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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第9話「オッド・ブレイド」
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3 大切なことは結局何も

「トクガのコシヌケがッコラー!」

「トヨミのクサレハラワタがッオラー!」

 

 口汚い罵声が飛び交う! 言葉は意味を成していない。あるいは、意味のある言葉を交わす段階を通り越したか。それは危険な兆候だ。

 

「お姉ちゃん、コワイ!」

「あのオ・サムライ=サン、コワイ!」

「ダイジョウブ、お姉ちゃんに任せて」


 幼子たちが怯え出した。彼らをなだめる言葉を言ってから、ミサヲは立ち上がった。

 

「オイオイオイ……」


 ヨモギがオタマを置き、頭のスカーフを拳に巻き付けた。戦闘準備ということだ。護衛がついている以上よもやとは思うが、ナガレも万が一のことがあれば飛び出す肚は決まっている。

 

「あなた方!」

 

 いがみ合う二組の横合いから、ミサヲが大きな声をかけた。十人の視線が少女に集まる。ミサヲは恐れ気なく、十人のサムライへ睨み返した。

 何たる胆力か! 下級と言えども優に身長二メートル体重百キロを越えそうな巨漢サムライもいるのだ。一般人ならば軽く殴り殺せるだろう。そしてミサヲにはサムライ適正はない。ナガレは舌を巻く思いでそれを見守った。

 

「ここは民間の人々がいるのですよ。サムライとして恥ずかしいとは思わないのですか?」

「何だァお嬢ちゃん?」 

「俺たちは戦闘種族サムライだぞ!」

「とっととオウチへ帰ンな!」

「それとも俺たちと遊びたいッてのか?」

「ヘッ! 夜鷹(ヨタカ・ガール)にしては上玉だぜ!」


 巨漢がミサヲの顔に手を伸ばす。彼女はしたたかにその手を払いのける。

 

「向こう見ずで怖い物知らずのお嬢ちゃんじゃねえか! 俺はこの手の女をモノにするのが大好きなんだ!」

「ハン! トクガの腑抜けが珍しく気が合うじゃねえか!」


 険悪アトモスフィアが漂う! ナガレが割って入ろうとしかけたとき、


「貴様ら、何をしている」

「あなた方、何をしているのです」


 タツタ・テンリューだった。特にテンリューの襟を飾る少佐の徽章は効果絶大だった。

 

「ハッハイ!」 


 サムライ五人が直立不動姿勢を取る。彼らを侮蔑的視線で睨みつけたテンリューの後ろから影が奔り出た。

 

(イヤ)ァーッ!」

「グワーッ!」


 シャウト一閃、トヨミ下級サムライの身体が地に倒れ伏した。咄嗟に他の四人も反応出来なかった。女性士官は拳を揮い続けた。

 

(イヤ)ァーッ! (イヤ)ァーッ! (イヤ)ァーッ! (イヤ)ァーッ!」

「「「「グワーッ!」」」」

 

 四撃の修正パンチ! 四つの悲鳴が唱和し、仲良く地に倒れ伏すトヨミ・サムライたち! 達人! ナガレやヨモギが思わず拍手しそうになる鮮やかさであった。

 拳をさすりながら、女性士官は事態の推移に戸惑うトクガ・サムライを睨みつけた。その視線が宿す強いカルマに、五人のサムライが怯んだ。

 

(けい)らの軽率な行動がどんな結果をもたらすか、わかっているのだろうな?」

「「「「ハ、ハイッ!」」」」

「ならば、戻れ。トクガ方とは言えども、次は拳だけでは済まぬぞ!」

「「「「ハ、ハイッ!」」」」

「その前に、あの御婦人に陳謝せよ」

「「「「ご、御無礼を申し上げ! 誠にスミマセン!」」」」


 深々と腰を折った謝罪のオジギである。ミサヲはやや当惑しながら、それを受け入れた。

 

「……わたしはいいのです。ただ、もう二度と繰り返さないでください」


 女性士官の声が再度飛ぶ。


「幼子たちにも!」

「「「「スミマセンでした!」」」」


 子供たちへも謝罪! 当人たちは顔を見合わせていた。


 トクガ・サムライが自陣へ戻ってゆくのを見ながら、ヨモギは訳がわからないという表情をしていた。少し離れた場所でミサヲとテンリューが話をしている。内容までは聞こえない。ナガレはぽつりと言った。

 

「危なかったな」

「ミサヲ=サンが?」 

「あの下級サムライどものことさ」 


 テンリューが、本気で怒っていたことにナガレは気づいていた。殺意に近い怒りのカルマの放散。あの女性士官が咄嗟に下級サムライどもを殴っていなければ、その場でテンリューは彼らを手打(テウチ)にしていたかも知れない。気が利くサムライだ、もしかしたらテンリューの副官に当たる人物だったのだろうか。

 ミサヲを前にすれば、テンリューにとって全てが意味を失う。常識や道徳、倫理さえも。全く変わらない、テンリューの性質だった。


 尤もナガレはそこまで説明する気がなかった。ただこう言い添えた。

 

「タツタ・テンリュー少佐。俺の幼馴染だ」


 ヨモギが面妖なものを見る眼でナガレを見た。

 

「……ミサヲ=サンがナガレ=サンの幼馴染で、タツタって人も幼馴染だろ? てことは、ミサヲ=サンとタツタ=サンも?」

「正解」

「二人共トヨミのエラい人なのに、ナガレ=サンは何してンだ?」


 ナガレはその質問に答えることが出来なかった。全くヨモギは意図していなかっただろうが、それは地味に核心を突く質問だったからだ。


「本当に、あなたは何をしてるのでしょうか、ナガレ=サン?」


 ヤギュウ・ハクアがそこにいた。

 テンリューもこちらを見ていた。互いに目礼を交わし、歩み寄る。

 

「我が方のサムライが御無礼を致しました。タツタ少佐殿」

「いや、先に礼を失したのは我が方のサムライであったかも知れん、ヤギュウ中尉」


 テンリューが鷹揚な笑みを浮かべた。


「だから貸し借りは無しということで」

「……そうですね」 


 ハクアの視線が動いた。その先には、ミサヲ。

 

「そうだ、忘れるところだった。明日、四者会談を行いたいのだが。都合のいい時間帯を教えて頂けるかな、中尉」

「では、午前十時でよろしいでしょうか?」

「承知した。ああ、ナガレ。お前も出るんだぞ」


 唐突に話を振られた。


「エ、俺も?」

「当然だろう。お前はかの電子海賊の名代なのだからな」


 テンリューと副官であろう女性士官は去った。

 ミサヲも寂しげな笑みを浮かべ、子供たちやナガレ、ヨモギに別れを告げた。

 大切なことは何も話せないままだった、とナガレは思った。


 名残惜しく彼らをいつまでも見送っていたナガレに、ハクアが声をかけた。


「一緒に食事でもしませんか、ナガレ=サン?」

「嬉しいねえ、ハクア=サン」

 

 始まるのは事情聴取だろう、ということは容易に想像がついた。

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