1 赤紙来る
ナガレとソーキとガンジが視線を見交わし、頷きあった。
「……せーの」
部室のテーブルの上へ、三人共一斉にそれを置いた。アタロウとコージローが唾を飲む音が聞こえた。
実践訓練教育通知書。通称の「赤紙」は赤い封筒に入って渡されることに由来する。
「……ついに来たか」
ガンジがいつもより数倍は苦み走った表情で口にする。
「しょうがねーよ。実践訓練やンねーと卒業できねーんだ」
ソーキが諦念に満ちた口調で言う。
サムライ身体能力を持つ者にとって、実践訓練は卒業のための必須通過儀礼と言っていい。問題は、その内容だった。実戦さながらの実地教練。そして配置先や教官次第でそのハードさは乱高下するという。実際鬼教官の行き過ぎた「指導」によって潰される若きサムライ研修生のニュースは、年に一度や二度では済まない。
「今更クソみてえな鬼軍曹に人格全否定されたくねえよ」
「そこらへんユルユルだったな、ウチのスクール」
懐かしむような口調になる。卒業にはまだ随分間があるというのに。
肉体的には一般民である技師志望のアタロウとコージローには無縁の行事である。しかし心配と無縁ではいられないのだった。
「訓練中の事故で死亡することも十分考えられるんだよね?」
「あー…俺も聞いたっスよ。何期か前の上級生が、何の手違いか前線に送られて手足を失くしたって」
「やだ何それ怖い」
「そりゃ稀な例だろ……そうだよな?」
ケンヒトがやってきた。彼はテーブルの上の文書に気づいた。
「赤紙かぁ」
「ケンヒト=サンも行ったンスよね?」
「ン……まあな。歩兵の家だし」
サムライの家系にサムライが生まれるとは限らないが、統計的に見ればやはりサムライが発生し易い血統というものは存在するらしい。
「どうだったんです?」
「どうって……まあ、お前らが想像してるようなのだったよ」
「それだけじゃわかンねえっス」
ケンヒトは意地の悪い笑みを浮かべた。
「こうやって右往左往する下級生をニヤニヤして見守るのも上級生の特権ってヤツだからな」
「ヒドイ!」
「情報くらいくれたっていいじゃないっスか~」
「お前らも俺たちの苦しみを理解してくれ」
コージローがふと思い出したように言った。
「そう言えばケンヒト=サン、前から思ってたんですけど、何でいつも手袋着けてるんですか?」
後で訊くと、コージローの問いに別に理由はなかったらしい。ただ、勘が働いただけで。
「これな」
ケンヒトは右の手袋を外した。小指と薬指が根本から欠けていた。
「実践訓練でイクサ・フレームの内蔵火器が暴発、持ってかれた。ああ、気にしてないからお前らも気にするなよ。親父には悪いが、カタナを振るのを諦めさせて、俺はメカニックに集中することが出来た。そういう意味では運が良かったと思ってる」
……ヤマトでは再生医療は倫理的観点から長らく禁忌として扱われていた。解禁されたのは銀河戦国時代の末期になってからであり、今では手足の復活も可能だという。しかしそのコストは莫大かつ保険適用外、従って再生医療を受けられるのは富豪や大名・旗本クラスなどの富裕層に限られていた。一般層にまで広まるのはまだしばらくの時間を要するであろう。……
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一ヶ月後、サスガ・ナガレ、ガンジ・ワタリ、ツブヤ・ソーキの三名は実践訓練教育のためアッキ・シティへ向かう。




