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雨冠  作者: 雪尾 七
第二話
11/15

挿話 晴れの日も雨の日も、一緒に育ってきた彼ら

黄石が社へお参りに行くちょっと前くらいの話。

 小春は、花緒の自慢の姉だ。

 何しろ、村一番の器量良しで、気立ても良く、料理も上手で、手先も器用、そのうえ腕っ節も並の男に引けを取らないときたものだ。女たちからは尊崇を浴び、男たちにも一目置かれる村でも自慢の花である。


 一方、黄石は花緒の天敵だ。

 黄石ときたら、村一番の悪たれで、年下の子たちを率いては、悪戯の機会を決して逃さない男の子だった。

 花緒も小さな頃はよく泣かされて、その度に姉の小春に泣きついていたものだ。


「春姉〜。また黄石に髪の毛ぐちゃぐちゃにされたぁ。せっかく春姉に綺麗に編んでもらったのに〜」

 鳥の巣のようになった頭で花緒が大泣きをしながら家に戻ると、小春は「ようし」と勇ましく腕まくりをし、

「待ってな、小春。お姉ちゃんが黄石の頭を丸刈りにしてやるから」

 と、美しい鬼のような笑みで受けあってくれたものだ。

 黄石は丸刈りにはされなかったが、短い髪を無理やりいくつも括られ、涙目にされていた。


「春姉、格好良い」

 悪たれの大将を涙目にしてしまう姉を、花緒は誇りに思ったものだ。


 また、花緒がお気に入りの着物を着ていた日に、黄石がわざと水たまりの泥を跳ねさせて、花緒の着物を汚したこともあった。


「春姉〜。また黄石が〜」

 もちろん、花緒が小春に泣きつくと、

「泣くな、小春。お姉ちゃんが黄石の着物をひんむいてきてやるから」

 小春は二の腕に美しい力こぶを見せてくれたものだ。


 黄石は着物を剥かれはしなかったものの、田んぼに落とされて全身泥まみれになった。


「春姉、素敵」

 花緒にとって、小春はいつでも救世主で、頼りになる正義の味方だったのだ。





「それなのに、春姉と黄石が結婚なんて! 意味がわからないわ!」

 洗っていた大根を、花緒は水底に叩きつける。大根は綺麗に二つに折れて、くるくると水路を下っていった。


「そう言われてもな。どうすりゃ花緒は認めてくれるんだよ」

 水路を下る大根を拾い上げたのは黄石だ。

 着物の裾が濡れるのも構わず、そのままざぶざぶと水路を歩き、花緒の前まで来ると割れた大根を差し出した。


「……あんたなんか、春姉に一度も勝ったことがないくせに」

 乱暴に大根を受け取って、花緒が口を尖らせる。

「女に手を上げるわけにはいかねえだろうが」

「当たり前でしょう。そんなことしたら、わたしがあんたのこと、この大根みたいにしてやるんだから」

 二刀流の剣士のように大根を振り回す花緒から軽々と逃げて、黄石は岸に上がる。

 そんなところも、花緒には憎たらしい。


 以前は小春より背が低くて、並んでも姉と弟にしか見えなかったのに、いつの間にかその背丈は小春を追い越して、体格も男らしくなった。小春と並んでも、もう姉と弟には見えないだろう。

 それも何だか生意気に思えて腹が立つ。

 未だに小春には頭が上がらないらしいところだけが、唯一の慰めだ。


「ったく。お前が昔っから姉ちゃん大好きなのは知ってるけどさ。俺だって同じくらい小春を好きだってことは、認めてくれよな」

「同じくらいですって? 冗談じゃない。わたしのほうが数倍春姉のことが好きです」

 大根を持ったままの両手を腰に当てて、花緒は胸を反らして言う。


 花緒の言葉に、黄石の瞳も真剣な光を帯びた。

「おいおい、そっちこそ冗談じゃないぜ。俺の小春への愛は世界一だ。湖の底よりも深いぞ」

「あら。それっぽっちなの? わたしの春姉への愛はこの空よりもでっかいのよ」

 花緒が両手を広げて言う。


「はんっ。そっちこそ舐めてもらっちゃ困るぜ。俺は一晩中だって小春への愛を語れるからな」

「まあ、一晩しか語れないの? わたしは三日三晩だって余裕だわ」

「この。手加減してやれば……。俺はひと月だって語れるね」

「そんならわたしは一年だって語れるわ」

「この、言わせておけば」

「なによ。もうあんたに泣かされるわたしじゃないのよ」


 百歩譲って婚姻を認めたとしても、こればかりは譲れないとばかりに、花緒は黄石を睨む。

 しかし黄石も、同じだけの瞳の強さで花緒を睨み返した。


 花緒だって、できるものなら素直に姉の幸せを祝福したい。しかし、黄石を祝福するのは素直に嫌だ。幼い頃からの恨みつらみの賜物である。

 彼が今では、小さい子らの面倒を良く見る気のいい兄貴分であることは知っているし、漁の仕事も真面目で大人たちに期待されていることも知っている。


「……どうしようもない悪たれのままだったら、もっと遠慮なく反対できたのに」

「今だって別に、遠慮はいらないぞ?」

「そういうところが、腹立たしいのよ」

「意味がわからん」

「わからなくて結構よ」

 

 どちらとも一歩も引かず、睨みあっていることころへ落とされたのは、話題の張本人、小春の拳骨だった。


「あんたたち」

 言葉にならない悲鳴を上げて、拳骨の落ちた頭を両手で抱え、うずくまる二人に、最強の笑みで小春が見下ろす。


「わたしが欲しいのは愛より労働力です。さっさと自分の仕事に戻りなさい」

「「はいぃ」」

 情けない返事は、同等に弱々しく地を這った。

 


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