最果ての魔女の守護者△
彼女は、ひがな一日、ずっと歌っている、狂ったように歌っている、歌っているのだ。
「最果ての魔女が一、メリンダ=レヴァンティア」
見た目は、金髪の、純粋に綺麗な女の子だ。
まだ幼さの残る外形、ちょい小悪魔ちっくな悪戯心を覗かせる見目。
しかし、その実体は、鬼畜で冷酷、完全なる外道に逸した存在だ。
数々の人体実験を繰り返し、確認されているだけで何十万人を殺し、魔術の研究をした。
それによって、禁忌に十二分に抵触する高度な魔術を習得し、半永久的に生き続けられるに至った。
そして、最果て指定の魔女認定をくらった。
だから、此処にいるのだろう、隠れるように生きているのだろう。
此処は、世界の果てのような場所、辺境も辺境の辺鄙な、何もないに等しい場所。
あるとすれば、馬鹿なスケールの大自然、それも不安定に天災を醸す、超危険地域だ。
まあ、あの気楽な様子から察するに、どうにでもなるのだろう。
この暗い暗い空が、今にも落ちてきそうな不安を醸す、無明の闇の中でも、ダンスステップを刻んだりしているからに。
「それにしても、辛気臭い場所だ」
一人、黄昏つつ徒然と、遠方の魔女を、特殊な望遠鏡で見つめながら呟く。
ふと思う、いや、だからこそかもしれない。
こんな場所に、ひっそりと生きている彼女だから、見栄えする、絵になるのかもしれないと。
どうでもいいかと、その辺に感想を唾棄する。
「うん? なんだコレは?」
突然、風の色が変わった。
視覚効果的に、歪な色彩を帯びたのだ。
このような場所では、なにが起きるか分からない。
特に、中途半端に人の加工を受けて、その後、放置されているような此処。
今は完全に人の手を離れ、独自発達し続ける大自然、というに、まったく侮れないのだ。
パキパキと。
己の身体が、その体表一枚が、完全に氷付けにされていると自覚する。
まあ、俺なら大した事ないが、普通なら凍って、次の瞬間には瓦解しているぞな。
彼女は、どうだろうか?
望遠鏡で見ると、むしろ、なんか楽しんでいる風だった。
いろいろな方向から来る、色彩を帯びた風を、優雅に緩やかに、避けているのだ。
時折、紙一重で避けてみたり。
ヒラヒラのドレスの端を、わざと当てて、切ってみたり。
段々と時間が経つにつれて、衣服がボロボロに襤褸屑のように、なっていく。
端的にいって、あられもない姿だが、
いいぞもっとやれっと、か、誰かが脳内で喧しく煩く言っているので殴って大人しくさせた。
金の髪が、風に自由自在に靡き、別の生き物かのように、酷く脈動的に動作している。
彼女のスーパーロングヘアーは滑らかで光沢があり、ゆえにダイナミックな存在感がある。
青の目は、理知的に、どこまでも澄んでおり、
もし仮に、あのような瞳でジッと瞳を覗き込まれたら、そのまま意識ごと、吸い込まれてしまうかもしれない。
いや、これは、あの瞳の感じ、なにか、ありそうだな、
幻惑系の魔術を瞳に仕込むのは魔女の常套句であり、注意が必要だ。
まあ、目も普通に、とんでもなく綺麗ってわけだが、見た目はな、中身はどうだか分からないってだけで。
声も綺麗なのだが、普通に異常だ、
異常のレベルに達している、そういう特異な現象だ、と見える。
そう定義せざるを得ない、
あのような音を、およそ、一個の存在が出している、というのが不明瞭だ。
果てなく深みがあり、全てを内包し、強制的に包み込んでしまうかのような、
溢れ出て溢れ続ける、包容力のような魔性があるのだ。
「まあ、俺には効かんがね」
それは事実だった、強がりの台詞でもないのも自覚できている。
俺には魔術なんて効きゃしない、完全に独立した存在だからだ。
パーフェクトコティーング、俺には一切、世界の何もかも、干渉することが出来ない。
代わりに、俺からも、世界に直接的に、干渉することは出来ないわけだが、至極、どうでもいいと思える。
で、彼女は、どうなのだろうか?
