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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第10話「イクサ・フレイム・ウィズイン」
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8 黒鋼と銀灰

 間合を取りながら〈グランドエイジア〉はタネガシマを手にし、二点射する。対する〈バルトアンデルス〉は腕部機銃を構え、弾幕を張り巡らす。

 

 接近・回避・回避・射撃・接近・回避・射撃・接近――敵に読まれぬ機動をナガレは心がけた。イクサ・フレームの空間戦闘マニューバは大気圏の内と外とでは無論異なるが、それでも基本は応用出来る。

 

 ぶっ続けのシミュレーションが、予想以上に生きていた。

 

 互いの銃撃は当たらない。電脳の弾道予測に従って縦横無尽に動き回り、回避しているのだ。しかし、ナガレが見ても〈バルトアンデルス〉の機動性・柔軟性は驚くべきものがあった。全長五〇メートルの巨体とは到底思えない。

 

 弾切れしたタネガシマライフルを装填しながら、ナガレは直感した。

 

「その騎体――ヒト電脳を使ったな!」

『だから言ったろうナガレ=サン! 俺は悪魔に身も心も売り払ったとな!』


 通常の電脳は素材にイルカ・ブレインを用いる。そしてヒト電脳は――言うまでもないだろう。


 複雑怪奇なマニューバと銃撃応酬の末、二騎は「ヴァン・モンの顎」の上に立っていた。

 再び撃尺の間(ゲキシャク・レンジ)に入っている。

 

(イヤ)ァーッ!」

(イヤ)ァーッ!』

 

 イクサ・シャウトを高く上げ、二騎は同時に「顎」たる金属足場を蹴った。宙で交錯するクローとカタナ。互いにダメージなし。ターンを決めつつ、再び銃撃を応酬しながら間合を測ってゆく。

 

「まさしく悪魔の所業だな! 本当に見下げ果てた先輩(センパイ)だよテメエは!」

『抜かせ! イクサは勝利こそが大前提よ!』

「その精神が見下げ果てたッてンだよ! (イヤ)ァーッ!」

(イヤ)ァーッ!』


 ヒロカネ・メタルのカタナとクローが激しく、何度も斬り結んだ。

 右、右、左、下、右、左、下、上――相互に斬り、払い、まくり、打ち、薙ぎ、揮い、あらゆる技術を用い、そして応じた。その剣戟の速度は余りに熾烈、もし間に脚を踏み入れる者があればたちまちに(ナマス)めいた有様となったであろう。

 

 技術の確かさ、精妙さは〈グランドエイジア〉が上だが、それも微々たる差でしかない。対して出力は、〈バルトアンデルス〉が圧倒的に上回る。そして〈バルトアンデルス〉には分厚い装甲と五倍もの質量があるのだ。


 〈グランドエイジア〉は次第に防戦に回りつつあった。


 熾烈なチャンバラ・ラリーをなおも続けながら、ミズタは挑発を仕掛けた。


『どうした! さっきまでの威勢の良さは! 俺に殺された貴様の友人が泣いているぞ!』

「その汚え口を閉じろよ!」

『ハ! とにかく貴様は殺す! 殺さねば俺は前に進めんのだ!』

「少年カトゥーンの主人公気取りかよ……この逆恨みド・サンピンが!」


 斬り結びのさなか、掬い上げるような蹴りが来た。爪先先端には電熱溶断(ヒート)マサカリ付、直撃を受ければ〈グランドエイジア〉も真っ二つであろう。

 

 窮地に陥ったカラテ・ボクサーめいて脚部へダッキングした。人間で言えば子供が大人の脛に抱きつくような形だ。これでマサカリは当たらない。


 しかしナガレは〈バルトアンデルス〉の馬力をまだ過小評価していた。


『鬱陶しいわッ!』

「……グワァーーッ!」


 〈バルトアンデルス〉の左腕肘部ロケット点火、そこからの痛烈なパンチにより〈グランドエイジア〉は引き剥がされ、吹っ飛んだ。

 追撃のビームが来る。抉るような機動でそれを躱せたのは、追撃を読んでいたからだ。赤熱した溶融痕が金属足場に刻まれる。

 

「……チィーッ!」

 

 ナガレはグシャグシャのスクラップと化したタネガシマライフルを捨てた。咄嗟に盾としたための被害である。その他右腕肩部装甲とガントレットが大きく破損していた。とは言え、右腕部の動作に支障はなさそうだ。

 

 あのビームはナノウルシ・コーティングが持つ抗ビーム性能を容易に貫通するほどの出力がある。イクサ・フレームの携行兵器にはそこまでの威力の武器は限られている。それを内蔵火器として持っているのだ。

 

