8 片割れの剣たち
「サスガ・ナガレ=サン」
面会テントから出ると、若い女性サムライに声をかけられた。ショートヘアの女性士官。細身だが胸は豊満である。ナガレは彼女に見覚えがあった。ミサヲに絡んできた下級サムライ共を殴り倒した人物だ。
彼女は沈着冷静そのものと言った態度で、自己紹介をした。
「タツタ・テンリュー少佐の副官、イズモ・アヤメ少尉と申します。テンリュー少佐があなたをお呼びです」
ナガレは頷き、アヤメの後をついていった。
「アヤメ少尉は、テンリューの副官になって長いのかな?」
「そろそろ二年になります」
「軍人としては、どういう男なんだ?」
アヤメはナガレの方をちらと見た。
「非常に優秀な方ですよ。ナガレ=サン、あなたは彼の御養父上のことはご存知ですか?」
「タツタ伯爵だな。知ってるよ」
「はい。彼が若くして少佐の階級に上ったのは、伯爵のお引き立てがあればこそ、という評価は事実です。しかし、タツタ・テンリューという方がそれだけの能力を持つ人物であることも、また事実です」
「随分買ってるんだな」
ナガレは嬉しくなった。一方のアヤメは冷静そのものと言った態度を崩さなかった。
「客観的事実です。彼が組織で果たした役割は、申し訳ありませんが機密ですので」
「それだけ重要な役割だったんだろう。だから俺も訊かないよ」
「了解していただけて助かります」
アヤメの言葉の言外の意味をナガレは察した。だからテンリューにも尋ねるな、ということだ。
「テンリュー少佐。サスガ・ナガレ=サンをお呼びしました」
「よう」
ミサヲと、テンリューだった。二人共大分リラックスした感じだった。
「三人だけで話をしたい、アヤメ少尉」
女性士官は頷き、姿を消す。
「……ニンジャなのか?」
「ノーコメントだ」
真面目くさった表情でテンリューが言った。イエスと言っているようなものだが、ナガレは何も言わないことにした。
ぽつぽつと、話し始めたのはナガレからだった。
「ハチエモン、ってサムライに拾われた。そのセンセイが殺されて、今は仇討行脚だ」
「そう言えば、変なボキャブラリーよね、ナガレって昔から」
「言えてる」
ミサヲが言う。テンリューが笑う。
「俺とミサヲはタツタってオッサンに拾われてな。ある日、ミサヲがプリンセスだとわかった」
ミサヲは寂しそうな笑みを浮かべた。その表情で、彼女の苦労が垣間見えた。
「わたしに与えられた名字はハルマ。その名前で学校に通ったりもしたのよ」
「ハルマ・ミサヲか。トヨミ・ミサヲよりはいい名前じゃないのか?」
言ってから不敬を咎められるかと思ったが、テンリューは声高く笑った。快活そのものの笑いだった。
「ハハハハ! ナガレの言う通りだと思うな、俺も!」
「もう、テンリュー! ナガレも!」
三人の会話はどこまでもとりとめなく、そして楽しかった。
「俺以外にも友達は出来たか、テンリュー?」
「年賀状を送る相手は多いんだぞ」
「少佐だから当然でしょ、それって」
「でもまぁ、いいセンパイはいたよ」
「俺にも友達が出来たよ。いいセンパイもクソみたいなセンパイもいた」
「わたしも同じ!」
家族なのだ、と思った。離れていても、絆は変わらなかった。それが何より嬉しかった。
「……間もなく、ミサヲのトヨミ公女冊立が正式に行われることになる」
「それによって正式に、ミサヲの存在が世界中に知れ渡ることになるのか」
ナガレは確認するように言った。テンリューは頷いた。
「今まで良く隠し通せたと思う。が、そろそろ限界だったようでね。ヒデオ殿下に相談して、なら、ということになった」
「ヤギュウやサナダにもミサヲの存在をバラしたのは?」
「知らせて、味方になってもらうことにしたんだ。無論、〈フェニックス〉にも」
テンリューの口調は、いつになく真摯だった。
「だが、それだけじゃ足りない。ナガレの力が必要だ」
真摯な視線がナガレを射抜くように見据えた。
「ナガレ、俺たちは二人で一組のカタナだ。多分、そういう運命にある。ミサヲを守護る運命だ」
彼の眼が、少し和らいだ。
「ミズ・アゲハにも言ったよ。お前が欲しいって」
「別に俺はホモじゃねえぞ?」
「奇遇だな、俺もだ。ハハハ!」
「ハハハ!」
テンリューが笑い、ナガレもつられて笑った。ミサヲも口に手を当てて笑っている。
この際、ミサヲがテンリューをどう思っているのか、そしてテンリューがミサヲをどう思っているか訊きたかった。けれど訊かなかった。それは本人たちの問題だからだ。
「で、彼女はなんて?」
「今は無理だが、将来的にはナガレの意志に任せるとさ」
ナガレは頷いた。コチョウのいいそうなことだ。ミサヲの方をちらと見ると、彼女はすぐその視線に気づき、困ったような表情を浮かべた。
「わたしは、軍事には知識はないから」
そんなミサヲに、テンリューが誘導尋問めいて訊く。
「でも、ナガレがいてくれれば、少しは心強くなるだろう?」
「ええ、まあ、ね」
否定はしなかった。嬉しいよりはむず痒い感じに襲われた。
「ま、生き延びてから考えることにしよう」
ナガレは軽々しい口調で言った。
テンリューの懐で無味乾燥とも思える携帯通信端末の着信音が鳴った。ナガレには覚えがあった。「機動武者エイジア」で、主人公騎である〈エイジア〉が発する独特のアラート音だ。
なんとも言えない懐かしさにナガレは襲われた。
「テンリューだ。……そうか」
短く応答し、テンリューが席を立った。
「行くのか?」
「ああ。済まないな、ナガレ」
「いいさ。忙しいんだろ、少佐殿?」
「まあな」
「それじゃあ、宇宙でな」
「ああ、宇宙で」
テンリューがテントを出て行った。
「じゃあ、俺も行くよ」
ナガレも席を立ちかけ、そこで思い出した。
「そう言えば、子供たちは?」
「彼らは孤児院に行くことになったそうよ」
「そうか。よかった」
「ナガレ」
「ああ」
「また、こうやって三人でお喋りしましょうね」
「ああ、そうだな」
× × × ×
翌日、電子戦艦〈フェニックス〉号は軌道カタパルトを使って宇宙へ向かった。
決着をつけるために。イノノベ・インゾー。ミズタ・ヒタニ。そして……マクラギ・ダイキュー。
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第9話「オッド・ブレイド」終わり 第10話「イクサ・フレイム・ウィズイン」へ続く……
第10話「イクサ・フレイム・ウィズイン」はIXA-FRAMEではなくIKUSA-FLAMEなんだね。
なお、インターミッションを挟む可能性は高いです。