己の望みのようなモノを、粗方、叶えて、その後、世界に対して、何か望みがあるのか?
ただ、存在しているだけで、無上の幸福を感じられているのだろうか?
傍で見ている限り、飄々と悠々自適に、生活生存しているような気が、しなくもないってところだ。
なぜと思う、なぜ俺は、このような観測をしているのか、続けているのか。
そんなのは、まあ簡単だ、俺は、あのような魔女が好みだ。
あのような、ありとあらゆる禁忌を犯し、そしてその果てに超越し、何も感じなくなった、
あるいは、限り無く神に近しい個人、
余りにも高みに至ると、身内、愛情の範囲内が、際限なく広がり続けたりする、
まあ偶に、自己愛にだけ嵌り、抜け出せなくなり、己に無限大に埋没する奴もいるのだが、あいつは、彼女は違うっぽい、
魔女とは、酷い矛盾の塊のような存在だと思う、俺の場合はな、他人は知らんが、
世界を果てしなく愛するが故に、際限なく高いレベルで愛する為に、禁忌を犯し尽くしたり、するのだ。
そして、そのうち、己の存在が、世界に対して、マイナスにしか、結局はならない事に気づき、
まああのように、大抵の至り尽くした魔女ってのは、世界の果ての果てに隠居するのが黄金パターンなわけだが。
もうそれは、愚かな、本来的に愚かであるのが人間の、それは率直に正直に、己に嘘をつかない、
人間が在るべくしてある姿、その人生の極致みたいなモノであって、客観的に視ていて、それはそれである。
理性で己を抑えるのでなく、感情で生きる、それは姿だ。
愛する為に犯し、愛される為に犯す、果てが無いほどエゴ、自我に溢れた、そこには紛れもない人間がある、人間の意志があるのだ。
これは所謂、秩序とは大きく外れている。
人間性を憎み、排他するべきとする、それは勢力といえる規模の思想理念だ。
限り無く神に近づき、限り無く近しい存在、に、なるべき、
しかし一歩だけは、きっかり線を引いて、人は人として生きるべきである、
神になど、決してなってはいけないし、そもそも、なれはしないのだから、
つまり、人ってのは、神に絶対忠誠を誓って、始めて存在が許される、原罪を自覚せよ、とかなんとか、
そういうのから視て、魔女は禁忌を平気で犯す害悪だ。
積極的に能動的に、神の領域に踏み込んで、人生を楽しもうとするのだ。
世界を愛する為に、そして、愛される為に、果てのない、それ、何かしら渇望し、求めるが故に、だろうよ。
正気の沙汰では、おそよ、おそらく、ないのだろう、
正気であの領域で、軽妙にステップ踏めるには人間は脆すぎる。
だが、滑稽な事に、それが最も、人間性を排する、最適最短の手法でもあるのが、奴らにとっては痛撃だろう。
魔女が、最も、奴らの定義するところの、人間性の排された存在なのだから。
だが、奴らは魔女を認めない、それはなぜか?
当然だ、奴らは秩序を妄信しているからだ、信じるものが、そもそもの根底から違うのだ。
奴らは、この世界が無上に幸福になる、なれると、信じて疑わない。
そのような無上に幸福な世界で、罪に己が濡れていれば、どうなるか? そういう事だ、
奴らは幸福な世界で、幸福に生きる事を、ただ望んでいる、
ゆえに人間性を排して、少しでも罪から逃れたいと望んでいるのだろうからな。
「そう、魔女の罪は消えない」
存在は連続性を持つ現象として、世界から常に一定で定義される。
そして、その世界には、罪を犯した主体も含まれる、
故に、歪みの一切ない、罪悪感、背徳感、およそ自己存在を肯定できる要素を、一生持ち得ない、となる
完全なる孤独にして孤高、世界から隔離された存在、だ
聖女聖母のような、神の領域に踏み込みながらも、一切の罪がない存在など存在し得ない、、、
というわけか、だが、どうだろうか?
神の領域に至れば、あのように、たった一人の個人でも、完全に自立自給自足した、十二分に幸福に見える
少なくとも、客観的には、そう判定できるだけの、そういう雰囲気があるんだよな、
不思議なモノだ、
単独で世界を回せる癖に、単独では、どうしても世界から認められない、それだけの罪を背負っている、から
既存世界、全てを超越するほどの罪悪に塗れて、初めて至れる領域、
そこに居るのが魔女か、と定義できるか?
