マナリス戦役の英雄-クリステラ・フェアバンクス-人魚の姫君の最後の生き残り
夜の岬を一望できる沿岸風景、月も出始め幾らか、その人物は涼しげな夜風に長い髪を靡かせていた。
その髪は表面は桃で、内側がインナーカラーで染色したような海のような蒼色をしていた。
彼女、クリステラ・フェアルド・バンクス、通称マナリス戦役の英雄にして、人魚の姫君の最後の生き残り。
パルロワ湾、特に栄えてもいないが寂れてもいない。
大陸中央領域において複雑に群雄割拠する勢力群において中程度の規模を有する国、ミルド統一帝国の一地方都市である。
ここにおいて彼女、ヒト型に化身し、身分を隠し色々と自らの使命を果たしている女が一人いた。
「貴様がクリスか?」
一軒の大型の、特大のテントの集合体のような、この地域においては特に珍しくもない、総合商店から出てきた。
彼女を待ちわびていたように、夜の陰から染み出すように現れた人物が、暗く陰気な声で語り掛けた。
一目でマトモな、明け透けにいえば闇の衣を纏う、暗殺者や、もっと突っ込んでいえば殺戮者や虐殺者の気配。
彼女、クリステラは長年の勘ともいえる戦勘、それが告げる。
マナリス戦役の英雄にして人魚族姫君の最後の生き残りとしての、歳の功のようなもので敏感に”それ”を一瞬で察した。
一応彼女は自らの得物である杖を召喚し、歩くたびに地面にコツコツとつけて、まるで足腰の悪い虚弱な少女を演じた。
これは何時もの事で、癖のように身に染みた動作、対面の暗殺者の洗練された所作にも似た、擬態だった。
「この界隈で、こそこそと何かしらしているらしいな?」
「それが、なにか?」
「いや、ただ、出くわす機会があった、俺とここで対面した、それが貴様の不幸にならない事を願うだけだが」
二人とも”分かっている”人間で、この場がいつでも殺馬の踊る”戦場”になる気配を濃密に肌で感じていた。
特に、目の前の暗殺者染みた男は、彼女のような擬態を本質的にしていないから。
纏う気質が全身刃のような、鋭利に研ぎ澄まされた、全身が戦士のソレ、しかも影のモノ特有なのだ。
「まずは自己紹介からまいろうか、私はクリステラ」
「そんな事を聞きたいと俺が思っているとでも?」
直接ナイフを突きつけられたような感覚とでもいうべきだろうか、クリステラは反応に困る。
ここまでトゲトゲした輩と出会うのも久しい、マナリス戦役の全盛期の時代ですら遡らなければ、それはならなかった。
「そうか、お互い腹を割って話したいようで。
ならば私は私、クリステラの素性を明かそう」
クリステラは夜の浜で、特に知られても痛くなく、旧知に語る類の、それは身の上話でしかない調子で語る。
彼女はこの領域で、探偵業のような事をしながら、大陸において暗躍する影、シャドウを捜索している。
彼らは観測者の一派で、特に観測者の基本行動に大きくずれることなく、ゲーム盤のバランス把握など。
その調整により、例えば、戦力をいたずらに、もっと分かり良く言えば”勢力”を増やし、客観的に観測者が”ソウ”観られるように、遊んでいるように、見える。
クリステラは長年の積年の恨みつらみ、マナリス戦役を誘発し、人魚の国を滅ぼされた私怨も、それは関わるが。
彼ら、この領域に暗躍する観測者、人々を虐殺と混沌に叩き込むような奴ら、と少なくともクリステラは認識している。
クリステラはさらに話す、この領域において伝説と並び称される、彼女を知らない。
おそらく流れ者の、目の前の暗殺者染みた男に、懇切丁寧に。
「まず彼奴らは、最終的には、この領域を、ゲーム盤か何かのように見て。
この場を思うがままにし、完全なる因果操作能力、この世を幸福で満たすなど、耳障りなよい事を、、、。
吹聴し信者、自らに都合に良く動く奴らを集めたりもしている、宗教団体のような、超科学者集団ともいわれる。
ゲームの一勢力なのだが。」
場所は変わって、夜半。
途中からいつもの徒労に似た作業に、割と適当なところもあるクリステラが飽きてしまって。
これ以上、面倒事と似て非なる事を語らせるなら、飲みながらがいいだろうと思いつき。
港の夜の繁華街、路地裏の暖簾分けされた屋台屋で、いつしか本当に旧知に語るようなノリで陽気毛に話す女がいた。
「この領域において、人魚伝説は非常に有名で。
枯れない白き高花は、身分を証明するアイテムとして便利であるのだな。
幾ら経験値、200程度、矮小、だがを。
その花から摂取しても、枯れない、ゲームシステムを超越したようなのだな。」
男は素面で、まったく酔っている風もない、付き合いというものを最低限心得ているのか、多少は飲んでいる。
そして初対面の頃の口調から変わって「のだなのだな」というワードが頻発し、この女の口癖、パーソナリティーを分析するプロファイリング材料として、データ化する思考をしていた、勿論そんなものは彼の外見から一切読み取ることなど不可能な事象なのだが。
