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サムライ・エイジア  作者: 七陣
インターミッション4
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トゥルー・ストレングス♯3

〈エイジア〉2騎の交戦は3分に及んだ。

 善戦虚しくナガレはテレポートを繰り返すサキガケ騎に徐々に追い込まれ、エンジンにタネガシマ・ビームライフルを受け爆発四散した。

 

 もう二度シミュレーションを繰り返す。サキガケ騎との交戦でまたも敗れた。

 

『集中が切れた。寝る』


 ナガレは訴え、シミュレータから出るとそのままルームのソファに眠り込んでしまった。微動だにしない。

 

「自然に30分後には起きますよー」


 いくらか呆れた様子でヤチカが言った。コチョウもまた、呆れるしかない。まるで獣のようだ。

 

「にしても、異常な集中力だ(のう)


 通常サムライはシミュレータを重視しない。いくら丹念に仮想現実を電子世界に再現しようとも、再現出来ないものは存在するからだ。だから実際にイクサ・フレームに搭乗して動かし、稽古するに若くはないことは誰もが認めている。シミュレータは飽くまでイクサ・フレームが動かせない場合の代用品の扱いだ。実際、古い世代のサムライでは無用とする者も多い。

 しかしヤチカはサムライ・スクールの戦騎科では、シミュレータによる訓練時間をもっと増やすべきだと言う。


「ある程度まで行くとですねー、(ゼン)めいた様相を呈しますねー。自分自身と向き合うということですー」

「禅、か」


 対戦相手のいない、CPUとのイクサ。それは確かに、突き詰めれば自分自身との闘いに通じるだろう。

 対戦相手すらいない、孤独な闘いである。それがナガレの、強さへの挑戦なのだ。


「まー、スクールのカリキュラムについてはー、私が心配までもなくそうなるとは思いますよー。イクサ・フレームは動かすだけでコストがかかりますしー」

「若い世代のサムライはイクサに備えよと言われるだけで、戦争を目の当たりにせずに育つことが多い。実際彼らには屈託がないな。彼らの父親や祖父の世代とは大違いだ」


 しかし、将来的にどうなるかはわからない。コチョウとしてはここ数年が峠だと思っている。


「戦火は燻り続けてますけどねー。ただ、平和な場所からは見えないだけでー」

「辛辣だな」

「私の息子は三つになりますけどー、彼らの世代が戦争に巻き込まれることを考えるだけでー、やはり憂鬱になりますねー」


 ヤチカは嘆息した。

 そう、峠を超えても、山あり谷ありという可能性は低くない。ヤマトの歴史は波瀾万丈極まりないのだ。

 過去の轍を踏むか、それとも新たな繁栄を築くか。それはグレート・ブッダですらわからぬだろう。


「そう言えば、ナガレ=サンの母親はどうしてますかー?」


 無論、ヤチカはナガレの来歴を知らない。


「あれは元より孤児でね。わたしの方で独自に調査中だよ。尤も本人は存在すら気にしたことがないらしいがね」

「……息子にそう思われるのは悲しいですねー」

「……そうだな」


 二人共、それきり何も言わずに抹茶を啜った。


 茶を飲み干すと、コチョウは立ち上がった。〈グランドエイジア〉ver.1.2の試験起動の時刻を告げ、部屋を出た。


 コチョウは専用スペースでサナダ・カーレンとチャットを繋ぐ。布陣は開始したばかりで、戦端はまだ開かれていない。たださほど猶予はない。

 予定では、電子戦艦〈フェニックス〉は今から目標座標まで24時間以内に到着するだろう。戦端を開くのは出来る限り引き伸ばして欲しかったが、カーレンも確約は出来ないという。可能ならばイノノベ軍の不意を衝いた形にしたいからだ。

 

 あの会談では誰も口にしなかったが、作戦に参加する全ての陣営がイノノベの所有する技術(テック)を欲しているのは明らかだった。〈セブン・スピアーズ〉技術の破棄乃至封印を心に決めているコチョウですら、その知的好奇心を抑えられないのだ。ましてや他の陣営はありとあらゆる使い道を思索していることだろう。

 

 イノノベ軍追討作戦、通称〈オペレーション・ラクシャス〉。正規の目的たるイノノベ逮捕(何しろ奴には訊くべきことが多すぎた)のその裏では、まさに悪鬼羅刹(ラクシャス)めいたお宝争奪戦が繰り広げられるだろう。平等な分配という選択肢は最初からないも同然であった。出遅れた者はそれだけで損だ。

 

