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アトランティック戦役

 


 ある世界が終る、かもしれなかった、それは数日前のこと。


 超科学世界は追い詰められていた、首都アトランティックまで電撃的強襲で攻め込まれているのだ。

 ここを抜かれたら、既にアトランティックには何もなくなる。

 逆に言えばここさえ守り抜けば、無限に進撃を繰り返し全てを取り返せる、それだけの全てが揃っている。


 しかし、今現在を守り通し、都市内部の生産施設をフル稼働させ全ての領域を取り戻させなければ終るだけだ。

 そんな訳でその世界は最終決戦の前日、何か町全体、都市全体が静寂につつまれ嵐の前の静けさを呈していた。


「なにここ、こんなに辛気臭い場所だった? ほんと詰まんない、つかえない町」

「シャル、そんな風に物事言っちゃだめだよ、たまたま今日がそういう日なのかもしれないし」

「うっさい、餓鬼をあやすような口利くな、ころされたいか!」


 そういって少年をサッカボールのように蹴飛ばす、少年は蹴飛ばされた勢いで前のめりに倒れてしまう。


「ふん、雑魚が、屑以下のゴミね、貴方は」

「うわいでぇー、何するんだい、そんなに悪いこと言ったかな~?」

「ああゴミが喋ってるわ、へえ珍しいモノもいるのか面白い、やっぱりちゃんと息の根止めてやらないとな」


 そして少年に近づきマウントポジション。さてどう料理してやるかと拳を握って、震える少年を美味しそうに見つめる少女。


 しかし、その少女にとって甘美な時間は中断された、町の中が一斉に騒がしくなったからだ。


「なになに、せっかく面白いショウの始まりだったのに」

「た、たすかった、、」

「は?なに安心してんの? 後で廃屋で続きするし、寸止めされた分の怒り上乗せですから」


 少年は絶望の表情をする、少女はお気に入りのそれを観察できてニッコリ、どうもこの二人は仲が良いのか悪いのかわからない。


 そんな夫婦漫才っぽいナニかを展開させながらも、町は沸騰し次々街路を軍服や物々しい格好の戦士が溢れかえる。


「うっわ、人口密度高!バチカンなんですかぁ!ここわ」

「うぅ~、多分何か非常事態なんだよ、僕達も逃げたほうが、、」

「はぁ?なに詰まらない事言ってるの?ありえないっしょ?何が起きるのか確認でしょ」


 そう言い捨てるように言うと、勝手に少年の腕を片方掴んで警察が連行するように乱暴に街路を連れまわす。

 彼女の向かっている先は、この街路を突き進む都市中心、アトランティックの最強にして最終防衛線、超大規模要塞群。

 全長120km、ほとんど都市の中央部を占領している形で構成される、視界に比喩でなく広がるそれら無機物の集合体に彼女は一切の恐れもなく近づいていく。


 第一の巨大な検問らしきところに付く。


「ほれ、コレ見せれば中に入れるんでしょ?早く通せ、断れば無理にでも突破するよ」


 そんな一言とともに、水戸黄門の印籠よろしく何かのパスポートらしきものを提示する。


「しゃ!シャルロット副総帥!!!どうぞ!!お通りください!戦時ですので貴方の力を総帥も期待しているでしょう!」


 そんな門番の慌てた声に全く耳を貸さないどころか、既に喧騒の一つくらいにしか思ってないのかそのまま門を越える。

 その後は全ての門で同様に近い、畏敬も多分に交じったあいさつをされながら彼女は中央の巨大な門までたどり着いた。


「さて、貴方、ここで待ってる ?それとも私とともに来る? 答えによっては私がキレるけど」

「も、もちろん!行くよ!僕はシャルとなら何処にでも、何処までも行きたいんだ!」


 そんな少年の忠誠の宣言に多少気を良くしたのか、少女は少年の頬っぺたを思いっきり叩いてそれに答える。


「痛すぎる、貴方はもっと慎みを持つべきだわ、、、まあその事は後であなたの体に刻むとして、行くわよ」


 そんな自己の全てを棚に上げた言も、少年にとっては日常茶飯事のようで、もう何も言わない蝋人形のように少年は歩く機械と化していた。




