本を読むのも書くのも全員負け組のゴミ屑
超絶勝ち組なら本を書いたり読まないで、もっと効率的な事をしてるからね
私は本が嫌いだ、ゴミ屑だと思っている
第一に、私は本を読んだことが無い。
それは言い過ぎだが、まあ人生において、本なんて全然知らない、文学なんてのは特にゴミ屑だと思っている
そうゴミ屑ね。
ハッキリ言って、文章なんて低強度の情報媒体で、一体ぜんたい何が、どれくらいの事ができると幻想しているのか。
バカらし、私は普通にそう思う心持だ。
文学という言葉自体が嫌いなのだが、
文を学んで、何がどうなる?
そんな下らない世界に、しかも将来性も全くない世界に浸かるくらいなら、
文学色の強いエロゲーでもやった方が、遥かに先進的だろうがって思うのだ。
つまり、何が言いたいかというと、
ラノベ以外が終わっている、ということ。
まず絵が無い時点で、ゴミ。
新しいモノを柔軟に受け入れられるのが、ラノベ、そこだけって事。
他はもう動脈硬化している、
昔ながらの懐古趣味だけに溢れて、もう死ぬ事しか考えていない。
勝ち逃げする事だけ考えて、負債や責任も他に押し付ける事しか考えない老害や女子供のような存在は嫌いで良いよなぁ?
って最近常にそう思うのよね。
私のような良い大人は、世の為人の為、日々を戦場のような場所で生きている自覚がある。
真に成長しなければ、不可逆で、ただただ不幸に成る、回避不能な激痛を味わう、嵌めに成るのだ。
そもそも、ラノベ読者くらいなのだ、
それ以外のメディア媒体は、全員と言わないが需要者のパーセンテージ的に言って、
勉強するつもりも、啓蒙されるつもりもない、
即物的な娯楽だけを求めている感じだな。
そうなのだ、
そもそも勉強や啓蒙は、心に余裕や、過剰な余暇、力量、余力のある人間の特権だ。
普通の人間、人間偏差値50前後のゴミ屑共は、やはりゴミなのだ。
人間とは、実戦経験を積み、その他の能力も恵まれないと、ゴミに成る。
大抵の人間がゴミに成る、逆に大抵の人間がゴミに成らないのならば、とっくの昔に世界は色々な意味で救われているはずなのだ。
人間は救いようが無いほどに愚かな生き物だ。
それくらいに人間の人生は厳しい、現実は難しい事が溢れている、社会は歪みに満ちているものなのだから。
大抵の愚者は、夏休みなど凡そない、凡人、職人、
それらは劣る人間力、劣化して老化する活力や、スキルなどを、日夜上げ続ける必要があり、
受け持つ仕事や、その他の色々で、勉強や余暇の時間など皆無だ。
つまり、
余剰リソースを割けない以上、求めるのは即物的な、明日にでも使える糧になるのだ。
長期的に見て、利益に成るような糧を、人は求めるんじゃないか?
それは賢者の思考だ、そして賢者は圧倒的に少数派なのだ。
だから、大勢として、
本当に、必死に真なる成長を求めているのなんて、若者、学生くらいに収まるだろう。
他は全て救いようが無い愚者、既に致命傷を負って、人生が超絶負け組に成ったゴミ屑か。
私のように、これ以上の成長が必要皆無なほどに、超絶勝ち組みな奴しか居ないモノだ。
つまりだ、
もう大人になったら、本で自分を変えようなんて殊勝な奴はいない、
他にも、幾らでもあるからな、
仕事とか色々様々に、キャリアアップをはかる為の多岐に渡る道が、
幾らなんでも本なんて方法論で、酷く遠回りは、例え自分探しでもしなくなるものだ
それでも片手間でやってる奴もいよう。
だがその時点で、本から真に意味や価値を得ようとは考えていない、考えない、考えても少しだろう?
つまりは本と、真剣に向き合っていない、って事だな。
若者は大人と違って、選択肢が無いからな、いや少ないからな、
ラノベとかからでも入って、本から真に意味や価値を得ようとする、つまりは、そういう意味でコアユーザーなのだ。
それはつまり、本と真剣に向き合っている、
作者からすれば、本と真剣に本気で必死にマジでガチで、面白いくらいに向き合ってくれるという訳だな
ラノベの購買層は若者、そしてラノベの歴史は十何年だとすると、
二十三十歳らへんまでは、そん感じである、
それ以降の、四十くらいの人生オワコンのバカみたいな奴らに向けて本を書くのも馬鹿らしい話だってこと。
だから出版業界はラノベ以外廃れたのだろう、馬鹿に向けて、しかも老い先短い奴らに、誰が賢い人間が尽くすかよ。
まあ、当然のスタイルだ、現実はぜんぜん、ちっとも甘くないんだぞ、舐めているんじゃない。
だいたい成人を迎えたらエロゲー一択だろうが、いつまでもラノベみたいな低次元な媒体に依存してんじゃないって思うが。
まあそれでも、ラノベだけは良い媒体だろう、売れ筋が分かり易い。
絵を見れば、一目明瞭に格付けが分かる、どれだけ力が入っているかなどだ。
これからはラノベが本の大道になり、文学は懐古趣味の奴らだけが読むモノとなるだろう
それでも文学はこれから先も、だいぶ細くなるだろうが続くだろう、
映画化や三次元で映像化される作品は、新書ってジャンルでも沢山出てきてるし、
ラノベ一強は成らないだろ、文学とラノベの間の領域も視野に入れるべきかもしれん。
だが新書ってのも、ラノベに比べたら発達が微妙か、
確かにあれは少しは見所があるのかもしれない、でもラノベに比べたら正直な話、微妙だろう?
