黄金の女王に付き従うモノ
俺は、超究極的情報生命体、俗に”ナルディア”と呼ばれる、宇宙的に言えば”混沌陣営”に属する、その一観測端末だ。
そんな俺だが、今は半ば、いや半ば所でなく、絶対的に、黄金の女王に服従している身だ。
その経緯は多少複雑な経路による。
まず始まりは、昨今の図書館解散、それによる黄金の女王の、虚無陣営の参入に端を発する。
そして、その流れを汲んだ、同時期の混沌陣営と虚無陣営の同盟、これは秩序陣営と、多くの始祖色素種族存在の合流を警戒してのことだ。
同盟を組んだのだ、相手陣営の存在とも、接触する機会があった。
その時、偶然すれ違いに近い邂逅した彼女、黄金の女王、それが俺の主とも、今ではいえるシャルだ。
俺は、別に何かしたわけじゃない、相手が俺に魅了を仕掛けた、それだけの話だ。
存在としての力量差が圧倒的な場合、そういうやり口で支配されるのは、抗えない。
それに、ナルディア様自体が、俺をシャルに対する供物にする意図もあったらしく、そのように知らぬ間に調整とかもされていたらしい。
彼女、黄金の女王であるシャルが、多少なりとも欲しがる、傍に置きたがる存在として、俺は利用されるらしいのだ。
俺が彼女の傍にいるメリットは、一に俺が観測したシャルの情報を、ナルディア様に送れる、というのがある。
情報価値の高い存在だ、出来る限り傍で観測して、得るものも多いのだろう。
第二に、存在の根本が、ナルディア様にある以上は、万が一の裏切りを、シャルが行いにくくなる、そうすれば彼女は俺を失うのだ。
まあ、シャルが俺に執着するなど、ありえないと思うのだがな。
「ちょっと、ねえ、暇、何か面白いことして」
椅子に腰掛けて、チェスをしていた手を止めて、突然そんな事を言ってきたのは、思考で話題にしていたそのひと、シャルである。
「チェスは飽きたんですか?」
「飽きた、あなたって、弱すぎるもの」
弱い、それはそうだ。
所詮は俺は、端末の一、鉱物種族の女王、次元違いの存在に、情報戦で勝利できる道理はない。
「そうですか、でも面白い事といわれても、特には何も」
ここで何かするのもありだが、正直に、彼女レベルの存在に対して、やるべき事が見つからない、そう言うのも良いだろう。
「詰まらない人、まあ、いいけどね、、、出かけましょう」
椅子から立ち上がり、出かけの準備を始めるシャル。
「はて、どうしてわたし、あなたを傍に置きたがるのかしら?」
住みか、ドリームワールドに現在拠点を構える、そこを出て、適当に町を歩きながら、問うてくる。
「まあ大方、ナルディアにわたしの好みが、高度に解析されて、日々あなたが極限細微に最大限、アップデートされているからでしょうけどね、都合のいい話だわ」
答える間を空けずに、そんな事を言ってくる。
俺に自覚はないが、俺より高次の存在であるシャルが断ずるなら、恐らくはそうなのだろう。
「行くあては、あるのかい?」
「うん、緑に呼ばれてる」
緑、シャルの言うそのワードは、始祖色素種族の、彼女を指す。
レティシアという、時空魔術の名手、世界の破滅、あるいは高次創造を志すので、シャルと同じ虚無陣営に属している。
まあ、という事に、少なくとも表側ではなっている程度で、本心は闇の中だ。
俺は、超究極的情報生命体だ、未知が存在する事に、ある意味の感動を覚える、ほとんどが既知で埋め尽くされているからだ。
それでなぜ、闇が、未知があるのかだが、それは単純にナルディア様でも、ソレが解析できなかったのだ。
基本的に、五大絶対特異点存在、ナルディア様を含めた五つの陣営の盟主に、理解解析できない事は皆無だ、それぞれの本心等々のごく一部の例外を除く。
それは絶対無限大矛盾性の内包という、真なる神の階層に至った存在ならではの、絶対の闇であり深淵であるからだ。
此処から導き出せる仮説がある。
緑、レティシアは、大きな後ろ盾を持つと。
大方の予想は出来る、最大有力は、図書館の主、最近ナルディア様の直接接触で、命名を求められてナルディア様自身が付けたモノだが、ジーク、彼がそれだ、というものだ。
彼は、観測者疑惑がある存在だ、もし仮に、それが真なら、ソレくらいの事は出来ても不思議ではない、そういう事らしいのだ。
「森に入るのですか?」
「うん、ここから少し行った場所にあるの、ピクニック感覚で、気軽に付いて来なさい」
町を外れて、端の方まで進むと展開される、広大な森林地帯、そこを突き進む。
「はぁーあ、手でも、繋いでおきましょうか、はい」
森に入る前に、シャルが手をぽいと突き出してきた。
「ありがとうございます、お心遣い、感謝します」
「いいのいいの、貴方が私のこと大好きって事は、分かってるからね。
嬉しいでしょ?」
その問いに対して、頷くと、シャルはニコリと微笑んだ。
それから、森を二人で歩き、五キロほど進んだところで、突然視界が開けた。
目の前に、研究所とおぼしき、広大な施設群が見える。