 内部空間は外部よりも物々しくはなかった、宇宙戦艦の通路に近い、どこまでも鋭角的な雰囲気が支配する研究所のようだ。


「はあ、いつ来ても息の詰まる場所、生物災害でも起こりそうな胡散臭い研究所だわ」

「あれ?ここって研究所なの?」

「どうでもいいでしょ、貴方は頭空っぽにして私の気を引いたり媚びへつらってればいいの、うるさいと大脳取り出すよ」


 そんなブラックジョークにならない怖い事を言う彼女に、少年はビクビクして涙目になる。

 またも少年が少女の一言一言に怯えてくれるので、どうやらそういうのが嬉しいらしい少女は少年をなでなでしつつ歩くという奇特な事をしだした。


「うぅ、シャル?今日は機嫌がいいの?」

「うん?悪いわよ、良いわけないでしょ?私って常にどんな時でも不機嫌がモットーですから」

「はぁ、ちょっと僕には分からないかも」


 少女の虚言癖は何時もの事、いちいち深いモノを読み取ろうとするのは無駄でしかない、少年の判断は至極正しい。

 しかしそんな少年の態度を、この意地悪に過ぎる彼女は許さないのだった。



「なんで?わたしの全てを理解してくれるんじゃなかったの?あれは嘘でしたかぁ?裏切りには最大の罰で答えるけど?」


 そんな感じで剣呑な声と瞳を向けてくるものだから、可哀想に少年は失禁してしまうほど震え上がってしまう。


「あらあら、そんなに震えてどうしたの、まさかとは思うけど、わたしが怖いの?」


 この質問は、答えを間違えれば確実にゲームオーバ、それもデッドエンドになる類の質問だ。少年はそれを一瞬で察した。


「僕は、僕はシャルの事が好きだ、だから怖いなんて思わない!ぜったいに!」


 少年の純粋な好意、しかしそんなモノは食べ飽きた風情の少女は、飽きたモノを見る目でそんな茶番いらないといった感じだ。


「だから?それで?わたしが満たされると勘違いでもしてるの?めざわり、すっごくめざわり、偽善者にしかなれない無力の分際で何様?」

「ぼ、僕は、ただ、」



 と少年が何も言えず押し黙ってしまうと、目の前に誰かが走り込むように現れた。


「シャルロット殿!よいところに!是非とも力をお貸ししていただきたい!この国は存亡の危機に瀕している」

「ああ、委細了解している、そしてわたしのやるべき事もな、もちろん見返りは要求するが異存はないだろうな?」

「当たり前だ、貴方がこれまでどれ程過剰な利益をわが国に与えてくれたのか!他ならない私が保証する!」


 少女はならばいいとだけ言うと、少年を連れて彼の後を早歩き、でなく走るくらいの勢いで通路を闊歩する。


「シャル、これからどうなるの?」

「多くの人間が死ぬでしょうね、とても面白い、そうでなくては何もかも真剣にはなれない、戦争こそが最高の悦楽、ふっふっふはぁーっはっはっは!!!」


 少女がこの先の結末を予測し盛大に高笑いをする、それを横で見つめる少年の目はもちろん虚ろだ。


「これからはもっとこの世界は楽しくなる、四つの勢力がしっかりとその基盤を整えて均衡した戦いを起せば、世界はより強者だけが生き残る洗練されたモノになるのよ」


 少女が今まで胸に秘めていた夢の理想を語る、世界を構築種族だけにまとめ上げ、修羅の道を邁進したい、その彼女の本質だ。



「くだらない、くだらないよ!そんなの!いくらなんでも、例えシャルの願いだったとしてもくだらなすぎるよ!そんなの!」


 少年の、これまたいつも通りの反論、絶対に相容れないその点だけは致命的に乖離していた、認められないのだそのような考えは。

 善良すぎるわけではない、人として至極当然の考えだ。

 彼女の方が異端で邪道、ゲーム脳の末期的症状を併発した中二病の極地を恥ずかしげもなく邁進しているから、そのような当たり前の事にも気づかず気にせず、自己の悦楽の為だけに生きるのだ。


「別にいいでしょうがぁ!策謀を巡らしてたら勝手に世界がそうなった、ただそれだけの事。それより何だぁその口の聞き方は、お前が先に死ぬかぁ?弱者の癖に生きられてるのは誰のお陰だと思ってるんだぁ!」


