。


『それは流石に俺も困るんでな、まあ墜ちたら墜ちたでどうとでもするが』

「マクラギ=サン、何故アンタはそれを言う……というか、何故それでイノノベに与している?」

『契約を交わした以上雇い主には逆らえん。傭兵のリテラシーってヤツだ』

「笑わせるなよアンタ。人を斬りたいからだろうが、所詮」

『何だよ、わかってるじゃねえか』


 嗤う。まさしく悪鬼の嗤い方だった。


『待ってるぜ。ついでに、ハクアも連れて来な。あいつも俺の首を欲しがってるだろうからな』


 踵を返し、〈スティールタイガー〉はヴァン・モンの「口」へ悠々と帰還した。

 

 ……ナガレが言いようのない怒りを噛み締めていると、底辺の狭い二等辺三角形が、上天から滑り落ちてきた。その場のイクサ・フレーム――〈クロガネ〉と〈シロガネ〉しかいなかったが――は落下予測位置から大きく急速離脱。

 

 それはヴァン・モンの「顎」に突き刺さり、金属の足場を十数メートル引き裂いて進んで、ようやく止まった。

 〈ペリュトン〉の残骸だ。機能は完全に停止している。


 その騎尾から、サーファーめいて立っていた一騎のイクサ・フレームが飛び降りた。赤い装甲に金の鹿角――〈ヴァーミリオン・レイン〉だ。かなりの傷を受けているが、ともかく戦闘継続不可能ではないらしい。

 

『〈ペリュトン〉四騎、全騎撃破して駆けつけました! ――アレ? 終わってる?』


 サトミ・ヨシノからの通信から五秒後、ナガレが言った。


「……遅えよ!」

次回でこの話も終わり、そして要塞突入!

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