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サムライ・エイジア  作者: 七陣
第9話「オッド・ブレイド」
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1 半端にして微妙なるもの

 夕刻のカウヴェ・シティを、ヤマトの太陽がオレンジ色に染め上げてゆく。

 半端に破壊され、半端に均されていたベイエリアのスラムにはいくつもの炊煙が立ち上っていた。炊き出しだ。住民たちはそれを目当てに列に並んでいる。嗅覚をくすぐる加熱味噌(ミソ・ペースト)の匂いに空腹を覚えて、サスガ・ナガレは非常食のヨーカン・バーを齧りながら歩いていた。

  

 炊き出しは三つの勢力が行なっていた。一つはヤギュウ・サムライ・クラン。一つはサナダ・フラグス。そして一つは、トヨミ・リベレイター。


 三勢力の空気は険悪とは言わぬまでも、微妙な緊張感に満ちていた。ヤギュウは言わずもがなのトクガ陣営。フラグスとリベレイターは同じトヨミ陣営だが、両者が手を結ぶことはないと言われている。かつての遺恨――〈オーザカ・ブラディーシージ〉に於ける功労問題――がこじれにこじれたためだともいう。

 

 電子海賊〈フェニックス〉の長として知られるミズ・アゲハことユイ・コチョウがこの場に現れないのも、やむを得ざることだろう。だからナガレは、彼女の名代(みょうだい)として見回っていた。ナガレの素性――電子海賊の物理戦力、という名目の使い走り――を知っているらしい兵士の視線を時折感じるが、放っておけとでも言われているのか、これまで一度も誰何(すいか)は受けていない。

 

 イクサ・フレームも到るところにいた。新式量産騎(カズウチ)五騎種――〈アイアン〉、〈テンペスト〉、〈エイマス〉、〈ワイアーム〉、〈グレイブ〉――が勢揃いして居並んでいる。なかなかに珍しい光景だ。夕日の朱に染まったイクサ・フレーム群は、見る者にはっとさせるような印象を与える。その壮観に、10になるかならずかの子供たちが呆けたように魅入っていた。

 

 静かに脈打つカルマ・エンジン音からして待機状態にあるが、相互の勢力への無言の圧力として睨みを効かせていた。もし銃の一発でも誤射があれば、たちまちスラムは戦場(イクサバ)と化すであろう。そう誰もが考えていた。


 睨み合いの一番の要因と見なされているそれをナガレは遠く、目を細めながら見た。

 カウヴェ・タワー。ビルとしての外装は全て剥がれ落ち、今ではすっかり軌道カタパルトとしての姿が顕になっている。

 

 生者や死者の中からは、ミズタ・ヒタニは結局見つからなかった。であるならば、軌道カタパルトを用いて宇宙に行ったということになる。そしてミズタ家は、祖父の代からイノノベ・インゾーと同盟関係にあった。そしてまた、マクラギ・ダイキューもそこにいる。

 ナガレが斬るべき敵は皆イノノベという線上にいる。全員宇宙にいるのならば、そこから地獄へ突き落としてしまえばいい。結局のところ、やるべきことは変わらないのだ。

 

 微妙といえば。

 

 ナガレの立場も微妙なものだ。電子海賊一味と言えば聞こえこそいいが、実態は盗んだイクサ・フレームで走り出すテロリストとさほど変わらぬ身分である。いや、盗んだ訳ではないが。愛騎〈グランドエイジア〉は。

 

 ナガレの行動は私的な復讐(アダウチ)に由来する。しかし、トータルではショーグネイションへ利する行動だというのが事態をややこしくしていた。

 

 しばらく歩くと、ベイエリア・スラムのサウスサイドへ入る。カウヴェ・シティの中でも一番の貧困層が集まる区画だ。ここも半端に破壊されたまま残されている。

 

 武家諸法度に記載されている仇討(アダウチ)法とは、サムライが海賊氏族(ヴァイキング)騎馬民族(タルタル)と変わらぬ蛮人であった頃からの慣習を明文化したものに過ぎぬ。その古き良き慣習は、しかし平穏な世には相容れぬものだった。一部の過激タブロイド誌がナガレを「世を乱すテロリスト」と呼ぶのも、決して故なきこととはナガレには言えない。

  

 列車襲撃事件より5ヶ月近くが経つ。気がつけば師走(シワス)だ。あの事件に与した者たちを、ナガレは確実に地獄へ送っている。それが正しいと信じて。〈ファースト・ショーグン〉タケウチ・ムラマロもお許しになるだろう。

 

 今更止まるつもりはない。だが――斬るべき敵に家族がいたとして、だ。もし敵を家族の眼の前で追い詰めることになったとき、自分はそいつを斬ることが出来るだろうか。

 

 ナガレは何度も自問した。その家族は、家人がやらかした悪事を何一つ知らない。あくまで良き夫や妻、良き息子や娘、良き家人としての顔しか知らない家族の眼の前で。果たして彼もしくは彼女をサスガ・ナガレは斬れるのか。

 答えは出なかった。何度シチュエーションをシミュレーションしても、答えを出すことは出来なかった。

 

 微妙にして半端。それがナガレの立場だ。コチョウどころかテンリューにも、それは指摘されていたことだった。

 

「イヤだ! イヤだ!」

「だってさ……お母ちゃんはもう……」

「眠ってるだけだよ! お母ちゃんは眠ってるだけだって!」

「お母ちゃんは……」

「眠ってるだけだって! お母ちゃんを焼くなんて! 何でそんなこというの!?」

 

 ガラスのない窓越しに見た家の中で子供が泣いていた。何らかの理由で、病床に就いたまま死んだ母。上の兄弟はそれを焼こうと言い、下の兄弟は母の死を認めない。ナガレは眼を離せなくなっていた。


「あのね……もう……」


 もう一人、家の中にいることに気づいた。長い髪を項のところで三つ編みにした女性だった。

 女性が何かを囁くように言った。子供たちと女性は抱擁し合った。しばし、そうしていた。

 彼女が顔を上げた。ナガレと眼が合った。彼女は、はっとした表情をした。ナガレも同じ表情をしていたに違いない。彼女は唇だけでこう言った。

 

「……ナガレなの?」


 ナガレは頷き、唇だけでこう言った。


「ミサヲ、なのか」

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