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サムライ・エイジア  作者: 七陣
インターミッション1
11/147

イクサ・アフター

「ケーンジ・ヒカルはスケコマシー」

「「「「ケーンジ・ヒカルはスケコマシー」」」」

「食ったー女は数知れずー」

「「「「食ったー女は数知れずー」」」」

ユーノーワッツ(アンタ知ってるかい)!?」

「「「「ユーノーワッツ!?」」」」

アイノーワッツ(俺が何を知ってるって)!?」

「「「「アイノーワッツ!?」」」」


 ナガレの品性に欠けるランニング・チャントに応じ、アタロウ、ガンジ、コージロー、ソーキの四人がそれに唱和する。そして品性のあるランニング・チャントなど存在しない。


 六百年前の貴族ケンジ・ヒカルの名前は稀代の色事師として残っている。彼の生涯を描いた伝記は当時の旧都オールド・ミヤコの風習を活写した資料として国語の教科書に載る古典だが、その内容のために学生たちの侮辱的暇潰しの種に使われもするのだった。


 ――植民初期からの貴重な科学技術テックを保存しながら、内裏ダイリ・パレスに閉じこもって民の塗炭の苦しみから目を背け続け、権力闘争や和歌ウタ俳句ハイクに明け暮れた旧都オールド・ミヤコの貴族どもは侮蔑以外の何物にも値しない――多くのサムライの共通認識である。


 放課後、自主的なランニングである。トーナメント後、ファクトリーとしての活動は半ば休止中だが、予算をもらうためには活動しているという名分を一応にでも成立させておくに越したことはない。


 トーナメントに勝とうが負けようが、スクール生活は卒業するまで続く。チーム・フェレットの活動はナガレたちの卒業後もずっと続いてゆくだろう。


 スクールはあの頃の熱狂が嘘のように静まり返っていた。弛緩していた、とも言える。ヤギュウ・ハイスクールのゆるさは、他の士立スクールではありえないことらしい。


 ナガレのトーナメント準優勝から九〇日が経った。あれからチーム・フェレットに対する学内の扱いは目に見えて変わった。まず侮りを受けることがなくなった。学食のオバチャンがサービスしてくれるようになった。他の生徒たちから露骨に避けられていたが、それもなくなった。


 ウスキ・ノビジは素直な賛辞を口にした。

「オメデトウゴザイマス、サスガ・ナガレ=サン。君とイクサ出来たことを名誉ホマレに思う」


 シラトリザワ・ゴモエからはお褒めの言葉を預かった。

「ハクア=サンをあそこまで苦戦させるなんて、やりますわねアナタ。将来ワテクシの副官にして差し上げてもよろしくてよ」

 丁重にお断りした。


「……」

 モチヒコは相変わらず寡黙だった。ただ、キン…! 常に携えた家伝の短刀の鍔鳴ツバナリ、その金打キンチョウで敬意を表してくれた。


ホヤからは彼らしい祝勝の言葉をもらった。

「まァキミにしては上出来と言うべきですかねェ……ええ、僕が参謀本部に上がったらキミをコキ使ってあげましょう」


「ミズタ・ヒタニ=サンは休学したよ」

 ミズタの取り巻きだった生徒が言った。

「君らにはひどいことをしてしまった。ゴメンナサイ」


 ……いずれにせよ勝ち取った平穏を、ナガレたちは満喫していた。


 ランニングを終えて五人は部室へ戻った。

 アタロウとコージローは特に息が荒い。彼らは一般民カタギであり、カルマ受容値は零に近く、従って体力はサムライ体質者に劣る。なおソーキはカルマ受容値がサムライとしての、ガンジはイクサ・ドライバーとしての下限ギリギリだ。

 カルマ受容値はサムライの証明、高ければ高いほど理想のサムライであると見なされている。しかし平均的なサムライならば受容値の変動などいくらでも起きうるというのが近年の科学的検証の結果だが、長年の通説を覆すに至っていないのが実情だった。

 測定時に平均より高め程度だったナガレとしては、あまりこだわりはない。


 無論数値的に理想的なサムライなどヤマトの総人口比からすれば極々少数である。そしてサムライの支配構造を維持するにはそれなりの員数を必要とする。その都合上、時代を経るごとにサムライの定義はどんどん拡大解釈されてゆき、今日こんにちトクガ・ショーグネイションに於いては「ショーグネイションに所属し、その支配に貢献する者」は皆サムライということになっていた。つまり、下級公務員も軍属も皆サムライなのだった。


