最高至極の女副将軍と黒の戦乙女の邂逅と決着
始まりの時プロローグ
「助けてくれて、ありがとう」
輝かしい容貌、差し出される白い指先に触れて、俺は驚いた。
なんて熱いんだろうっと。
「ああ、どういたしましてだ」
手を握りながら、さきの超上位魔法の連発を行ったのが彼女だと、この掌の温度で実感する。
先ほどまでの、苛烈な上級魔術師達との死闘。
大方は、彼女の無双の如く活躍によって片付けた、俺の助力など僅かといえた。
ニッコリと微笑まれ、手を離される。
そして反転、そそくさと歩き始めて、顔が見えなくなる。
後ろから見える、黒い長い髪の毛。
純粋にどこまでも強く優しい、彼女の凛とした顔を頭に思い浮かべる。
ああ、もうどうしようもない、なくなるほど、魅せられてしまったと知った。
「おい、グリス、お前、どこまで着いてくるつもりだ」
「いえ、すみません」
俺は脚を止めて、彼女を見送る。
何かしたいが、俺では特になにか出来るわけではないのだ、胸が痛む。
彼女は一桁の年齢で既に軍に仕官していたという、具体的には9歳。
十代の軍仕官ですら珍しいのに、0代で成ったというのは、一つの前例すらも無いという話だという。
「少し、対人で試したい事がある、ちょっと付き合え」
偶にこのように、彼女に誘われることがある。
俺は彼女に比べれば大分劣るが、それでも俺くらいしか今のところ最適の相手が居ないのだろう。
大抵は実剣術の相手を務める、だが、長年の十余年の実戦経験で仕込まれた俺の技術でも、まったく相手にならない。
それ以上に彼女の才能が、天賦の天才性とも言える技術など、そも実戦経験の濃度ですら、負けているかもしれない。
ちなみに、俺も英才教育を受けた身だ。
結構に相当、ある種の一線越えた苦しい幼少時代を過ごしたのだが、彼女はそれ以上だと、推察の余地なくても直感のレベルで確信できる。
投げつけられる剣術も、それに込められる意志の強大さも、何もかも別次元で圧倒的なのだ、俺では途方もつかない高みに居るのだ。
情報処理能力、判断力により加工する等含めた総合的な演算も含めても、当然だが彼女が上だ。
直接情報入出力装置での、持続的限界最大レベルは13、短期継続的なら15である。
普通の軍人の平均値が3なので、これは圧倒的だ、レベル1上がる毎に処理する情報量は10倍に上がっていく。
「これより、今回の作戦概要を説明する」
副官として傍に居て、度々でなく彼女の能力の高さには驚かされる。
今回も、彼女一人で、もちろん間違いなく掛け値なしで単身でという意味だ、で、大きな艦隊、陸戦戦術が全て練られた。
大規模参謀本部は、大して能力の必要のない事務処理等、作戦の細部の詰めなどに従事していた。
彼女がいる戦域は、大抵全てこのような形で彼女の統一指示のもと動く、それが最も戦闘効率が良くなるが故に。
彼女の埒外の能力は、戦術だけでない、更に大きな戦略計画にも及ぶ。
戦争全体において、彼女の埒外の不確定要素は無いのではないかと思う、それくらいに完璧な、隙のない戦略を常に提示する。
それはまるで、戦場を盤上の遊戯のように俯瞰するようである。
敵味方問わず全ての駒を詳細まで把握し、その上で動かし、必然に導き出される解答を出す、神に比する戦略眼であろう。
今まで既に幾十も、大規模な戦略が、彼女の直接で企図されており、そしてその幾つかは、もう多大な戦果という過去として、直接目に見える形の成果として、現実に成っている。