ラノベの良い所と、文学の良い所を両取りして、ある意味で最強に見えるけどな。
だいたいの話、
文学ってのは、賢い奴らだけが極めていればいいのだ、凡人の踏み込むべき領域じゃないのだ。
踏み込んでないと思っても、読んでいるだけで、文学を極めている様なものだ。
俺は、一線越えて頭の良い奴が、言語だけで高次元に情報を創造する、そういう修練の世界だろうって思う。
その技術は、ラノベやエロゲーやらの創作の仕事で生かせば最大効果を発揮する訳であり、
凡人はそんな技術を幾ら極めてみたところで、果たしてどれだけの意味や意義が有るのか、
俺は言う、ハッキリ言ってないだろ?ってね。
まあ、日常や狭い範囲で、公共の利益に成るかもしれないがね。
だが、そんなのは無いのと一緒なの、
つまり、どんな頑張っても、広く技術を発揮する場なんて、天才でない凡人には無いのだ、無駄な技術を極める事になるのだ。
だったらだ、需要者として徹するべきだろうが、
ラノベやエロゲーをやりまくって、人生の活力を最大化していた方が遥かに良いだろうが。
さらに言えば、文学的才能なんて云うのは、そもそも極めて例外中の例外的な天才的技術以外に実用性が無いのだ。
つまり、文学を極めても、その極めて得られる利益は少ないし、才能開花しても、実用に耐えるレベルなのは極少数、
つまり、他の技術体系と比べてって意味で、はるかに実利が少なく、高次元に娯楽を創造するのが難しい、それは才能なのだってこと。
私の話が意味分からなくなってきたとか、思っているんじゃない、お前、ゴミ、クズ人間。
お前は、なんとなくで感じて、それとなくなあなあで納得して、わたしの話に感心してればいいんだ、ボケカス。
さて、ほとんどの場合、文章や小説を書く上での絶対的で圧倒的な能力の基本、基礎になるのは、純粋にただただ博識であることだ。
そう、博識である事、それが何にも勝して絶対的で超安定的な実力であり、能力であり、才能なのだ。
それ以外は、ハッキリ言って、ほとんど役に立たない、小手先レベルの、実務において全く助けにも救いにもならないゴミ。
それでだ、
そんな中で、絶対的な才能もない、絶対的に博識でもない、己の一生涯を捧げるレベルで創作する努力もない、癖に、
己の書く小説や文章に、凡俗な他人と比べて、絶対的に優越して、価値や意味があるなどと、
「笑わせてくれる」
甘えたガキが、何の真理も知らず、理想が叶うと夢見るくらいに脳内お花畑の、屑が。
絶望が足りないんだよ、真に激痛を知らないんだよ、理想が、夢が、ありとあらゆる愛が、
凌辱の限りを尽くされても終わらない、無限大の絶望が、この世界に存在する事を知らない、ガキがぁ!!!
絶対に思ってはならないだろう、
なんて言わない、己に絶対的な価値や意味があると盲信するのは、別にいい、
まあ、実体は一切変わりようがない訳だし、な。
はあ、
そもそも、だ、
二流三流の人間には生きている意味や価値がないのだ。
二流以下の人間は不幸だ。
不幸だから、己に意味や価値がないから、世界に復讐する事しか考えてない」
そして二流以下で不幸で弱いから、復讐心を抑えらず、
なにかしら他人の足を引っ張る形で、安易に実行してしまう、
少なくとも、そういう傾向にあって、
確立定量的に、絶対的に世界に害悪を与えて、世界にマイナスになるのだ。
ぶっちゃけな、
わたしは、そういう奴は一人残らず死んだ方がよいだろう、と思う。
そういう奴が居るから、世界が全体的に見て、完全に滅亡した方がマシって状態になるのだ。
どれだけ価値や意味のある一流以上の人間が溢れても、そういう足を引っ張る馬鹿ゴミ屑クソのせいで、そうなるのだ。
そして、そういう奴に限って、二流以下の存在は死んだ方がマシだから、
幾ら犠牲にして利用して、殺しても搾取しても良いと考える。
そりゃ、そういう事をすれば、二流以下のゴミ屑も一流に至れるだろうが。
だが実体はそうじゃない、
二流以下の奴がそういう事をして、やられた二流以下の奴が三流にも四流にもなって、
さらにジリ貧な世界の暗黒たる状況を助長するのだ。
つまりはゼロサムゲーム
不幸な奴をさらに不幸にして、自分だけ幸福に、幸福な状態、上位者に成ろうとするのだ、
そういう救いようがない世界のお話。
将来に希望があると、楽観的に観測するな、
誰もが幸せに、一流になれるような、科学の発展を期待するな、医療の発達にも、娯楽の進展にもだ、
どう考えても、将来の希望と絶望は、少なく見積もっても半々、フィフティーフィフティー、50%50%くらいだろうが、
楽観的だけでなく、悲観的にも観測するならば、
てめーら二流以下の存在は、今すぐにでも、一流以上の人間、存在に至らないならば、在らなければ、登らなければ、
例外なく自殺するべき存在なのだ、
例外なく世界に処刑されるべき存在なのだ。
お前らが存在しているせいで、世界が全体的に見て、どう考えても完全に消滅、滅ぶべきと勘定されなければいけない状態なのだ、
お前らが全員死ねば、世界はどう考えても存続するべき、母なる罪を贖罪されて、母なる愛に溢れた楽園に成るのだ。
ふっふ、どうだ、どうよ、この力量を知れよ。
わたしは、お前に、こういう事を語って、ドヤ顔で、知って欲しかったのだ。
これほどの充足、これほどの露出趣味の解放的悦楽、享楽、快楽、嬉しいぞ、わたしは嬉しいぞ、くっくっくっく。