罪悪ゆえに、他を一切、許容できない、
容量が飽和している、
ように見えて、その実、容量の方は神と思えるほど巨大、
この世界を創造した神が、その罪悪、その無上の巨大さ、ゆえに、直接干渉できないような、そんな感じか?
存在として考えれば、
容量が無上に無限大に強制拡張されて、加えて常に無上に無限なほど満たされていて、ゆえに一切の空きが無いのだろう、
魔女がする事なんて、第一に、自分を殺し尽くす事だ、
他人を殺す事が、イコールで、自分を真底から、性根から完全無欠に抹殺、消滅させる事と同義なのに異論は余地もない、
神も、魔女も、結局は同一、そうだな、
決して、絶対に、生まれたくなかった、存在したくなかった、だろう、
無限に生きる、なんてのは、どう考えても罪悪だろう、
なのに、世界を、己を、創作創造したのだ、
それは己を殺すことと、おそらく同義だったんだろうよ、くだらねえ、
決して許されない罪悪、
自己の写し身を創造して、初めて、外道に落ちれるんだからな、
外道に落ちれば、後は楽だ、
守るべき己は、とっくの昔に殺されていて、何も感じないほど麻痺してんだからな、
神も魔女も、この世の、掛け値なしの最底辺突き抜けた、底の底の真髄を知っている、
地獄だ、
それさえ知ってれば、もう、何も怖くもなんともない、幾らでも禁忌を破って破って、
ただ、面白可笑しく楽しく、存在するだけだからな。
神は、禁忌を犯して、この世界を作ったし、
魔女も、己という最悪を作って、世界を何だかんだ、楽しいか知らないが、生きている、
つまり、誰しも彼しも、死んで、楽になりたいって、わけなんだろうか?
その癖、死ぬのは嫌で、死んだように生きることに、生命体としての光明を見出しているんだろうか?
生きてれば、何かがどうにか、なるかもしれない、希望、
だけど、死ねば、その希望はなくなる、
だから、死んだように生きる、そういう選択をしたんだろう、か?
秩序的な思考回路で、考えれば、
くだんねーよ、な、それは、
駄目だ、駄目だ、
生きてれば、何かが、どうにかこうにか、なるかもしれない、
が、外道に落ちて、死んだら、救われるはずねーだろ?
論理的に理論的に、考えられないほど、追い詰められたのかね?
生きてれば、この無上に広がり続ける世界と交じり合って、無上に幸せになれたのに、
すくわれねーな、
あんな死んだような様じゃ、絶対に、絶対の絶対で、幸せにはなれねえ、失ったままだ、
己に埋没して、
世界と断絶、完全に縁を切って、世界を利用する物として扱った、罪、は、決して消えない、
目に見えるものを、ゲームのように、フィクションとして扱うってのは、
それは、一度したら、取り返しが効かないって話だな、
他人から、それをやられたら、もう、絶対に許せない、そう考えれば実感できるだろうよ、
己が絶対に特別、そんな存在に落ちなくちゃ、絶対に、そんな事はできねーんだからな、当然だ、
自分は絶対に特別じゃない、特別な存在など存在しない、全存在が平等に特別じゃない、
だからこそ、存在同士はお互いを尊重できるし、
平等に、愛情を、一切の摩擦抵抗無く、無上の信頼と信用のもと、無償で無上に交換できて、
信用創造的に、一人よりも、遥かに増幅的に、増大的に、幸福ってのを、情動の総量を、格段昇華できる、と
このように、善のイデアと一つになり、世界を、みんなで生きるのが至高の幸福、らしい、
どうなんだろうね、理想論つーか、楽観論つーか、まあ、そういうのもありつか、いいんじゃねーかって、
微妙に、想わなくもない。
「おっと」
考えに浸っていたら、魔女が、帰ってしまった。
頂に、帰ったのだろう。
ここら辺では、一番高みに位置する場所。
酷い不安定な、どう考えても、物理的に立つのが不可能なポイントに、あった。
典型的な、それは魔女の家に見える。
切り立った山の頂点部分に、物理法則を無視して、巨大なアトリエ然とした建築物があるのだった。