 しかしそれゆえ何物よりも、そして誰よりも強い。

 最初から本質的に強者だった彼女は世界の全てを利用するものとしか思えないのだ、一切の感情を挟まず、感情すら考慮に入れて全てを計算する事が出来る。

 感謝も感情移入の念も一切ない、底無しで抜けているだけの欲望を抱え続けている、そこには自分の感情しか詰め込めないのだから当然満たされるものでもない。


「くっ!!きっとシャルは後悔するんだぁ!!自分のやった事に対する罪の意識で!僕はそんな君を見たくないんだぁ!!」


 少年の声はどこまでも悲痛だ、きっと全て本心で語っても届かないと分かりきっている、だが言わずにはいられないのだ。

 あまりに、そうあまりにも彼女が可哀想だからだ、そのような生き方しかできない、そんな唯一の道に追い詰められて可能性がゼロになり、その最後の果てに未来の全くない絶望に染まって、邪悪に魔性に生きるしかない魔的な彼女が。


「あなたに、わたしの何がわかるの?私の一割もその脳髄で理解も感情移入も出来ない使えない木偶の坊の癖に、ホント生意気、わたしの感情を1%でも動かせると思っているの?くっだらない、見ていて笑えるくらいだわ」


 そう話す間にも目的の場所は近づいてきた、この大規模要塞の最上階から都市周辺が全て見渡せる広大なテラスだ。


「だいたいね、わたしが手を貸さなければ、確実に一つの世界が、その内に内包される文化も生命も永遠に失われるの、歴史が破壊されるの。そんな娯楽を著しくそこなう破滅的な戦争、私が望む理想の形ではないの、だから阻止する、その結果私の利益も拡大するし、おまけに戦争も大きくなるってだけのこと。私悪いことしてないでしょ、貴方ムカつくわ、こういう全体像を眺めず、私がなんか悪い事してるっぽいからって子供みたいに怒って泣いて、変に私の調子を狂わす、マジで後で調教しまくって私への愛を増大させてやるんだからぁ」


 その言を最後に、彼女はテラスから眼下に広がる景色に目をやる。

 そこには決戦を前に集まる兵士達、彼ら全ての視線は比喩でなく全て彼女の方を向いている。


「今回、貴方達に施すのは神の慈悲ではない、これより来る世界の終焉に立ち向かう為の更に辛い試練の道。それでも明日を望むのなら、

わたし自らが神の絶対の意志に反してでも貴方達を生かす!今日の全てを神への絶対の反攻の狼煙として心に刻みなさい!」


 そして彼女は、世界が軋みを上げて、何か世界のコトワリを改竄するかのような、歪に過ぎるが美しい、そんな歌を歌い出した。


 その効果は直ぐに現れた、全ての魔術師の魔力が格段に上がり、中には根本的な覚醒やクラスアップをする者までいる。

 その他の魔道具にも最大級の加護がつき、科学兵器を運用する普通の人間の精神も最大限活性化され強化された。


「ふっふ、精々わたしの為に闘いなさい、その血が新たな世界と真理の扉を開ける最大級の原動力になるのだから」

「やっぱり悪巧みしてるじゃないかぁ!」


 少年が非難の声を上げるが聞く耳持たない、もう用は済んだとテラスから姿をなくし、通路を戻っていく彼女。


「なんとか言ったらどうなんだぁ!さっきのはなんなんだぁ!」

「もう!うっさいうっさい!私が楽しんでるのがそんなに疎いの?もうなんなのよ!やる事成すことうだうだ文句たれて!ちょっとは見守るって事もしてみれば?!」


 後ろを首だけ振り向けて、言い放つように言う彼女、少年は肩を怒らせてツカツカ歩み寄ると、彼女と向き合う。


「なによ!あんたなんて後で私に超絶に泣かされて惨めが確定してるゴミ屑の癖に!なにを男っぽくカッコいい所見せつけようとしてるの?今までどれだけカッコ悪いところ、私に見られてるか忘れた?下らない茶番だったらやめなさいよ」


