バンブロ-裏観測者の真世界について-四夜家の末席者視点
2045年、世界は技術的特異点に至り、その時点で動作を停止した。
「そりゃそうだ、”その先”は”再現不可能”なんだからな」
今は1978年、昭和53年、俺が自我らしき”強い意志力”を目覚めさせた辺りである。
俺は2043年で、ギリギリで、裏の世界を暴き出した、そっから2年で大まかな全体像を割り出した。
だが、それだけ、そっから”先”らしき”先”を、見ることも、得ることも、終ぞ無かったのだ。
唯一知れて良かったと思うのは、俺が世界において真に特別な血筋に恵まれていた、という件。
突然だが、この世界は3つの派閥が、絶妙に調整されたバランスで、争うように、神のような存在に競争状態にされている。
一つが図書館、司書官と呼ばれる情報を、主に物語などを操る...”観測者”と呼ばれる永遠の超越者によって構成される。
二つ目が博物館、学芸官、これも本質的には一つ目と変わらんが、裏側から見ると全然違って、
図書館が自由に独立した存在達で構成されているのと違って、博物館は”企業”のように独立した集団としての意志や目的を持つ、少なくとも気風がある。
最後に、境界封鎖機構、監察官、ある意味で此処が一番強力で、この世界を管理する、のみならず、さらに上位の世界も管理・運営している、”という噂”だ、実際は分からん。
で、そんな世界系の話は、規模がデカすぎて、俺の管轄では、”およそないようだ”ってのも、2044年に知った。
俺が管轄するのは、最後の図書館にして、最古の図書館、幻聴蚊帳、そう呼ばれる図書館組織の、特別な一個存在だったという事。
「クソみたいな、およそ、場所だな」
故郷である、某県の某所在地。
それなりに近代的な街並みの中心に、その大正や、もっと言えば明治みたいな町が、まるで聖域のように、広大な領域として、ある、それだけが特徴というか。
いや、言っちゃえば、昭和の街並みなのだが、
もう昭和も終盤、ぶっちゃけ町は平成の様相を呈している、なのに、ここだけは時代錯誤のような集合団地や住宅が、軒を貫いている、というか?
言えば、ここは故郷をダムに沈められて、村人丸ごとが国から家と場所を無償提供されて、今では年金も支給された、都会の限界集落なのだ、笑えない話だ。
ガキの頃、一回目の人生では知らなかった話だが、もう人生も二週目の今なら分かる。
ココは政治的な、纏まった管理し易い票田なのだ、ゆえに聖域。
そして、その聖域を真に聖域たらしめる、あの御三家、厳密には死夜と呼ばれる四家だったのだが、ダムに沈むまでのゴタゴタで一家が、この世から死滅した、まあソレ俺の家系だわな。
御三家筆頭の、突き抜けた力のある坂崎家、コイツが暴力団・坂崎組とかいう暴力装置も備えてて、まあその他にも色々あーだこーだ、裏の真世界の事情も絡み合って、この体たらく。
ショッピングモールが台頭する時代に、奇跡的に商店街が成立する、なんて稀なモンじゃない、確率でもない、普通なら、都会の真ん中に、これほどの規模の限界集落みたいなのは、不可能なのだ。
「それを可能にする、勢力が、裏側に、居た訳だ」
これもガキの頃は知らんかった、この狭い、いや狭くて広い聖域には、三つもデカい、それなりの規模の図書館があるのだ。
それは世界の裏側で観測者を纏め上げる、三大図書館の派出所、支部であり、あった。
そして村の中央にある神社、丁度クソデカい自然公園のように、裏山程度の、いやもうコレはアメリカに良くある国立公園か、シカとか普通に出てきそうな場所、山の上にある、小さい図書館が、”「ソレだ」”。
幻聴蚊帳、その図書館の責務というか、特産品?特化した業務や仕事と言うべきか、存在理由は、、、ありとあらゆる存在のコピー、代替、転生体、その候補や、受け入れ体の用意。
それは言ってしまえば、遥か天上から降臨する神の受肉体を、人の手で創生するような、そのクラスの、レベルの高い仕事のように、少なくとも、俺には見えた。
その為には、2044年の科学技術でも不可能で、尊く、たぐいまれな、圧倒的な血筋が必要。
浅く、どれだけ遺伝子を組み替えても不可能、深く、二重らせんに折りたたまれた、亜空間を弄るレベルのオーバーテクノロジーが必須だったのだ、だがソレは2045年以降に可能、前提な、文字通り机上の空論だった。
「そして、俺は転生した」
なぜか、死夜家の頭首だったからだ。
この肉体は、とある天上の世界の大傑物、観測された存在名は、矛盾領域の覇者、アルデノイスト様とかいう奴の、転生の受け皿、その候補、ある意味で次代の神の候補と言えてしまうくらいに、貴重なな入れ物だった。
だから、死んでも、二週目で、魂と精神、肉体を、さらに研ぎ澄ます事が、許された、そう思っている。
転生だって、無料じゃない、どこからか、誰かからか、膨大なエーテル、エーテルは言ってしまえば、なんにでも変換可能な、万能な奇跡を体現する、その為の燃料。
それは、意志力のみで、その方向性だけで、ほとんど汎用的に可搬的に、
さらに言えば摩擦力みたいな減退が、この世界で唯一、無限大に最小単位の、まさに純粋に研ぎ澄まされた奇跡の力、その結晶だったり流体だったりする、するモノ。
「まあ、俺には関係ないが」
山の中腹で、町、いや聖域全体を見渡せる、見晴らしの良い、広間のようになった公園のようなベンチで、座りながら、図書館を起点に”三角関係”になっている町を、ただ眺める。
この力場を支配する”企業”の存在も、2045年の最後で知れた、極点ARとMR、アライエンス機構と、その下部組織。
この世界よりも”一つ格上”の、絶対的な上位世界から、この場所を狩場と認めて、介入している、”集団”だ。
この場合の”絶対的な”、という上位存在は、図書館や博物館のような、この世界における”上位”存在じゃない、それよりも根源的に格や格式などなどが、絶対的な隔絶したレベルの、空間に亀裂すら入るような”上”という意味。
境界封鎖機構が、その”絶対的な上位存在”を仲介して、観測者として、ゲームマスターとして、GM権限のバランス調整等を施さなければ、管理しなければ、容易に全てが飲み込まれるだろう。
そして境界封鎖機構にも、まあ色々あって、そのあたりの無限にややこしくなる、それら内部での無数の、星の数ほどある派閥に類するアレは、省略。
とにかく、コイツ等は、”世界獏”と呼ばれている、
世界という夢のような世界を、獏のように、食らっている、生きている、というのが、もっぱらのうわさ話やお伽噺、神話に該当するような、曖昧模糊な形而上なアレな奴らと見る。
「とにかく、コイツ等に、好き勝手されているのが、現状だわなっっ」
2045年よりも”先”が”無い”のも、ようは”コイツ等”が管理しきれない、
箱庭を運営・管理できないから、自分達の手に余るサイズの、テーマパークには、およそしないつもりなのだ、ただそれだけ、本当に、ただそれだけなのだろうと、そう思う。
勿論、無秩序に発達し、世界が真の意味で壊れる前に、”滅び”をコイツ等が与えられる位に、凄い存在というのは、あるのだろうが、
あまりにもバカバカしい方法、その先が一切ないという絶望、俺という一個存在が被った、世界に対する絶望感、失望感、そういうのは、多分”コイツ等”に返すべき、呪いや恨み、怨念として、俺はカウントしていたり、、、する。