 加えて、その機動性・柔軟性も脅威だった。何度かナガレのカタナが敵の装甲を掠めはしたものの、致命的損傷には程遠い印象である。

 

 攻撃力、防御力、機動力――姿形は異なるが、それらを高度に両立させたこの異形のイクサ・フレームは、ナガレに否応なく〈ペリュトン〉を想起させた。

 

 ミズタ・ヒタニが吼えた。


『この〈バルトアンデルス〉はな! 俺が捨てた手脚より遥かに自在なのだぞ! わかっているのかサスガ・ナガレ=サンッ!!』


 〈バルトアンデルス〉が猪突と共に機銃を浴びせてきた。

 ナガレは自騎を右旋回回避させつつ、敵との距離を測った。決して敵騎を見逃しはしないものの、懐近く飛び込むには難がある距離だ。

 機銃がバラ撒く銃弾に混じって、ショックビームの赤光が空を貫き走る。恐るべき威力のビームだが、流石に連射は不可能なようだ。


 焦るな、とナガレは自分に言い聞かせた。焦りは禁物だ。確実に自分のターンが回ってくる。それを信じるのだ。

 それに――


「馬力や出力でゴリ押ししてくるだけの奴なんざ恐くもねえンだよ……!」


 それがシミュレーションで得た最大の戦訓だった。

 

 99%当たるはずの攻撃を躱され、テレポートで背後を衝かれ撃墜される恐怖。そちらの方が遥かに恐ろしい。それを百度近く味わったのだ。眼の前から飛んでくるビームなど、例え通常の三倍の出力だろうが恐るるに値しなかった。


 サキガケ・ヒカルとミズタ・ヒタニ。そもそもドライバーとして、サムライとして役者が違うのだ。


「奴の動きを超えろ! 奴の攻撃を超えろ! 奴の防御を超えろ!」


 足場を蹴って、〈グランドエイジア〉が最大戦速によるジグザグ・マニューバを行なう。ドライバーへの負荷をまるで無視した機動。〈バルトアンデルス〉の銃弾も捉えきれぬ。

 

 〈グランドエイジア〉はカタナを上段に構え、踏み込んだ。

 〈バルトアンデルス〉もまた右腕部クローを構え、踏み込んだ。

 

(イヤ)ァーッ!」


 ――(ギン)! 高速で馳せ違う二騎。

 

 〈バルトアンデルス〉の右腕クローのうち、一本が折れ欠けていた。

 〈グランドエイジア〉の手にしたロングカタナもまた、半ばで折れていた。

 

 戦闘機動は止まらない。二騎とも翻転した。上から見ればS字を描く(トモエ)機動マニューバである。

 

 ナガレはカタナを予備のものに持ち替え、再び〈バルトアンデルス〉へ打ちかかった。ただし、今度はクローとカタナはぶつからない。ミズタの薙ぎ払うクローを躱し、ナガレはその腕部装甲を斬り裂いていた。

 

『……ヌゥーッ! 小癪(コシャク)!』

 

 〈バルトアンデルス〉の脚が跳ね上がる。回し蹴り。ナガレは頭を低くして躱す。直撃すれば頭部が破壊されるようなキックが頭上を通り抜けてゆく。

 

 再び、巴を描くような翻転。

 まだ命には届いていない。だが二重の意味で手応えはあった。

 

 次はもっと深く――その時ナガレのニューロンに電流が走る。


 すぐさま横飛びに回避運動。三時方向から駆け抜ける荷電粒子ビームが「顎」の足場に突き刺さる。


「ヌゥーッ!?」


 この〈バルトアンデルス〉とは方向が違う。〈グランドエイジア〉のすぐ右を、横殴りの〈バルトアンデルス〉の一撃がすり抜けてゆく。ナガレは動きはやめない。

 

「新手か!」

 

「ヴァン・モンの口」の方向を〈グランドエイジア〉がオートフォーカス。僅かに銃口が見えている。ジュスガハラ高原でのビームスナイパーライフルに形状が似ていた。


 どうやら〈バルトアンデルス〉に夢中になりすぎて、敵の援護が存在する可能性まで頭が回っていなかった。俺のバカめ! ナガレは己を罵った。

 

 ナガレのニューロンを、一瞬の内に思考が駆け巡る。

 

 狙撃手をどう始末する? 〈バルトアンデルス〉によってタネガシマは破壊された。敵味方の残骸が無数浮遊しているが、それらから見繕おうとしても周囲にはない。その上、タネガシマを見つけても使えるかどうか――

 

 〈バルトアンデルス〉が跳躍した。ナガレは思考を一度打ち切り、〈グランドエイジア〉をステップ回避。金属の足場を〈バルトアンデルス〉のクローが穿った。更に斜めに跳ね上がる爪先ヒートマサカリが、〈グランドエイジア〉の胸部装甲を斜めに斬り裂く。

