矛盾するメサイアの神 ☆☆
「ちぃっ、アルドの奴が世界を抜けやがった」
彼女は知る、世界を構成する一角が、世界を脱退した事を。
分かっていたことだが、口惜しい、
何千億、何千兆年と、世界を広げながらも延命させて、第七複合総合世界を展開してきた。
それでも、かの上位存在が、第九を一足飛びに創生した時点で、脱退者が出るだろう事は。
「でもどうする、第八複合世界を創生するか?」
彼女は沈思黙考する。
第八を作るには、現状の第七世界を旧世界として、簡単に言えば滅ぼさなければいけない。
世界はそういう法則と、土台を生贄として求めるモノで、これは変えられない宿命だから。
「人が集まらないだろうがっ!」
彼女の高度な、超越者としての頭脳が、計算結果を眼前にばら撒く。
第八を創生したとて、人が集まらない、人というよりは、世界を運営するだけの意味と価値が集まらない。
既に第九があるのだから、上位存在も鉱物種族も、色素根源種族やらなんやらも、全ては第九に収束する計算なのだ。
「それに現状世界を滅ぼせるかも、賭けときてやがる」
もし世界の、実行可能な形の完全殲滅を計画した場合、
事が成功という形で遂行される場合の%は微妙なのだ、少なくとも彼女の中の主観的価値観では成る。
「現状は支配者という地位だが、真なる支配者からは程遠い、
私はいつも忸怩たる思いだった、だが高望みをすれば全てを失う道だ」
既に他の絶対的な存在からも、世界の殲滅についての連絡が来ていた。
彼女はメサイア、利益主義で利己主義、機会主義者、その筆頭と目されている、またこれも少なくとも世界において。
「どいつもこいつも、てんで分かってねえ」
だが、その実態は違う、始祖足る神として、常に人間らしい秩序と混沌を、矛盾する葛藤を胸に抱えるのが彼女だ。
「アルド、真なる矛盾の調和、その為に脱退したのか?
世界の真なる、完全なる滅亡っていう、最悪のシナリオが現実する可能性まで負って」
奴は特に、混沌の主、ナルディアを溺愛していた、
どうしようもないクズの、無限の外道、鬼畜、極悪人、世界の歪みで在り、世界すら超越する勢いの、大犯罪者なのにだ。
とみに奴は言う、
「世界という運命を背負って、全ての世界罪を一人で背負った、絶対存在」、と。
「とにかく、アルドの捜索だ、奴の真意を、現状の不変と言わないまでも、当面の目的を知らない事には、あぶなっかしくて動けん」
そう、方針すら決められないのだ。
巨大な世界組織を運営し、一手に動かせる彼女だ、一刻も早く、この急変に際する方針を明確にし、実行できなければいけない。
特に最近は、世界を運営する組織として古臭いとか言われる始末、新鋭ネットワーク集団に押されている感じなのだし、と思う。
「果てには、いねえな」
彼女は複雑怪奇なコネクションを持つ、観測者にすら、その触手を持つ、最古にして最も信頼を得る世界神だと自負している。
そんな彼女は世界の東の果て、ノースラストから、西、南、北の果て、大深度幻想領域を検索して、一つの確信を得る。
「っぱっ大空洞だよな!」
つまりは、検索不能領域。
果てすら超越して、ただただ何も無いようで有る、世界という枠に収まっていない、無限大領域。
この領域については、実際に行く気も起きない、既存のどんな物理法則、法則という法則を持ち込めない。
まさに丸裸だ、まあ例外としての存在は割と多く、彼女なんかは少し危険な散歩として行けるくらいなのだが。
「クソ危険だが、所詮はアルド、てめえもレイジのクソ爺と同じか、冒険家を気取りたいだけのクソ野郎が」
既に外世界で、それなりの力を持ってるだろう、あのタフガイを気取る馬鹿の顔を思い浮かべてしまい渋い顔をする彼女。
「だが見返りも大きいか、世界を抜けた奴の、次なる目的を考えみれば」
持ち帰れる特異点的な法則は、既存世界での強力な武器に成るし、世界を少しづつでも前進させる糧に成る、
なので、メサイアも此処には探検隊を派遣しているくらいなのだ。
「待てよ、まさかイルミナードには行ってねえだろうなぁ」
彼女は此処で、アウルベーンが解放している特異点的な領域に、初めて検索をかける。
奴が行くとして、目的は思いつかない。
だが一つだけの懸念として、存在している、奴個人の絶対存在として持つ、唯一無我の極致にして持つ人間らしい拘りが懸念材料だ。
「っぱ、糞ナルディアのヒロインと居やがる」
そこでは、あのアルドが、ナルディアの、恐らく影だろうが、一緒に遊びに興じている姿が見えた。
「世界の運営を放置して、ヤル事がそれから、くたばれよ、クソアルドが!!!っ!」
途端に彼女は、全てが馬鹿らしくなるのだった。
世界の運営も何もかも、どうして己が全てを任され、世界をやっているか、その意味と価値を。
なにもかもを俯瞰してみて、やはり最後に残るのは、とある確信だ。
「世界を永遠に近く引き延ばして、最後の最後の、本当に真なる最期を、私は引き延ばした果ての果ての終わりが見てえんだよなあ」
彼女は己が、やはりこの世界において、最も信頼を得る、世界神なのだと、その時に同時に想うのだった。




