海上浮遊都市アーヘン
「ふ、またこの月が来たか」
俺はいま、異世界に召還された。
召還といっても、誰かに呼ばれたのかすら分からない、完全無欠の意味不明事象。
俺は一年に一度、一ヶ月間だけ、異世界に転送される。
さらに言えば、現実世界、俺の元いた世界での、時間軸から外れた感じで、である。
分かりやすく言うと、ここでの時間経過は、元いた世界ではカウントされない。
一ヶ月間というリミットが過ぎると、俺は元いた世界に、元の時間軸上に返されるのだ。
ここは海上浮遊都市の一つ”アーヘン”だ。
魔物共などで人外魔境の大陸を周回する、移動都市なのだ。
十三ある都市の中でも、芸術が著しく発達した、人口数十万の中規模都市である。
「寒いな、用意をしてきて正解だぜ」
この世界は、暦の上では十月ぐらいだろう、季節は元いた世界と同一なはず。
そんな思考を行いながら、俺はある荘厳な建物を目指す。
「おまえ、名は?」
巨体な扉を左右に、二人組みの人物が塞いでいた、威圧的な声で問われる。
毎度の事ながら、一年ぶりで、俺の事を忘れている。
のではなく、門衛は新米が担当するので、初顔だ、顔パスで通れないのだ。
「俺は、キシマハルトだ、もちろん剣士ギルド所属のな」
その後、照会を行い、ギルド内部に踏み込む。
一年前と、まるで変わっていないように見えるのは、俺の記憶違いかどうか。
まあ、大きな変化はないと、掲示物が並べられた紙片を流し読みしながら判断。
「さて、明日から、本格的に訓練するか」
俺は、この世界でやるべき事がある。
それは、この月に行われる、決戦への参加、そして最大限の成果を出すことだ。
決戦とは、一年に一度、移動都市が大陸に乗り込む事を意味する。
秩序を信仰する人間は、大陸に溢れる魔を狩る事で、神々に誠意を見せるのだ。
一定量の魔の退散を実現する事で、それは成る。
都市中央の砂時計のようなオブジェ、その砂粒一つ一つが、全て逆流するまで、それは続く。
それによっての、報酬、見返りとして、都市はその全体を包むほどの、絶壁の守護、加護を得ることになる。
それで、海上での逃避行ができる、つまりは一年の安泰を得るのだ。
この、神々との契約によりなる、酷く呪術的で信仰的な事業は、主にギルドが主導して行う。
「今年も、沢山消費したみたいだな」
俺は都市中央のオブジェ、砂時計を見ながらつぶやく。
これが奇跡を起こす鍵だ。
一年前の決戦後は、ほぼ満タンだった砂が、ほぼ下に落ちていて、底を尽きかけている。
「ギルドの方ですか?」
そんな俺に、金髪の、ちょっとズラッぽい、と言うと失礼になるな、中年の男性が声をかけてきた。
「ええ、五年前から剣士ギルドに所属するものです」
「今年も、大変になると思いますが、武運を祈ります」
「どうもありがとうございます」
お辞儀をして彼は、それだけ言って去っていく。
改めて俺は回想した。
五年前、俺が始めてここ、ではない場所、大陸に召還された事を。
その時は、ギリギリのギリギリで、大陸に乗り込んでいたアーヘンの戦士に助けられた。
その折、長いようで短い逃避行、脱出口において。
足手まといに過ぎる、大して身体を鍛えてもいなかった非戦闘員である、俺を庇う為に、何人もの人を死なせた。
だから、俺はこの都市の役に立たなければいけない、何がなんでもだ。
「はぁっっはぁっ!!」
広場で決意を新たにし、明日からしようと思っていた訓練を、ギルドの練兵所で、俺は重りのついた剣を振るう形でしていた。
身体は一切鈍っていない、今年も存分に活躍できる、己への微かな期待を胸に抱いた。
しかし、それを上回る絶望と罪悪感も、この世界に来ると、どうしても抑えきれなくなる。
あの時散った、自分よりも遥かに若い、あどけない駆け出し少年少女剣士に、熟練の隊長二人組み、その姿が脳裏に浮かぶ。
「俺など、命を賭して、守る必要はなかった、、」
訓練による汗に加えて、冷や汗のようなモノが、この一瞬で流れたとは信じがたかった。
「それでも、この救われた命を、彼彼女達に、天に返すように生きる、その為にも、俺は、、、」
圧倒的な脅威に対する恐怖も不安も、俺には余りにない、それが自覚的に意識できる。
ただ只管に、力に対する渇望、強さを求め、欲望のままに高める、それだけが自分の成すべき事と、心の底から思える。
それは責任意識と、この町を守る、守りたい、戦士としての使命感によるもの、そんな崇高なモノだけでない。
ただただ許されたい、大いなる罪を犯した罪人が、贖罪を欲する、そのような無残なる思いによるものでもある。
己の究極的な行動理念は、常にそこに座す、それだけ、彼彼女達は俺の中で破格の地位を占めるのだ。
いま思い出しても、鮮明に蘇る勇姿、掛け値なしに彼彼女達は素晴らしすぎたのだ。
そのような滾る胸のうちを発散するように、俺はさらに訓練の強度上げていった。
俺にとっての希望を、絶対に守るため。
それがこの、全てが失われたような絶望の状況下でも、それだけは尚、絶対不変に普遍的に変わらない。
希望は彼彼女達だ。
死してなお、残り続け在り続ける、彼彼女達の、形を成せない思いの形を、俺自身が成すのだ、絶対に。
、それが、俺のするべき唯一と確信するのだから。




