ラザド方面戦役‐戦端の一片の記譚
「遥か高みの、あの空から、此処を見下ろしたら、どんなだろう、、」
一人、歌うような旋律で、呟く。
頭上の巨大な、黒々とした艦隊群を見ていて思った。
最近星域暦と、呼称が変わった時代。
完全なる管理社会の中で、私は日々鬱屈と生きている。
「はぁーあ、夢も希望もないなぁー」
それも仕方ない、歴史を振り返れば分かる事だが、人間はただ生きているだけで満足するべきなのだ、歴史が証明している厳然たる事実。
それは欲望は更なる欲望を生み出し、世界を破綻させる、そんな悲しいだけの事実だ。
だから、私も日々を鬱屈としながらも満足してる、生きているだけで満足している、振りをしている。
幸いというべきか、私の振りは露見していない、いや皆内心では思っている事だと思うけどね。
満足を追求しなくても、最低限の衣食住等、生きる為に必要な環境は支給されるので、別に生きるモチベーションすら不要に等しい。
この世界には、初めから大きな不幸も幸福も無い、だから皆平凡な人生に満足しているみたいだ。
世界には、どこにも過度に不幸になっている人も居なければ、過剰に幸福になっている人も、絶対にいない。
コレは最新のネットワーク技術で、ちょっと情報収集して、ちょっと回る理知的で利口な頭があれば、誰でもわかる純然事実だ。
だから、誰も大きな欲望を抱かない、いな、抱き辛いと言うべきか?
「本当に、心の底から満足。
私の描いた楽園は、ここに完全に結実しているみたい」
平凡で安寧だけが支配する時空で、深呼吸しながら内心の一部を吐露してみる。
「ただ生きているだけで、幸せ」
言葉にしてみて、何だか違和感だ。
こんな主体性を発揮する意味も無い、ただ囲いの中で生きる事に意味があるのか、とか。
そもそも、私は意味を求めているのか? すら、考えるのが億劫になっている、そんな自分に暗い感情が沸く。
「なんで、だろ、、、こんな何もない、強く生きる渇望が沸かない世界で、何で私はこんなにも、、、」
不可思議な気持ちだった。
一度も大きく不幸にも、まして幸福にもなった事が無いのに、どうして大きな感情が、、、沸くというのか?。
自分の中で自分じゃない何か、ありえないエラーが起きている気がする。
こんな私は害悪だと知っている、歴史が証明している。
でも、それでも、私は求めてしまった、欲望を抱いた。
害悪だと知っているのに、ソレを求めるのは、罪であるのに、、、。
「はぁっ、はぁっ、あと少し、、」
何人殺したか忘れた、既に三桁は超えている。
この先にある”アレ”、それを手にすれば、高みに位置するあの艦隊群すら問題なくなる。
過去の負の遺産として存在するソレ、手にすれば私の世界を敵に回しても、私単独が勝利するだろう力。
そして、禁忌を内包し、厳重に警備されていた筈の研究所、その全ての障壁を突破して、この最深部に到着した。
もう後戻りは出来ない、前進しなければ死ぬ段階に達した、まあそも、ここで怖気づくなら、そもそも決起してないわけだが、、。
眼前に、屹然と聳え立つ巨人、それを見て、私の中の未来への確信が、本当に確かな形になるのを痛いほど実感した。
そこで、本当に、今更の話だが、私一人では絶対に償いきれない、ここまで計り知れない罪を犯してまで、この私を制限する囲いを抜け出す価値が、果たしてあるのか、改めて考えた。
手を血で染め抜いて、手にしたモノに価値が無ければ、私は私をどう処すれば良いのか、分からなくなるのだから。
が、そうだ、自身が害悪だと自覚して、知った果てに全て自己の判断で行動していたのだ、全て今更、語るに及ばない、筈だ、、、。
今までも、無論これから先もずっと、それは絶対に変わらない私の信仰、私らしさと思えるモノ。
知った私は、私がどう決着するか悟っていたのだ、初めから。
世界全体が満足しているのに、一人不満足に浸る私は、きっと害悪、排除排他の対象にほかならないだろう。
きっと私一人の世界では、この大き過ぎる世界に押し潰されて、何もかも無くなってしまうだろうか?