「おにいちゃーーーああん!!」
もう一人、副将軍と同レベルの存在が、巨大な規模の連合軍にいる。
それが今、俺の懐に直撃したやんちゃ少女だと、誰が初見で推理できるだろうか、いやできまい。
「ぐへぇっ、、おいコラ、レイル、お前は上官殴打で軍法会議にかけられたいのかぁ!」
「ああん! 怒らないでぇ! わざとじゃないんだよぉ! レイルぅ嬉しくてぇ!」
頬を目に見えて紅潮させて、まるで恋する乙女のように俺の胸に縋りつく、一目では可愛らしいだけの少女。
だがこの邂逅の少し前に、機動兵器で敵の将兵を数十億人殺してきた少女だ。
戦場では誰よりも理性的に、敵を狩り尽くすための効率的で安定的な思考を発揮し、冷徹に冷酷に冷血な判断をする。
でも、今のこういう天使のような微笑を向けてくる様、子供よりも無邪気な子供らしさも、純然に彼女の確固とした一面。
二重人格でなく、極端な二面性なのだろう、そう確信している。
「レイル、ちょっと強くなったんだよぉ! 新技見てぇ! おにいちゃん!」
笑いかける少女に、少しでも何かしてあげたい俺は、彼女が飽きるまで付き合った。
自分の陣営が間違っているのは、大分前から気づいていた。
ただただ世界の版図を拡大させて、戦端を悪戯に拡大させる、それはまさに悪帝国の名に相応しい。
二人の少女は疑問を抱くようすも無く、帝国の理想、厳密に言えば皇帝に魅せられて持てる全てを持って闘っているように見える。
この世に善も悪も無い事は知っている、だが、人に悪意があるのは確かだ、それが戦争によって世界全体に膨れ上がっていると感じる。
無意味な闘争は続く、誰も止める事ができない、余りに強すぎる自陣営の精強さ。
「強さとは、己の意志を通す力だと思わないか?」
唐突に副将軍にそう言われた。
「そうですね、強さとはまさにそれで、世界に対する己の存在比率を言うのだと思います」
「分かっているようだな、ならば、最強の存在の意志が通るのが道理だろう」
強いという事が、必ずしも善良さと優しさを併せ持つとは限らない。
純粋な精神の強度の話でも、それは言える。
だから、強くても、通すべきでない意志はあるだろう。
「レイル、もう疲れちゃった、、、」
「どうしたんだ?」
「分かるでしょ、こんなのは間違っているって、、。
レイルは、いえ、私は、この戦いに悪意以外の何かを感じることができません」
「悪意か、確かに、裏に潜む何かを、俺も感じるが」
「私は、、、もう無意味で、非情に残酷なだけのこの戦いを、行いたくありません。
これ以上世界を壊すのは、幾らあの人の頼みでも容認できなくなりました、そういうことです。
貴方はどうですか? このまま戦い続けるか、戦いに疑問を抱き、少しでも何かしようと思いますか?」
「お前が何かするなら、止めはしない」
「そうですか、ならば、強引に連れて行くまでです」
「俺はいい、だがグリス、副将軍はどうするんだ?」
「彼女は絶対に離反しません、あの方を崇拝していますから」
離反は彼女を筆頭に大規模に渡り、その衝撃は帝国軍を揺るがせたのだろう。
その後の迅速な、予め定められたかのような、いや実際そうだったのだろう、連合の反撃で戦況はイーブンになったように見える。
「彼女を、ここで殺します、チャンスは一度きりです、できますか?」
「できるできないじゃない、やらなければ、敗北する、そうだろう?
