第四百四十四別働隊‐魔女と(罰)
ある殺し屋組織、あるいは養成所には、何かと使いにくい、あるいは懲罰目的で送られる、通称”自殺部隊”と呼ばれる隊がある。
それは、具体的には第四隊、四百四十四別働隊。
そこは、危険度の高い役どころ、戦場の矢面に立つ為、または自殺的任務が与えられる為に、好き好んで入る者はいない、ほとんどは送られるモノたちが多勢だ。
しかし、俺は、そこに志願した。
なぜなら、好きな女の子が、先日送られたからだ。
血糸の魔術師と、別にチートとも、其処では呼ばれる、茶髪の、どこにでも居そうな女の子だ。
でも、戦場で優雅に、彼女の獲物、銀の糸を縦横無尽に振るっている時は、誰よりも燐としていて、殺人者なのに、出合った時は背筋がどこまでも凍りつくほどに感動してしまった。
一度も、同じ部隊になる事はなかった。
そして此処、自殺部隊に所属してからも、あまり話さない日々が続いたある日。
「レイジ、お前は、やはり此処から抜けねえか?」
強面の部隊長、銀髪でがっしりした体型、爬虫類のような目つきで誰をも威嚇するような人だ。
「なぜ?」
「なぜ? 言わせんなよ、そろそろ一月ヒトツキだろ、死ぬぜ、お前」
そうなのだ。
ひと月、そろそろ此処に所属してから、それくらいが経つ。
ここの伝統なのか知らないが、お上から一ヶ月に一回、特別任務、あるいは訓練という名の粛清が行われると聞く。
「お前なら、多少上に取り入るように動けば、抜け出せるだろうぜ、俺が保障する。
今すぐあそこにいる、茶髪の男に話しかけろよ」
部隊長の指差す方角、第四部隊のお偉いがた、その中心に、如何にもできる男、王者の貫禄すら纏う長身な茶髪の男がいた。
「ここはな、味方すら殺しかねない、人格破綻者しかいねー、って事になってんだ、ちょっとまともな所でも、見して来い」
「ふーん、そうか」
俺は目の前の男に斬りかかった。
「ぐぅ!」
「おら! 糞上司、殺してやるよぉ!!!」
「ばっかぁああ!!やろうがぁ!!!!!!」
一気呵成に声と共に、強烈な切り込みで吹き飛ばされた。
眼が覚めたら死んでいた、なんて事はなかった。
でもしょうがなかった、奴、王者風の男がこっちを見ていたのだ、あそこでは”ああする”、しかなかったのだ。
以前、ちょっとだけマトモな奴が、奴の目に止まって、強制的に部隊から追放された。
推察すると、マトモな奴が居ないのが、ここの売りらしい。
だから邪魔なのだ、本来俺のような奴は。
後腐れなく、死地に送り込める、便利な駒ですらない奴ら、そういう認識なんだろうよ、くそが。
彼女はミドウと言う。
今日も今日とで、中庭で何か、遠くからで判別は難しいのだが。
コンビニにでも売ってそうな飲み物を、ストローで飲んでいる。
大きなビルの壁、それを背にして立ったまま寄り掛かり、半径180度に幾つモノ”銀の線”、のようなモノが見える。
あれが彼女の獲物、縦横無尽に動き、掠っただけで致死毒、ありとあらゆる物と者を両断する事もできる、正直常軌を軽く逸している。
それが彼女を中心に、どの位かは、直感で見極める事になるが、間合いとしては無駄に広大って事だけは分かる。
気安く振れる事も、もっと言えば、話しかける事すら難しくなる距離感。
だから、俺はいつも通り、なんでもないように装いながら、彼女が視界に入る場所で、同じように何もせず座っていた。
チラッとだけ、彼女を視界に入れる。
寒風が吹いて。
彼女の適度に長い、肩口ほどの髪が靡いていた。
そして、なんだか穏やかに天空を見ていた顔を、一瞬こちらに向けた、それは、見間違いや錯覚、間違いでなければ、確実に微笑んでいた。
直ぐに、俺の方から眼を逸らしたが、心臓が波打ち、どうしようもない気持ちが溢れた。
俯くように、下を向いていたら、目の前に人の気配。
なんとなく予想していたが、というより期待していたが、彼女だった。
「やあ」
初めて聞いた声は、見た目どおり、凛とした少女のモノだった。
「ああ、やあ」
そして上向いて気づいた、銀の糸が、彼女を中心にして俺を取り込み、台風の目のようになって交錯されていた。
「君の能力って、何かな?」
「俺のか?」
特に意識などしていない、それを装って、俺の能力を見せ付けた。