 ちょっと少年の圧力に怯みっぽいモノを晒す彼女、少年はそんな風袋を確認しながらも、もう足がもたないのかその場でペタンと座り込んでしまった。

 それを何かの好機ととったか、途端彼女は座り込んだ少年を蹴り飛ばすように連打する。


「なによなによ!意気地なしで私になんの益も与えられない弱虫の分際で!よくもよくも!私を一時でも圧してくれたわね!このこの!」


 つま先を盛大に鳩尾に叩き込むように捻りいれる、少年はあまりの激痛に飛び上がってそのまま一時動かなくなった。



「ぐがぁ!!この悪女!!鬼畜!!なんて事してくれたんだぁ!もう許さない!!もう絶交だぁ!!もうシャルなんて嫌いだぁ!!!」


 少年はその場で即座に復活すると、言葉とは裏腹に彼女の方にチラチラ目線をやりながら、なかなかその場を立ち去らない。


「ん?なによぉ?さっさと去れば? 絶交結構、私も貴方のようなゴミクズ畜生とかかずらわないで済むと思うと清清するわ、もう嫌いなんでしょ? もう行っちゃいなさいよ」


 少女は少年の態度に物凄いアドバンテージを見出したようだ、挑発系のサディスティックな瞳を復活させ煽るような口上を立てる。


「な、なんだ、本当に僕は怒って怒って、もうヤになったんだぞぉ!」

「で? どうするんだっけ? ああ、さっき聞いていたわね私と絶交、うんいいわよ、私の方は貴方に未練もなにも一向にないし、それでいいんでしょう?」


 そんな酷い事を言われたので、案の定少年は涙を流して体全体震わせ捨てられた犬のような顔を晒す、惨めなことこの上ない。

 おまけに手汗を掻いて、体中が心底熱くなったり冷えたりして発熱と発汗が止まらず、気持ち悪くなったのか目をその場でぐるぐる回してしまう。


「うぅ、、、うぅぐすぅはぁはぁは、うぅううん、ぐす、、、やだぁ!!」

「なにがぁ?言葉にしてくれないと、わたしわかんないんだけどぉ?」

「シャルと離れるのなんてやだよぉ!!どんなに君が変な事してても傍にいたいんだよぉ!!」


 またも恥ずかしげもなく痛い台詞を絶叫に近い形で宣言、もとい既に告白をしている事に本人は気づいていない、完全な天然でここまでする少年はある意味見上げたものである。

 そんな少年にご褒美を与えるかのように、少女はツカツカする足音を立てながら接近、頬をこれまでにない程に叩き倒す。


「うざいのよ!目障りだからそういうのやめて!私と恋愛でもしたいの?いやなんだけど!汚らわしい!そういうのわたし嫌い!恋愛とか好きだとか愛だとか!そういうの全般大っ嫌い!絶対に誰ともそんな風になるつもりないし!うざいだけだからそういうのこれから一生禁止だからぁ!いい!!??」


 潔癖で完璧完全主義者の彼女は、自分も含めて不完全な人間が大嫌いだ、みんな嫌いなのだ。

 だからこういう風な恋愛価値観みたいなものを歪に持ち、例え少年がなに言おうが絶対に心ときめかせない、彼女の心を真に溶かせるのは戦場での熱い抱擁だけなのだ。

 少なくとも彼女はそんな風で常にありたいと願う、だから少年のそういう発言は自分を否定されてるようで拒絶反応に近い生理的嫌悪を催すのだ。


「わ、わかったよ、うぅ、シャルぅ、、」


 少年は惨めが過ぎた、そこで視界に映るそんな少年に今さら気づいたかのように、少女は喜びに近い表情で機嫌良さそうに近寄ってきた。


「やっぱ貴方はペットにするには適格、なんかそういう風に変になってるの面白いし、薬漬けにして軟禁して貴方を飼う事にするわ、光栄に思いなさい」

「、、、、思えるかぁああああああああああああ!!!!!」


 少年は溜まりに溜まったフラストレイションを声量一杯にして吐き出すように絶叫した、普段から考えられない大音響の咆哮に彼女は耳を押さえる。

 次の瞬間には少年を踏み倒して、上から何度も踏みつけて、その後は横腹を蹴りつけそれに飽きたら引き立てて壁に押し付ける。


「うっさい!!って何度言えば分かる!お前は私に従順に隷属するしか生きる道がない人生の寄生虫だろうが!何をいっぱしに自我を持った人間気取ってる!?? 私がいなければ人生に何も見出せないそんな分際で、なんでもっと私に誠心誠意尽くさない!お前のやるべき事はもっと違うことだろうがぁ!覚醒しろぉ!!」


 そんな傍若無人が過ぎて、もう自分勝手の権化である。

 少年はそんな彼女をもう諦めた感情で眺める。

 キラキラして美しい金髪と空色の瞳の蒼い目も、どこか激怒してる彼女を彩っているなとか、そんな目の保養に移行してしまう。


「なに?もう落ちた?わたしの魅力に屈したなら明日からもっと私が望むような生き方を心がけなさいよ!」


 そう少年の顔目掛けて何の躊躇いもなく言葉をぶちかます、彼女は誰よりも堂々と生きてる恥かしげの全くない人間だ。


 そういう顛末がアトランティックの存亡時にあっただけの事、そういう話は誰も知らないが二人も特に深い思い出にしてないのだった。

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