不定期短編『正義の味方』
お題は『渡り行く』『国防』『正邪』。
私の役目はこの世界に【邪】を振りまくことだ。
それは我が【神】から遣わされた使命であり、何よりも優先されるべき事柄なのだ。
実際、私はその命に従い、既に数多くの国を滅ぼしてきた。既に数多くの人間が私の【邪】に溺れてきた。
この国でも同じだ。同じことだ。
またここでも【邪】を広め、今までと同じように【邪】に染まる国を増やし、人間たちを【邪】に染めるため世界を渡り歩いていく。
それだけの、単純な作業。
それだけだった。
それだけの、はずだった。
「【邪】の遣い。今日こそ、お前に勝ってやる」
彼は私に【正義の味方】だと言ってきた。
何を馬鹿なことを。そう思った。
私が収集した知識によれば、【正義の味方】というのはそのほとんどが創作上の存在で、実在し得ないもののはずである。
しかし全くいないというわけでもなく、今までにも【邪】を振りまく私に挑んできた愚かな人間は確かにいた。
おそらく、その人間たちが彼の言う【正義の味方】に該当する存在なのだろう。
だがしかし、彼は自身こそが本物の【正義の味方】なのだと言う。
「本物って、どういうこと?」
「俺はこの国を守るため、帝国時代から存在する【正義の味方】の継承者なのだ。つまり、俺こそがお前を倒し、この国、強いてはこの世界に平和を齎す存在なのだ!」
そういうことらしい。
……私には、どうでもいいことだ。
私の使命は【邪】を世界に振りまくことだ。
相手が誰であろうとそれは変わらない。
実際、今までもそうしてきた。
今回も同じこと。
他の人間と同じように、彼も【邪】に染め、【神】の命の糧となる。
それだけだった。
「ぐはぁ! やられたー!」
だけど、彼は染まらなかった。
私の【邪】に触れても、一向に染まる気配がない。
「やい【邪】よ。この前はしてやられたが、今回ばかりはそうはいかないぞ!」
それどころか彼は何度も立ち上がってきた。
何度倒しても、何度【邪】に染めても、何度立ち上がれなくしても、彼は立ち上がってきた。
「どうして」
「ん?」
「どうして、貴方は立ち上がってくるの? 今もそう。すでに立ち上がるのもやっとな身体なのに、貴方はいつもと同じように何度も何度も私に立ち向かってくる。この国だって、もう半分以上が【邪】に染まっている。もう時間の問題。私が何もしなくても、この国の全てはいずれ【邪】が呑みこむ。人間だってほとんどが逃げ出しているはず。なのに、どうして貴方は私に立ち向かってくるの? どうして貴方は私の前に立ちはだかるの?」
「おいおい。いつになく饒舌だな、【邪】」
彼はそんな風に茶化してくるが、口からは大量の血を流し、左腕はもう動いてすらいない。
それでもなお、彼はまた立ち上がる。
「答えて」
彼は少し悩むような、困ったような表情で切り出した。
「そんなことを言われてもな、これが俺だから、としか言いようがないな」
「? どういうこと」
「俺は【正義の味方】だ。この国を守るために選ばれた人間だ。例えそれが百年も前の、俺の知らない人間から授かった称号だろうと、この国のほとんどの人間が俺のことを知らなかろうとも、それは変わりようがない事実だ」
…………。
「例えこの国に、守る価値がなくなったとしても?」
彼はゆっくりと、しかし力強く、私にその拳を向ける。
「そこに一人でも民がいるのなら、俺にとっては守るべき価値のあるものだ。
俺が守るべき、【国】だ」
「……そう」
そう。それが彼だ。いつもの、私の前に立ちはだかる、【正義の味方】。
「だったら、私は貴方を染める。貴方がこの国を守るというのなら、私が貴方を【邪】に染めて、この国を終わらせる。この国を……、染める」
「ああ、それがお前だな、【邪】。俺もお前の全力に応える。例え腕が動かなくても、例え足が引き千切れようとも、例え首が捥がれようとも、この命尽きるまで、いや……この命が尽きてもお前を止めて、この国を守ってやる。
それが俺の使命だからな」
「……いく」
「ああ、来い!」
それから数日後、この国の全ては【邪】に染まった。
*
私の役目はこの世界に【邪】を振りまくことだ。
それは我が【神】から遣わされた使命であり、何よりも優先されるべき事柄だ。
私はその命に従い、既に数多くの国を滅ぼしてきた。数多くの人間が私の【邪】に溺れ、沈んできた。
この国でも同じだ。同じことだ。
またここでも【邪】を広め、今までと同じように【邪】に染まる国を増やし、人間たちを【邪】に染めるため、世界を渡り歩いていく。
それだけの、単純な作業。
何も変わらない。変わることのない、私の使命。
例え私の前に何が立ちはだかろうとも、誰が立ちはだかろうとも、私の使命は変わらない。
そう、変わらない。
それはたぶん、彼も同じ。
「やい、【邪】の遣い。今日こそはお前に勝ってやる」
「うん」
終わり
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