遺書
もう耐えられない。それがぼくの出した結論だった。
ぎりぎり限界まで水の入ったコップ。あとほんのひとしずくでも水が入れば、溢れるコップ。
それはぼくのこころに積もった死にたい気持ちとおんなじだった。
結局、何が原因でもぼくは今日、死ぬことを決意していたのかもしれない。
でも今日起こったことは「ひとしずく」なんて優しいものじゃなかった。
今まで積もったものがすべて溢れるんじゃないかという量、衝撃。
コップは倒れ、ぼくはからっぽになった。そこにはもうなにもたまらない。
ぼくのノート。
いたずらされないように、教科書も毎日持って帰っていたのに、昨日たまたま机に一冊置きっぱなしにしてしまった。
ぼくが毎日荷物を持って帰るのを、もうみんな知ってる。
だから大丈夫、ノートは明日もきっとある。ぼくはそう信じていた。
それに、上履きを隠されたり、チョークのこなをかけられたり、プロレス技をかけられたりすることに比べれば、ノートが一冊なくなるくらい、今となってはどうってことない。
そして今日、おそるおそる机に手を入れると、パンの耳もなく、ノートはちゃんと入っていた。
ほっと安心したぼくは、ノートを開いた。開かなければよかった。
ほとんど新品だったノートの全ページにわたる文字、もじ、モジ。
ただひたすらに口汚く、ぼくの死を望む想いを書き記した、ひどい文字の数々。
書きなぐるように。そして丁寧に。
ぼくの死を望む者はひとりじゃない。と暗にぼくに知らせようとしているみたいに。
でもぼくはただでは死なない。遺書を書いた。
ぼくが死んだあと、やつらが死ぬほど後悔するように、ぼくに何をしたか。
お前たちがひとりの人間を殺したってことを、わからせてやるために。
泣いて、謝れ。そしていっしょう悔いろ。
ぼくを殺したのは、お前たちだ。
***
また電話が鳴っている。
間宮逸雄は苛立たしげに立ち上がり、力任せに電話線を引き抜いた。
息子が自殺してからというもの、電話での取材、さらには興味本位で家を覗きにくる輩が続出していた。
息子を喪ったというのに、どうして放っておいてくれないのか。
無神経などという言葉では到底言い表せない。彼らは同じ人間なのかとすら間宮は疑った。
人の悲劇はそんなにも面白いか。
悲劇――。
間宮にとって息子の死は悲しかった。
が、同時に面倒なことをしてくれた、と思う自分を間宮は隠さなかった。
そんな姿を妻は非情だと罵ったが、そもそも間宮は単身赴任の期間が長いから、息子と接する機会はそう多くない。
自分でもどこか親戚の子どものように思っていた。
だから息子の机から遺書を見つけた時、間宮は怒りを覚えるよりもただ面倒に思った。
次の日。出勤途中のコンビニに間宮はそれを捨てた。
今必要なのは平穏なのだ。
こんな父親がいたら、嫌だなぁ。と思いながら。