 

「グワーッ!」


 吹っ飛ぶ騎体。辛うじて踏みとどまる。幸いというべきか、コクピットブロックまではダメージは及んでいない。


 ナガレは横合いから狙撃の気配をビンビン感じている。前門の虎、後門の狼とはこのことだろう。


 〈バルトアンデルス〉が駆け出す。


『――ナガレ!』


 その時、叱咤に似た声が〈グランドエイジア〉のコクピットに届いた。ナガレは己の名を読んだのが誰か、そしてその意図を正確に読み取った。

 

 即ち、正面を向いたまま全力後退。騎体各部スラスターがそれを後押しする。


 その前方――〈バルトアンデルス〉と〈グランドエイジア〉の間を白い光に似たものが高速で通過してゆく。まるで稲妻だ。その様子に驚愕したか、〈バルトアンデルス〉もまた後退し〈グランドエイジア〉と距離を置いた。


 稲妻が「口」の中へ入ると、内部ですぐ爆発四散の光が見えた。


「口」の中からそれが姿を現す。イクサ・フレーム――シルヴァーグレイ装甲のイクサ・フレームが。そしてその騎体は――


「……テンリュー!?」

『よう、ナガレ』


 シルヴァーグレイのイクサ・フレームは旋回移動しつつ、タネガシマライフルを〈バルトアンデルス〉へ三点射した。大型異形の騎体が銃撃を躱し、あるいは防ぐ間に、ナガレもまた自騎をテンリューの騎体の元へ寄せた。

 

「……テンリュー、その騎体は?」


 黒鋼と銀灰のイクサ・フレーム。並ぶとよくわかった。ナノウルシのカラーは違えども、この二騎が同型騎であることが、だ。

 

 即ち――

 

『〈グランドエイジア〉だよ、ナガレ。お前と同じくな』


 テンリューが言った。

 同じ〈グランドエイジア(名前)〉を冠する兄弟騎。


 テンリューの〈グランドエイジア〉は、有機複眼の瞳が青かった。額に燃えるビームクワガタもまた青い。面頬(マスク)に彫り込まれた口元は謹厳に引き結ばれている。

 

 一方ナガレの〈グランドエイジア〉は、オレンジの有機複眼にビームクワガタ、攻撃衝動を剥き出すような抽象化乱杭歯の面頬(マスク)である。

 

 沈着さを示すようなテンリュー騎と、獰猛さを示すようなナガレ騎――これでは、誰の眼にも好対照を成しているように見えることだろう。


『お前のが〈クロガネ〉なら俺のは〈シロガネ〉――だから言っただろう?』

「俺とお前とは同じ運命にある――か」


 何故テンリューが〈グランドエイジア〉の兄弟騎を持っているのだとか、どこで手に入れたとか、そういう疑問は浮かばなかった。むしろテンリューが〈グランドエイジア〉に乗っていることは至極当然のことのように思われた。


 〈クロガネ〉が右に、〈シロガネ〉が左に、それぞれ跳躍した。〈バルトアンデルス〉のショックビームが二騎のいる地点を狙い撃ったからである。

 

『貴様ら――揃いも揃って俺をバカにするかッ!』


 ミズタ・ヒタニが怒号した。両腕の機銃が激しく火を噴く。

 それを円弧機動で躱しながら、〈グランドエイジア〉二騎はレーザー通信による私語をやめない。


「嫉妬かな? あいつ、友達いないからな」

『ミズタ・ヒタニ、か。聞くだに愚かな男だな。自らを辱めているのは自分自身であることに気づいてもいない』


 〈バルトアンデルス〉の、〈クロガネ〉は右手側に、〈シロガネ〉は左手側に、それぞれ挟み撃つ位置を取っていた。ナガレとテンリューは合図すらしていない。巧妙な位置取りである。


「奴が自分の愚かしさで破滅するなら別にそれでいいんだが」


 ナガレの〈クロガネ〉は肩に担ぐような上段に。

 

『お前の友を殺された――の、だったな』

 

 テンリューの〈シロガネ〉は揺るぎなき青眼に。

 

「だから、ツケは必ず払わせる。が、俺一人じゃちと辛い」

『わかってるさ。だから力を貸してやる。礼は要らんが、後でメシでもおごれ』

「あんまり高いのはダメだぞ」

『サーキット・スシ店で勘弁してやる』


 それぞれ己のロングカタナを構えた。

 

「じゃ――行くぜ、兄貴」

『フ、お前に合わせてやるよ、弟』


 同じ言葉を口にして、共通の敵〈バルトアンデルス〉に向かって踏み込んだ。


 俺とお前なら無敵だ、と。


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