いや、そうじゃないかもしれない。
私だって、世界の一部だ、排除の対象になり得ないと、考えよう。
世界が持つ不満が、私を生み出したのだから、きっと私は受け入れてもらえるだろう、そう信じた。
「アブソリュート・セッション・インペリアルモードで起動、、マスターは私だ、分かるだろう?」
私の運命を決定的な強度で動かし変える、巨人に乗り込み、楽々と囲いを抜けた、跡形も無くなるほどに蹂躙した。
囲いを抜ければ、更に囲いがあるだけだろう、実際そうだったが、人形から主体性を持った人間にはなれたから、とりあえず満足だ。
人形とは、誰か、自分以外の意志で動く存在で、人間とは、自分の意志だけで動く存在である。
私はあの囲いの中では人形として存在したが、この囲いなら自分を人間と認めることが出来た。
それだけの話だけれども、私の中では絶対に譲れず、許せず認められないモノ、そんな”絶対”だったのだから。
人形から主体性を持った人間になり、白紙のキャンパスを自由に描く、その為なら何でもしよう。
私は私を制限する囲いを、永延壊し続けたかったのかも、しれない。
しかし、だ、まだまだ、私は囲いの中にいる、気がするのだ。
今もまた、世界が私を手駒にし、操り歯車か人形のように手の平で操っているのではないか? という疑念がある。
だから、私は神の如き存在に至る事を決意する。
それこそが、世界に合い対し、対面し戦う為の、唯一の方法と思えたから。
神として、世界を己の色に染める、意にそぐわないモノは消すのだ、それこそが、真の人間だと思ったから。
ほら、やはり私は世界に対して害悪だ、幾ら取り繕っても無駄に等しいくらいに圧倒的に悪魔的だ。
でも、それが私らしいと、思ってしまったのだから、もう諦めと共に受け入れて、開き直って生きていくのだ。
「ラザド、寝ぼけた顔してるね」
過去の回想から、一時目覚める。
「ああ、寝ぼけていましたから」
「そうなの」
対面に座る彼女は、優雅な感じに紅茶啜りながらも、一切隙なくこちらを注意深そうな瞳で見てくる。
「一応聞くけど、今日はどんな用件で来たの?」
「用がないと、君のもとに来ちゃ駄目かな?」
「友愛が、ないとはいえないけど、貴方にはもっと優先するべきことが、あるんじゃないの? それも闇雲に沢山」
「あっはっ、確かにそうだね、猫の手かりたいほど、やるべきこともやりたい事もあるね、うん」
「で、まあ早々に本題をどうぞ、それについて語りたいわ」
「まあなんだよ、件の兵器の開発の調子はどうなのよ?」
「意味深で、思わせぶりな風から推察するに、プリラ、貴方はアレの事を言っているのね?」
「そうだよ、闇雲に色々開発を続けるのが虚しくなるほど、他の全てを犠牲にしてでも叶えるべきソレだよ」
「そうね、一個人が戦略を変えうる、異常を現実にする力、ですものね」
「そお、で、実際どう? 至りそう?」
「うふ、知りたい?」
「当然だよ」
「それじゃ、取引、貴方はどの陣営に一番梃入れしているの? 答えて」
「もちろん帝国だよ、当然でしょ」
「予想通りで、つまらないわね、嘘でも私達って言いなさいよ、で、理由は?」
「答えるまでもないけど、一応。
全ての可能性を統合して考えて、一番勝率が高いからだよ、じゃ、駄目かな? 詳細を語るには私達は暇じゃなさ過ぎる」
「でしょうね」
「詰まらなそうだね」
「ええ、詰まらない現実ですもの」
「その勝率の乱数を意図的に操る、神を手に入れるに等しき研究は、実現するのか、実際の実情を教えてくれないと、私も手を貸せないんだよ」
「わかってるわ、今は何も提示できない、それだけよ」
「そお、色よい結果が出力されたら、迅速に教えてね、仲間になるから」
「でも、断片的になら、既に実用段階よ」
「へえ、どの程度?」
「ハイレベルの魔法使いの予知くらいには、使えるわ、実践した実戦のデータを端末に送っておくから、見ておいて」
「ふーん、まあ、後々見ておく」
「それじゃ、もう一つの用事の方、おまけにしてはデカイけど、それは既に万端に用意できてるわ」
「ありがとう、運が向いて、また会える事を願うよ」
彼女はそれだけ言い残して、長髪を翻して出て行った。