「へえ、振れた物質の格納に、格納したモノを自由自在に出現させられる、ポイントも融通が効く、凄いね」
「まあな」
「興味が沸いたな、他には何かないの?」
「他には、特に無いかな、小技が腐るほどあるくらいか」
「じゃあ、、生き残れないよ、、私が殺してあげる」
イチバチで、彼女に殺されようか、迷った。
でも、それよりも、彼女と少しでも生きたい、傍に居たい、そういう想いで、反射動作で全ての動作を完遂、完結させた。
「やっぱり、他にもあるじゃん」
半ば予想していた感じに、俺の一連の動作を、立ったまま糸だけを動かして、最終的に一歩も動かなかった彼女が言う。
「こんなのは、暗殺者、殺人鬼としては常識だからな」
俺のやったこと。
彼女の超劣化バージョンの銀糸使い。
銃火器の超精密な射撃。
何でも斬れる、切り札的獲物による抜刀術。
あとは適当に、色々やって、俊敏な動作も含まれるか分からんが、とにかく色々やって切り抜けただけだ。
「普通なら、最初のアレで終わるはずだったのに。
そも、避けるんじゃなくて”斬る”、とは、思わなかったよ。
それに、私の糸の操りを見抜いて、滑車に利用している起点を射撃するなんて、思ってもみなかった。
すごい、、、うんうん、すごいよ。
それにそれに、君も糸術が使えて、私の周囲の奴と絡ませて、突貫。
目の前に躍り出てこられて、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだけど、本当に死ぬかと思った。
君と居ると、純粋に楽しいって、そう思えるんだね。
本当に、、、凄いよ」
鷹揚に演説するように、彼女の至近、目の前で糸に雁字搦め、拘束されて膝つく俺に言う彼女。
「それで?
君の最初に言った能力、あれも絡ませれば、わたしを殺せたんじゃないの?
なんで、、、殺さなかったの?」
殺す、かぁー。
確かに、五分五分位で、殺せたかもしれない、もちろん今見せたのが彼女の全力ならって話で。
「殺さないよ」
「なんで?」
シンパシーが合った。
彼女の望む言葉が、なんとなく伝わってしまった。
だから即座に、衝動に任せて言った。
「好きだから」
「はぁ? スキ? 私が?」
「うん」
「そうかぁー、、、っっつ!!」
次の瞬間、彼女は身を震わせたかと思うと、しゃがみ込み、俯き地面を見つめながら、ガタガタし始めた。
顔を上げてくれると、冷徹で、どこまでも空虚な暗い瞳と眼が合った。
「どうしよう、殺したくなってきちゃった、意味もなく。
君の赤い血を、全身で浴びたくなっちゃったんだぁーーーーなっ、これが。」
全身が強張る、彼女の殺気なのだろうよ、これは。
何もかもが凍りつく、時間が停止したような感覚。
そんな、膠着の数瞬。
だが、いつまでも、俺の体はバラバラにならなかった。
時間軸的には、少しの経過、だったと思う、精神的には言わずもがな。
「うっ、ふっふっふっ」
そんな彼女のくつくつ笑うような音と共に、緊張が解けて、体が楽になってきた。
自然、俺はなぜか、縋るような眼を彼女に向けていた。
「やっぱり、殺したいな」
彼女は中腰で俺を、目線の高さを同じにして、覗き込むようにした。
瞳をジトっと絡み取るように見つめながら。
「でも、やめとくね」
てへぺろと、舌を出して言った。
可愛らしいと思えてしまうほど、可憐に微笑を向けてくる。
「だって、私もスキだもん、きみのこと」
そのあと直ぐ、クルっと反転した。
そして直上、背を向けて、空を見始めた。
「あっ、ん」
後ろ手に絡まれた両手内、袖内、スカートの内、ポケット等々。
そこに糸が、どんな原理か収納されていく。
彼女の持つ、暗黒、暗闇と呼べる場所、そこに全てが収束していくように、無数の糸が吸い込まれる絵図。
ちょっとグロテスク、例えるなら、さながら無数の細い触手のようだ。
これが、彼女の能力、異能力なのだろうか?。
周囲に糸が全て無くなると、彼女は振り向き、俺に近づいて、宣誓するように言った。
「一瞬の、一時の快楽の為に、、、全てを不意にするのは、、、もう、、やめたんだもん」
遠くを、ここではない何処か、俺ではない誰かを想い見る様な姿、有り様。
万感と、切なげなモノが見え隠れする、後悔っぽいモノを宿した瞳を幻視した。
彼女は、自分自身に言うように、俺に聞こえる声音で、そんな事を言った。