 アタロウはメカニック。コージローは電脳調律。ソーキは補給。ガンジは主計。ここにイクサ・ドライバーのナガレを加えてチーム・フェレットの主要五人である。


 部室では何人かのスタッフがソファーに座り、駄弁りながらTVを見ていた。チャンネルはTVエド・ポリスの「アフタヌーン映画」枠、画質からしてナガレたちが生まれるよりずっと前のヒロイック・ファンタジー映画だ。


「戻りましたセンパイ方」

「おう、オカエリ」

 あちこちがほころびたソファーに座ったままのケンヒト=センパイはテーブルに無造作に広げられたセンベイを黒手袋をつけたままの手で指す。


「オツカレサマ、食っていいよ」

「イタダキマス」

「あ、センパイお茶どうです?」

「今日は『ブッダ・サーガ3』っスね。楽しみだったンス」

「昨日は『2』だったっけ…見損ねたよ。作風的に一番好きなんだけど」

「俺は『3』が好きだなぁ、アクション重点だし」


 画面の中、厳しくも高貴さを感じさせる男前の主人公が長剣を構える。敵国の間者によって古城に拐かされた美姫を救出したものの、すぐ青銅の肌を持つ魔物に発見されてしまったのだ。――キン! キン! キン! 剣と長く伸びた爪とが激しく斬り結ばれる。


 テロリロリン、テロリロリン――迫真のアクションシーンの途中、不意に視聴者の没入を妨げるノーティス音が鳴った。画面上に臨時ニュースのテロップが点滅した。


「ンだよ臨時ニュースかよテレ・エドの癖に」

 誰かがボヤいた。


『本日未明、ナバリ市内にて爆弾テロ発生。死傷者多数。トヨミ軍残党の一派が声明を発表』


「テロのテロップかよ」

「トヨミ残党も飽きないねェ」

「つーかナバリってどこだよ」


 戦争は百年も前に終わっていた。かつてはトクガ・ショーグネイション最大の敵であったトヨミ軍残党も、百年の平和を経た今では遠い辺境で気まぐれに世を乱す傍迷惑なパブリック・エネミー程度にランクダウンしている。


 テロップが消えると、映画がまだ続くらしい様子に一同安堵した。


 ガンジが爆弾を投げつけてきた。

「そう言えばナガレ=サン、お前さんハクア=サンと二人で会ってたんだって? 祝勝会の夜?」


「マジで!?」

 驚くアタロウ。


「オイオイオイ、死ぬぞコイツ」

 脅すソーキ。


「全星ハクア=サン・ファンに殺されるな…」

 コージローが冷やかす。

 何故それがバレたのか。ナガレは弁明する。


「会っただけだよ。大したことなんかは話しちゃいない」

「本当かー? 隠すとタメにならねーぞー?」


 ソーキが肩を組んでくる。鬱陶しい。ナガレはこの場を潜り抜けるためのネタを必死にニューロンから絞り出した。


「そういうソーキ=サンはどうなんだよ?」

「エ?」


「そう言えばソーキ=サン、チーム・サクラのスタッフの子と何やらいい感じじゃなかった?」

 コージローが全く悪意なくフォローする。


「あああの! 眉毛の太い娘っスか!」

 アタロウが追い打ちする。


「ソーキ=サン、詳しく聞かせて貰おうか」

 ここに来てケンヒトが絡んできた。


 爆弾が完全に自分の手元にあることを悟り、ソーキはナガレに視線を送る。ナガレは、緑茶オチャを啜って知らん振りを決め込んだ。


「ネンゴロしたのか、ネンゴロ?」

「チンチン・カモカモ?」

「ね、ネンゴロもチンカモもねーよ! 手を握っただけだって!」

 ガンジとアタロウに絡まれ、ソーキが悲鳴を上げる。


 しばらく終わりそうにないソーキへの難詰の様子を見ながら、ナガレは笑った。この日々がずっと続けばいいと。


次回から新章、ご期待下さい!

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