その、ここからでも見える、一つの建物に、独りの少女が、虚ろな瞳を中空に向けて、佇んでいるのが見える。
少女は遠目からでも、尋常でないのが伺える。
薄紫色の長髪、類稀で幻想的、精巧に形作られた人形のようであるのだ。
それに、少女というよりも幼女、その中間のような、儚い存在感を放つ。
数十メートル離れた此処からでも、容姿を精確に見ることが出来るのだが、無感情で無表情、でも切なげな印象を受けるものであった。
「彼女、特殊な幻想種存在だわ」
「そうみたいだ、レティさんが創造したのかな?」
「そうでしょう、こんな芸当ができる存在、そうそう居ないでしょうし。
そうだ、貴方、彼女と遊んでなさいよ、わたし達、これから下卑たこと、する事になるだろうから」
「どういうことだい?」
「言葉の通りだ、果てしなく、そしてどこまでも、下卑た事を、これからするのだ」
シャルと対面して話す、俺の後ろから声、この声はレティの物である。
「お久しぶりです」
「そうだね、お久しぶり、黄金の君とは、仲良くやっているかい?」
「ええ、それなりには」
「それは良かった。
それでだ、私達はこれから、あまりに酷い事をする、まあ、君も参加したいなら、特に拒む理由はないが。
だが、恐らくは混沌陣営の方々には、嗜好が合わないと見る、だから同席はお勧めしないよ」
「そうなのかい? シャル」
「ええ、そう。
きっと、貴方は不快を催すでしょう、それも、絶対に耐えられないほどの。
まあ、それでわたしを嫌いになるとは思えないけど、わざわざ同席する理由も、特には見つからないわねぇ~」
「そうか、それじゃ、俺は彼女とちょっと、遊んでいる事にするよ」
「あれ? 彼女と、遊んでくれるのかい?」
驚いた顔で、レティが質問する。
「駄目だったかしら? わたし、彼女を初見で気に入ったの、問題なければ、それで話を進めたいのだけど」
「欲しいのかい?」
「いえ、特には。
でも、彼と繋がりができたり、傍に置いたりしても良いって、そういう意図。
更に分かりやすくいえば、その後に、アレしても良いって思うくらいには、軽いものよ」
「なるほど、別に私としても、特に固執する存在でもない、あげるよ」
「ありがとう、もらっておくわ、それなりには、大事にするわ」
傍で聞いて、多分に非人間的な、酷い会話だ。
まあ、しょうがないのだろう、傍観の念と共に思う。
「それじゃ、俺は彼女に、話しかけてみるよ」
「ええ、仲良くなってみて、面白そうだから、それじゃね」
手を振って、シャルはレティと一緒に、研究所の一つに入っていった。
離れて、見るともなしに、こちらに視線をやっていた、少女に近づく。
特に反応を見せず、見守るように凝視し続けていた。
「こんにちは」
こくと、平坦に頷きを返された。
「俺は、この研究所の主の、友人だ、君は?」
「・・・・・よく、分からない」
なるほど、降臨されて、間もなければ、そういうモノなのかもしれない。
「そうか、名前はあるのかい?」
「ミア」
「ミアちゃんか」
「ちゃん?」
「駄目だったかな?」
「子供、あつかい?」
「気に入らないかな?」
「・・・別に、大丈夫」
「それなら、ミアちゃんって、呼ばせてもらうよ」
小さい視点にある目を、上から見下ろす。
可愛らしい存在だ、同陣営の存在でもあるようだし、気もあるだろうと思う。
「ミア、なにか、笑える事をやってくれないか?」
果てしなく優しい声色で、長年の付き合いの存在に語りかけるように言う。
「・・・難しい」
とりあえず、ジャブで。
「俺に、服従したくないか?」
「???? よく、分からない」
だろう。
「俺は、とある人に服従する身だ、その捌け口として、君を迎えたいんだ」
「・・・・うん」
幾つかあるシミュレーションで、適当に無難な選択肢を、適当に突き進み、とりあえず関係性構築完了だ。
「よし、ミアは、これから俺の妹、そういう事にしてくれ」
「うん、わかった」
「それじゃまず、お兄ちゃんとでも、呼んでもらおうか」
「おにいちゃん?」
エコーが掛かっていた、綺麗で可愛い声の魔力だろうか?
「そう、それで俺のことは、呼ぶように」
「おにいちゃん、おにいちゃん?」
無垢な表情で、見つめながら言われると、へんな罪悪感が湧くような、湧かないような、どうか。
「そうだ、良い子だ」
とりあえず、頭でも適当に撫でてやる、大概の子供って存在は、これで喜ぶ。
「う、、、、」
ほら、満更でもない感じに、眼を瞑ってくすぐったそうにしている。
「嬉しいか?」
「・・・・・わかんない」
頬を紅潮させている、突然の事態に惑って、自らの心情理解すら覚束ないようだ。
だが、どうせ人間関係の希薄、というより無い存在だ、剃り込みじゃないが、ファーストインプレッションの強烈なインパクトは凄まじい。
ミアは、俺の事に焦がれるな、まかり間違えれば恋心すら抱くだろう。
よし、どうせだ、最高潮の恋愛感情を、俺に抱かせてみよう、そのルートが一番娯楽性が高い、高次元な情報収集の手段だと、俺の全てが判断した。