「そのアイテムを、姫君は持っている、私のことなのだな。
そして、謎のアイテムによって世界観に引き込むのは、姫騎士アンジェスのように、先例のように 物語に没入させる常套句であり、あり、、、。」
クリステラは懐をまさぐり、そのさいに豊満なソレ、ソレが男心を擽るように揺れ動いたが。
目の前の男は僅かたりとも微動だにしない、クリステラも酔ってるフリして、それを目の端に明瞭に捉えたが、特になにか言う事も、内心思う事もなかった。
「なので、”これ”の仕組みは。
姫君の経験値を対価に、この花のアイテムを再召喚するような、しかしその変換効率がほぼゼロなので。
そこはすごい、一日中花を使われても、ほとんど痛くもかゆくもないくらいに、規格外に凄い」
それに加えて、ミルタルタスの封杖、クラウンのように王冠と似て非なるモノ。
王族と一対のような、召喚媒体でもある武器を見せた。
多少、花も弄ばせ、その機能を実体験させたが、流れ者の信心深くないものに、信用させえたかは未明であった。
「俺は今日は、見逃す」
さっと立ち上がり、その動作すらどこか常人離れ、男は勘定だけ机に無造作に置き、場を離れようとした。
「待て待て、待て待て」
逃げる得物を逃がさない釣り竿のように、ような動作でクリステラも俊敏に跳ね起きて、勘定を手早く済ませて立った。
「なんだ、ついてくるな、ヤルぞ」
「知らん、そっちはわらわを調べた、よってわらわにも貴様を詮索する権利があるぞ」
男は内心すきにしろ、と返事をしたが。
性格が無駄口を嫌うのか、それすら言わずに無視して歩き出す、特に姫君の尾行を撒くような素振りを見せない為。
付いてこられて問題ないと気軽に判断した姫君の足を止められるはずもなかった。
「ここはどこだ?」
繁華街の路地裏を何本も抜けて、土地勘のないモノなら迷う、都会のスラム街、その樹海のような場において。
なにか決心したような素振りを見せる男に問う姫君。
「孤児院だ」
その決心に呼応する瞬間だけ、気が乗ったように男は久々に口を開き、戸をあけ放った。
深夜も真ん中に差し掛かり、丸く色づいたナイフのような三日月、全てが男の行動を凶器の彩に魅せる。
クリステラも孤児院で男が蛮行を働く危険性を危惧し、一緒についていった、王族の務めというわけではないけれど。
「なんだ?」
杖を使い、自由自在に空間浮遊する。
彼女の視点の現場状況は混乱をひたすらに加速させるだけなものだ。
男がなにか孤児院に親し気に出迎えられ、孤児たちが集まってきた辺りまでは、まあ良しとしよう。
しかし、その後の孤児院の責任者らしきモノたちが現れ、すぐさまに状況は一転した。
「~~~~~~~~~~~~」
責任者らしき男が、なにか念仏のように、太古の東洋呪文、それは忍者と呼ばれるインチキくさい集団の。
言うなら魔法、忍術と呼ばれる卑怯で評判の、呪術詠唱であったのだが。
それによって数多の刃が男を貫かんと飛翔したのだ。
男は懐から網のような、人魚の英俊な視力と胴体把握能力がなければ見えなかったろう。
それは血色の網のような極細透明鋼糸であり、触れるもの全てを切り裂く、刃、そのものであった。
血風が吹き荒れる内部において、クリステラは俊敏に立ち回り、状況を分析した。
おそらく、ここまで異質な現場は、観測者にまつわるモノだろうと、とりあえずの当たりをつける。
男は他にも責任者らしき大人が群れていたのだろう、上階に走り行った先で視界には存在しない。
震える孤児たちを見やるが、それも”目の色”が違う、なにか特殊な出生上のシガラミが垣間見えると言うやつで。
クリステラは一応その孤児たち”も”警戒しながら、闇から闇に今も血風を巻き上げている男を探す事にしたのだった。
「素人だな」
その現場は、紅。
ここまで周到に追い詰めるのは、流石はプロでしかないとクリステラ、目の前の男が齢いくつか知らないが。
歴戦の強者の自負のあるクリステラですら感嘆してしまうほど。
孤児院から上階に上がり、その後、曲がりくねって続く回廊を渡り歩き。
おそらく追いつめに追いつめ抜いたのだろう、敵の本丸らしき場所で、敵という敵を全滅させた手際について語っている。
「そうか、お前も観測者に弓引くものなのだな?」
「ふん、そう思いたければ思え」
夜の闇の中で出会った二人は、なにか共通者特有の親近感を思うでもなく。
でも一欠けらの心の余裕を取り戻した気だった。
それは、ただ事実のみを認識し把握する作業なのだけど。
そう思いあう事でなにかを得た訳ではないけれど、きっと二人は敵同士ではない、そう思うのは間違いだろうか?。
闇の天空で、二人を見つめて、中空で本とページで、この場の出来事を、まるで”童話”の一ページのように書き綴り、書き締める、本来的な”観察者”の”彼”はそう綴って、闇の中に溶け込むように姿を消したのだった。




