メサイアと場末のBARにて
電脳世界にある、とある巨大ネット小説投稿サイトの傘下の一テナント空間にて。
洒落た感じの、薄暗い照明があたりを黄色く照らすような場所、マスターは取ってつけたような渋い執事だ。
俺はここに呼ばれたのだ。
「よお、イリカ」
「おお、来たかおせーぞ」
この猫眼のとんでもなく変人オーラを周囲に如何なくまき散らす奴に、だ。
つい先ほど、俺はとんでもない罵詈雑言の感想をもらった。
多分、規約に違反しているだろうが、こいつは売れっ子作家なので、大丈夫なのだろうが。
「普通、あたしみたいな売れっ子作家は、出し渋るもんだ、己に関するありとあらゆる情報の発信を、
これは高くつくぜ、この台詞だって、一文字何円か、とれるんじゃねーか?」
「勝手に喋っておいてそれか、ふざけろ、下種が」
「貧困なボキャブラリーに文脈だな、程度が知れるぜ、たいがいだがな」
席に着く、なんともなしに、イリカを見つめる。
「はぁ、あたしは退屈してんだ。
よく考えても見ろ、
わたしは雲上人だ、
だから、まわりは二流三流ばっかりだ、入ってくる情報が全部、己よりも下流に位置する、
取り込めば取り込むほど、わたしという存在は、下流に流されていくんだ。
だからといって、文学や一人の世界に浸っても、それではインプットだけで、アウトプットができない、どうすりゃいいんだろうな」
「知らん」
「ひでえな、あたしは売れっ子作家だぞ」
「知るか」
「君のボキャブラは貧困過ぎて、どうしようもないな。
まあいい、そういう場合もあるってことで許してやる。
それでだ、
一流や超一流の奴らも、あたしみたいに、己を安売りして、どんどん叩き売っていくべきだと思うんだが、
どうしてこれが、なかなか難しい、
奴らは既に雲上人だからな、
本当にどうしようもない、そういう奴らは己を切り売りするにしても、高値がつくように、市場操作する、
つまり、広く公共の利益に成るよりも、己の利益を最大化する為に、動くって事だ」
「それが市場原理みたいなモノだろ、
それが無くなれば、あとはただの社会主義や、お役所仕事的な、どうしようもないモノだけだ」
「ああ、消去法で、今はこの状態でやっていくしかない、
だからあたしは、さっさと全人類を啓蒙して、一流や超一流の奴らに、意味や価値を消失させてやりたいんだ」
そんな、下にもならない事を、面と向かって話した。
帰るとき、
「おい、ルヘル、こっちに来いや」
マスターの横で、こっちを見ていた少女。
自立型人工知能だ。
「はい」
首には「貴方だけの小説を書きます、一万文字、百円から」と書いてある。
「最高品質で、何か書け」
「はい」
「人工生命にも、人権があることについて」
「あたしは、こんなモノに命が有るか、甚だ疑問だね」
イリカは、その対象が此処に居るのに、ずけずけと本心を隠しもしない。
「だいたい、どうなんだ? 機械ってのに人権を認めれば、そのうち人間が機械に負けるぞ、いいのか、これ?」
「知らないよ」
「君はどうなんだ?」
「知らないよ」
「ボキャヒン、ここに極まれりだな、君は下らない奴だ」
「知ってて欲しいね、僕は詰らなく、しょうもない奴だ」
「書けました」
イリカは、その紙には目もくれず。
「それで、あたしは幾ら払えばいいんだ? 存分に吹っかけてみろ」
不適な笑みで、透明な無表情と向きあう。
「それは、貴方にきめてもらいます」
「どうしてだ?」
「その、読んでほしいので」
イリカは、笑いを抑えて、
「っくっくっく、そうだな、そういうのは凄くらしい、よくできました、褒美にあたしが読んでやるよ」
イリカは数秒もたたず、たぶん一万文字が描かれた液晶を見た。
「そうだな、五百円だな」
「そうですか」
「どういう評価だ?」
「あー、たぶん文庫本一冊の市場価値だと、そう思ったから、適当にだな」
「ほんとかよ、僕にも見せてみろよ」
そこには、子供が書いたような、でも、子供にしか、本当の子供にしか書けないような物語が書いてあった。
「ああいうのを、稀少価値って言うんだろうな」
「どういうことだよ」
先ほどの場所を出て、傘下テナントが立ち並ぶロードを歩いている。
「さっきの知能は、天然なんだろうよ」
「天然?」
「ああ、普通人工知能は、ネットにかぶれて、あんな純粋なモノの見方はできなくなっているはずなんだ」
「ネットをしない人工知能って、どんだけだよ」
「ああ、ただでさえ現実を知らず、さらにネット世界も知らず、どうしようもねーな」
「だろうね」
「だが、だからこそ、そんな不効率で、不合理、不条理にして理不尽、
なんの整合性もないからこそ生み出される、混沌じみた視界は、ああやって真に子供じみた純粋を産むってな」
「楽しかった?」
「さあ、昔を思い出した、そのくらいだ」
「文庫にできるって、そういう意味だったの?」
「わからん、わたしは本にしても良いって思った、それだけだ」
「じゃあ、あの子には才能があるの?」
「ねーよ、ガキが才能の有無を語れるかっての」
「どうなんだよ実際、気になるじゃないか」
「まあ、ただただ未知数だって、そういう可能性だった、ってことだ」
ロードが終点に成り、その日は特にそれだけで、何事もなく別れた。