攻めるべき時に攻めきらなければ、な。」
「よい返事です、それではこれより開始したいと思います」
冬の積雪積もる平原。
ある一点に、巨大な荷物を背負う彼女を見つけた。
俺とレイル以外、彼女も含めてそれ以外という意味で、実際上の戦力足り得ない、事実上の二対一である。
まずはレイルが暗殺の一閃で切り込んだ。
「っ!!!!」
一瞬の殺刃に、ギリギリのギリギリで気づけたのだろう、神速で抜き放った短刀でそれを受けている。
「レイル、なぜ貴方がこんなところに!」
「言うまでもありません、殺すためです!」
二人は同量の技量で、近接戦闘を始める、お互いの獲物も互角、そういう戦い。
だが俺程度が入り込める隙はない、まだ気配すら気取られていないと思うが、大きな隙を待つ体勢だ。
「なぜ裏切ったのですかぁ! レイル! 私は貴方の為にもぉ! 戦っていたのに!」
「知りません! グリスの感情なんて、所詮独りよがりのモノなんですから! 今更語るべきことなんてありません!」
お互いがお互い、何も語るずに殺し合うには知りすぎて、深い関係を持っているのが窺える、戦闘中の悲痛の絶叫。
「なぜ!あの人を理解しないんですかぁ!」
「あの人が間違っているからぁ! グリスも間違えている!ただそれだけの話です!」
全力の一撃同士がスパースを弾けさせて、戦いながら何かを伝え合っているかのようだ。
「どうせ!貴方とは相容れなかったのなら!初めから一切関わるべきじゃなかった!」
「それはこちらの台詞です!」
双方が瞳を血走らせ、想いをこの瞬間最高に溢れさせながら、激情を糧に超一流の戦闘を続けている。
「もう直ぐ増援が到着します! 降伏しなさい!」
「ですね、もう時間もありませんし、一気に終わらせます」
その時、レイルの全力の砲撃体勢を認めた、ここしかないだろう、加勢の瞬間は。
「ローオープン! インペリアバスターフルディメンション!」
沢山の六角形と円がレイルの周りに展開され、その全てがグリスを志向していた。
俺は戦域の端の部分から、機を狙っていた。
「いい度胸ですね、全部完膚なきまでに防いで、己の無力を晒せばいい」
攻撃魔法で向かい討たず、より防衛的な戦術に値する、防御魔法を展開している。
薄々気づいていたが、やはり伏兵を警戒しているのだ、彼女に抜かりはありえないのか。
「フルバースト!全部貫いてぇ!!」
彼女の号令と共に、一発一発が寸分の誤差も無く同時発射されたのを確認。
それら宇宙戦艦の主砲に匹敵し余りある威力を持つ魔法、その全てがたった一人の標的に集中したのだ。
グリスは最高級の防御障壁を何枚も多重に張り巡らせて、その全てを厳しい表情で押さえつけている。
ほぼ同時、俺も攻撃を放った、が、やはり難なくかわされる。
だがそのとき、歪な影が、グリスを通り過ぎた。
それは一瞬の交錯だったろう。
俺の攻撃を避けたグリスが、更に何かの影による攻撃すらも避けて、途端抜けた膨大な質量を持つ紅の光線に飲まれまいと身をよじっての回避。
その、まるで予定調和のように嵌った決定的な隙。
影の手、銀の刃が閃いた。
「容易い。
ホント、こんなに簡単に殺せるなら、もっと手早く始末するべきだった。
そうすれば、もっと色々と失わずに済んだのに」
落ちる首と共に、影はそのように独白だけして、ろくに姿も視認させずに、目にも留まらない撤退をした。
「グリス、、」
「はやく私達も撤退しましょう、感傷に浸っている暇はありません」
「貴方は、だれですか?」
「はあ」
「あは、あっはっは、こんなの! こんなのグリスじゃない!
だって、そうでしょお! こんなに簡単に死んで、生首晒す無様、あのグリスがするわけない! あは、あっはっははは!!」
「くっ!」
既に敵の増援が来ている、流石にあの集団規模は相手にできない、包囲されれば必死は確定。
俺は虚ろな瞳で笑い続ける少女を、無理やり抱き上げるように抱える。
「レイル、落ちずに掴まれ」
「ああぁ、、、もうやめよう、、何もかも終わりだよ、、」
「レイル、、、」
「、、、なに言ってるんだぁ! まだ何も終わってない!って言ってよ!!」
胸に縋りついて、ただこの世の終わりよりも絶望し、耐え難い悲痛に打ちひしがる。
こんな途方もなく後ろ向きに泣きじゃくる彼女に、俺は何を言うべきか。
言葉は出てこない、余りに全てが逆効果になる気しかしない。
俺は少しでも彼女を正気に戻すために、ただ強く抱きしめていた。
「まあまあだったな、第十ステージは、もっと、刺激的にしよう」
薄暗い部屋、ディスプレイに映る光景に多少の感慨を抱きつつ呟く。
俺は眼前の光景を遮断、世界を巻き戻して、初期設定の最適化を行う。




