2 懐かしき日々の記憶
子供たちを説得し、四人連れ立って炊き出しへ向かう。
道すがら、ナガレはミサヲの方をちらと見た。何度も見た。途中、眼が合った。ミサヲがちょっと笑いかけてくる。ナガレは何故か目をそらしてしまう。
10年ぶりの再会である。ミサヲとも、テンリューとも、話したいことは山程にあったはずだ。なのに思い浮かんだ言葉は、どれも相応しくないように思えた。
ミサヲは綺麗になった、とナガレは思う。
空の色は夕方のオレンジから夜の紫に変わりつつある。ぽつぽつと照明が灯っているところもあった。炊き出しの列も少なくなっている。
「割り込みはダメッスよカタギの皆さん。列に並んでくださーい。人が少なくなってきたからもうすぐですよー、っと」
「ドーモ、ヨモギ=サン」
「何だ、ナガレ=サンじゃん」
炊き出し配給をクジカタ・ヨモギが手伝っていた。右手にはオタマ、頭にスカーフを、身にエプロンを着けた炊き出しスタイル。その胸は平坦である。
「ヨモギ=サン、この子たちにお願いするわね」
ナガレとヨモギが何かを言う前に、ミサヲが指示を下す。ヨモギはオタマでスチロール製の椀に味噌仕立て豚汁を注ぐ。配給担当の年配女性サムライがオニギリを子供たちに手渡す。
ミサヲが子供たちの相手をしている間に、手の空いたヨモギと話をした。
「ナガレ=サン、ミサヲ=サンと知り合いだったのかよ?」
「幼馴染だ。ヨモギ=サン、家に帰らなくていいのか?」
「ウチはアンマ・マッサージ院でね。マスコミを連れてったらお客さんの迷惑になっちまうだろ」
「ヒーローは辛いな」
「チッ、誰のせいだよ……でもまァ、そーゆーこと」
ナガレが他人事めいて言うのに対し、ヨモギは露骨に舌打ちしながらもそう認めてみせた。
地元の女子高生サムライが拉致された人々を救った。そういうセンセーショナルな軍広報に、マスメディアはまんまと飛びついたのだ。
言うまでもなくナガレは電子海賊の一味であり、その活躍は秘匿しておきたいところだろう。ニンジャの活躍も同様だ。そういう意味でも、ヨモギの存在は非常に都合がいいことに違いなかった。
「ミサヲ=サンは細かいところに目端が利くから、実際皆助かってる。一軒一軒スラムの家を見回って、炊き出しに来れない年寄りに直接食べさせたりもするんだぜ」
ヨモギは小首をかしげながら言った。
「ときどき、敬語だけどトヨミのサムライたちに命令してたりもするんだよ。……ミサヲ=サンって、実はお偉い人だったりするのか?」
ヨモギの素朴な疑問に対し、ナガレは答えなかった。
多分、ヨモギは驚倒するだろう。ナガレもそうだったように。何かの冗談としか思えないことだった。
ミサヲがトヨミのプリンセスだ、などとは今も信じられない。
ナガレは四方に眼を配らせた。よくよく見れば、到るところからミサヲへ送られる視線を感じることが出来る。護衛であろう。ミサヲは彼らの眼を一切気にも止めず、子供の口元を高価そうなシルクのハンケチで拭っていた。もし子供たちが刺客であったなら、などと護衛は勿論気が気ではないはずだ。
子供の頃からも、ミサヲは自分より幼い子供の世話を率先して行なっていた。それを行なう場合は邪魔立てする者は例え身体の大きい年上どころか施設のクソの役にも立たぬ大人でも立ち向かったし、テンリューやナガレも例外ではなかった。
抗争の声が聞こえてきた。トヨミ・リベレイターとヤギュウ・クランの下級サムライ同士が、それぞれ徒党を組んでいがみ合っていた。