 それを手に入れてどう使う、とコチョウは尋ねた。

 わからない、とカーレンは答えた。

 自陣営がデータを発見した場合破棄することをコチョウは確認した。カーレンはそれについては頷いただけだ。


「ただしイノノベは活かす。奴の背後についている連中に興味がある」

『不老不死かい』

「そうだ。恐らくは真にヤマトの敵たりうる者たちだ」

『えらく確信的な物言いだね?』

「それ以上はまだ裏付けがないのでな。ただ、古い友人が関係していたとだけ言っておこう」

『古い友人ね。聞いてもいいことかい?』

「いや、訊かないで欲しい。何も聞かなかったことにしてくれ」

『わかったよ』


 その後細かい要件だけを話し、通信を打ち切った。

 

 コチョウは一時間の仮眠を採った後、格納庫へ向かった。そこにはオーヴァーホールを終え、マイナーチェンジの済んだ〈グランドエイジア〉が静かに膝立ち姿勢でそのときを待ち構えているようにも見えた。

 

 定時になってもナガレが来なかった。

 

「……アヤツ、遅いの」 


 コチョウが不機嫌そうにぼやくのへ、ナガレより先に来ていたヤチカが言う。


「もうちょっとでクリア出来るそうですよー」

「あのテレポーターを?」

「理論的には可能ですー。ウチに以前いたテストドライバーが実際クリアしましたー」

「ほう? その人物に会いたいものだな?」

「どこへいるのやらわかりませんけどー。根っからのドライバーですしー、傭兵でもやってるんじゃないですかねー彼ー?」


 足音が近づいてきた。ナガレだ。

 

「ヤッタ! ヤッタぞ! 俺はヤッタ!」

 

 彼はまず手近なコチョウと、次にヤチカとハイタッチした。

 

「……クリアしたようだの」

「応よ! 俺はヒカルに勝ったんだ! 3億8901万5800点! フッフーウ!」


 ジトーやヨサクやジスケ、その他名前もよく知らないネオ・アマクニ社スタッフと奇声を上げてハイタッチを続けるナガレに対し、皆困惑していた。ジトーなどは狂人を見る目を向けていたが、ナガレは一切気にしていなかった。寝不足とミッション・コンプリートでテンションが狂っているのだから、実際ほぼ狂人のようなものである。


「で、ナガレ=サン――」

「これが新しい〈グランドエイジア〉か!」


 コチョウがそろそろ釘を刺そうとしたところで、ナガレが自騎へ視線を向けた。


「ウン! いい強化だ!」

「わかるか?」

「ああ! いい面構(ツラガマエ)だ!」


 面頬(マスク)含め頭部の外装は修理以外一切していないのだが、そういうことを言った。

 きっと騎体の放つ気配(アトモスフィア)の変貌に言及したのだろうとコチョウは思った。

 あるいは半分狂っているせいか。

 もし後者だとしても一時的なものだろうが、少しコチョウは心配になる。


「お前も早く闘いたいか、〈グランドエイジア〉。俺もだよ」


 自騎へ呼びかけるナガレの口調は非常に落ち着いていた。どうやら正気らしい。コチョウ含むスタッフ一同は露骨にほっとした。


「早く、闘いてえ――」


 ぐらりとナガレの上半身が崩れた。それを傍にいたコチョウとヤチカとジトーで支えた。

 

「ね、寝てやがる……」


 ジトーが呆れたように呟いた。 

 ナガレは、気絶するように寝ていたのだ。

 コチョウが溜息を深々と吐きながら指示する。


「ジスケ=サン、ヨサク=サン、わたしとジトー=サンと代われ! 仕方ない、ヤチカ=サンが試験起動せよ」

「了解ですー」


 名状しがたい表情でヤチカが応答する。きっと自分もこんな表情をしているのだろうとコチョウは思った。

 ヤチカと大差ない表情でジトーがナガレの顔を覗き込んだ。


「それにしてもこいつめ……」


 ナガレは燃え尽きたような、虚脱したような寝顔をしていた。コチョウは思わず笑いを漏らしてしまった。

 

「何やら満足そうな顔しておる」

「……そうか?」


 ジトーは首をひねった。


 コチョウは、何だかナガレが羨ましくなってしまった。

 

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    インターミッション「トゥルー・ストレングス」終わり

【次回予告】

誰も彼もが戦火の中へ身を投げ出してゆく。

その身を巡る血のため。カルマのため。身に染み付いた教えのため。

あるいはそれをサムライの性質サガと呼ぶ。

星となって散るか、己だけの星を掴むか。

一天地六は賽の目次第、後は野となれ山となれ。

第10話「イクサ・フレイム・ウィズイン」

……今ぞ、我ら修羅に入る。

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